婚約者と街歩きに向かいます。
「おはよう。ローズマリー」
街歩きの約束当日。
私は寮の玄関を出たところで、満面笑みのパトリックさまに出迎えられた。
「おはようございます、パトリックさま。わざわざすみません」
こんなに早い時間にもかかわらず、朗らかに迎えに来てくれたパトリックさまが嬉しくて、私は、はしたなくならない程度に急いで駆け寄って、丁寧に頭を下げる。
「俺が来たくて来たんだから、いいんだよ。それより、待ち合わせの時間が早くて大変だったんじゃない?」
そうすると、私が思っていたことをそのまま言われ、思わず手を口に当てて笑ってしまった。
「それ、私の台詞です。アーサーさまやリリーさまとの待ち合わせ前に迎えに来ていただいてしまって、パトリックさまこそ大変だったのではないですか?」
『ね、ローズマリー。アーサーやリリー嬢との待ち合わせ場所まで一緒に行かない?俺が、ローズマリーの寮の前まで迎えに行くから』
そう言われたときは嬉しくて、深く考えずに頷いてしまったけれど、そうするとパトリックさまはより早く起きて支度をしなくてはならない、ということに気づいたときは本当に焦った。
それがもう、昨夜のことでどうしようもなかったというのは言い訳かもしれない、と思っていたけれど。
「それこそ、俺がそうしたかったんだから、気にしないで」
パトリックさまは、そう言って笑ってくれた。
「今日は、よろしくお願いします」
最低限の護衛が付くとはいえ、こうして街に遊びに行くのが初めてな私は、楽しみな気持ちと少しの不安でどきどきしてしまう。
それがなんだか気恥ずかしい。
「楽しい一日にしようね。ね、ローズマリー。その色凄くいいね」
そんな、挙動不審だったであろう私に目を向けて、けれどそんなことはおくびにも出さず、パトリックさまは嬉しそうに目を細めた。
「ありがとうございます。あの、どうですか?」
平民ぽい服、と言われて、私が手持ちの私服の中から選んだのは、淡いたんぽぽ色のワンピース。
シルクシフォンの生地なのでふんわりとはしているけれど、スカートの重ねは二枚だけ、ウェストは、きゅ、と絞って同色のリボンを結んでいるけれどコルセットの着用はなし。
胸元にドレープもないし、リボン以外は装飾も付いていない、本当にシンプルなもの。
襟はレースの付け襟だけれど、これも簡素な形のものにした。
これならば大丈夫では、と思うのだけれどどうだろう?
思い、私がパトリックさまに裁可を仰げば。
「うん。凄くよく似合う。ローズマリーは優しい容姿をしているから、そういうふんわりしたワンピースが良く似合うんだね」
パトリックさまは、うんうんと納得するように頷きながらそう言った。
「え?ええと、ありがとうございます?」
虚を突かれた私は、咄嗟に答えてから顔が熱くなるのを感じる。
思えば、パトリックさまと出かけるのは、社交デビューの時以来。
その前はお会いしたことも無かったし、その後は出かけることもなく入学してしまったので、考えてみれば今回のお出かけが、パトリックさまと私とで普通に一緒に出かける初めて、ということになる。
つまり、私は今初めて盛装のドレスと制服以外の姿でパトリックさまの前に立った、ということで。
その姿を、本心からだと判る声と瞳で、良く似合う、と言ってもらえるのは本当に凄く嬉しい。
嬉しいです、パトリックさま。
思わず発火してしまいそうです。
ですが、あら?
今は、違うことが聞きたかったような・・・。
「パトリックさまも、とても素敵です」
内心では若干混乱しつつ、私は眩しい思いのままにパトリックさまを見つめた。
今日のパトリックさまは、胸元に細い組紐のクロスがある生成りのシャツに黒いストレートのズボンという年若い騎士がするような装いで、それを少し着崩しているところが何ともいえない雰囲気を醸している。
それこそ、パトリックさまの盛装姿か制服姿しか見たことのなかった私は、その少し粗野な感じもするラフな出で立ちに目を奪われてしまい、呟くようにそう言った。
「ありがとう。ローズマリーにそう言ってもらえると凄く嬉しい」
パトリックさまは、どこか照れた様子で私の手を取ると、アーサーさまやリリーさまと待ち合わせをしている場所へと歩いて行く。
私たちが通っている学園の寮は、男女別の他、身分によっても建物が分けられている。
身分としては、王家と公爵家、侯爵家と伯爵家、子爵家と男爵家の三つ。
そして男子寮と女子寮は、それぞれ校舎やグラウンドを挟んだ場所に建っているので結構な距離がある。
今日、リリーさまやアーサーさまと待ち合わせしたのは、正門近くにある噴水。
つまりパトリックさまは、自分の寮からわざわざ待ち合わせ場所を通り越して、私を迎えに来てくれたことになる。
本当に面倒だったと思うのだけれど、パトリックさまは全然、そんな素振りを見せない。
学園への通学ならともかく、休日に私服で外出するのが初めての私は、それがとてもありがく。
そして、パトリックさまとふたりで歩けることが、純粋に嬉しかった。
「あの。こちらへいらっしゃるときは、馬か何かを使われたのですか?」
女子寮から男子寮、男子寮から女子寮へ移動する際、馬車や馬を使うのは割と普通。
女生徒によっては、通学時にさえ馬車を使う。
そんな事情で、学園内には厩も完備されている。
もっとも、馬はともかく馬車は置き場所を大きく取るので、使用できるのは学園で常備されたものだけだけれど。
実際、先日パトリックさまのお部屋へお邪魔した帰りは、馬車を用意しようかと提案された。
結構な距離があるとはいっても学園の敷地内のことで安全は確保されているし、護衛も侍女もいるので大丈夫、とお断わりしたけれど、あの時パトリックさまの侍従は驚いたように私を見ていた、と思う。
この後は他に予定もなくて時間に余裕があるから、と説明を加えたけれど侍従の様子に変化は無かったので、そういう問題でもなかったのかと、私は少し不安になった。
いくら時間にゆとりがあったとしても、貴族令嬢がまあまあの距離を歩くなんて、と思われたのかしら。
貴族、特に貴族令嬢は基本、自分の足で外を歩くということを余りしない。
でも私は歩くのが好きだ。
殊にこの学園内は自然を生かした森もあり、かと思えば花園のようになっている花壇もありと、歩くのがとても楽しい。
「馬?いや、歩いて来たよ。身体を動かすことは好きだから、基本、学園内で馬には乗らないかな」
けれど当然のように答えるパトリックさまは、何も無理をしている様子が無い。
歩いて当然、というその姿勢。
よかった。
パトリックさまも私と同じみたい。
もちろん、男性と女性の違いはあると思うけれど、それでもその言葉を嬉しい思いで聞いた私は、はっとしたように私を見るはしばみ色の瞳に遭遇した。
「パトリックさま?」
何事かと思い、尋ねれば。
「もしかして、今日は馬車を用意した方が良かった?登下校はいつも徒歩だし、この間、俺の部屋からも歩いて帰ると嬉しそうに言っていたから、ローズマリーも歩くのが好きなんだと勝手に思ったけれど、違った?」
真剣な表情になったパトリックさまに、心配そうに顔を覗き込まれてしまった。
「いえ、当たっています。私、歩くのが好きなんです」
だから、そんな心配いりません、と笑顔で答えれば。
「そうか、よかった。でも、辛くなったら言うんだよ」
パトリックさまも、ほっとしたように笑ってくれた。
安心する、その笑顔。
繋いだ手から伝わるぬくもり。
パトリックさまと一緒に居る空間が心地よくて、私はほっこり温かい気持ちになった。
評価、ブクマ本当に嬉しいです。
読んでくださってありがとうございます。




