パトリックさまの浮気疑惑。
「わんちゃん達、お願いがあります。この匂いの人のお家を探してほしいのです」
街の入り口でしゃがみ込み、ハンカチを見せながらテオとクリアに話しかけているのはアイリスさん。
元々動物好きで、前からテオとクリアを可愛いと思ってくれていたとの言葉通り、その瞳はとても優しい。
「くうん」
「くうん」
一方、普通に遊んでもらえると思っていたらしいテオとクリアは、戸惑うようにアイリスさんを見あげている。
『ローズマリー、どうしたらいい?』
『ローズマリー、この匂いのひとのおうちに行けばいいの?』
リリーさまとアイビィさん、アイリスさんと私の四人で刺繍糸を買いに行った翌日。
つまり今日、パトリックさまのお誘いを断る、という初めての経験をどきどきで済ませた私は、同じようにアーサーさまやヘレフォードさまのお誘いを断ってくださったリリーさまとアイリスさん、そしてアイビィさんと共に昨日の妖艶な彼女を探索すべく、行動に移していた。
『テオ、クリア。出来たらそうして欲しいのだけれど。このハンカチの匂いだけで判る?』
『だいじょうぶだよ、まかせて!』
『ちゃんと、ついてきてね!』
「くうん!」
「くうん!」
「わっ、賢い!ついて来て、って言っているみたいだわ」
了解した、と言うなりハンカチの匂いを確認し走り出したテオとクリアが、私達が付いて来ているか確かめるように振り向くと、アイリスさんが両手を胸の前で組み、左右に振って感動を露わにした。
テオもクリアも、私と話が出来ると知ったら、どうするかしら?
そうだとしても、きっと何も変わらないのではないか、と私は未だ感動に打ち震えているアイリスさんはじめ、同じように微笑み小走りに足を運んでいるリリーさまとアイビィさんを見る。
今の、振り返って確認する、という行動も、感覚だけの問題だけではなく、きちんと会話が成り立っている故だと知ったとしても、この三人ならきっと気持ち悪いなど言わず、今のように感動してくれるに違いない。
それにそもそも、三人とも私の為にわざわざ放課後の時間を費やしてくれている。
思えばほっこりと嬉しく、本当に素敵な友人に恵まれたことに改めて感謝しながら、私もテオとクリアの後を追った。
『ローズマリー、ここだよ!』
『ローズマリー、でも今はいないみたいだよ!』
街のなかを暫く走ったテオとクリアが立ち止まったのは、街の中心から少し外れた住宅街にある、私にとっては見慣れない種類の建物だった。
一見小ぶりの邸に見えるそれは、けれどそう言ってしまうには何か違和感を覚える造りで、周囲の壁も高くなく、腰くらいの高さまでの煉瓦の上に小洒落た鉄柵が立っているだけのそこからは、庭の様子がよく見える。
少しの低木と芝に彩られたその庭では、小さな子ども達が遊んでいて、とても愛らしい。
「こちら、ですの?」
「そのよう、です」
惑うようにおっしゃるリリーさまに答えながら、足元にじゃれつくテオとクリアを抱き上げようとすれば、アイリスさんが、はいっ、と手を挙げた。
「ローズマリー様、わたくしにも抱かせてくださいませ」
瞳を輝かせて言うアイリスさまに頷けば「だっこしてもいいかな?」とテオに声をかけ、しっぽを振られて喜びの声をあげている。
「あの子供たちも、こちらに住んでいるのでしょうか?それに、ご婦人も複数人いるようですが」
「そう、ですわね。皆さん、こちらにお住まいの方なのでしょうか?一族の方たち、という感じでもありませんけれど」
呟くように言ったリリーさまに頷いたアイビィさんが、不思議そうな顔で私を見るけれど、私にも正解が判らない。
「お三人には馴染みが無いかと思いますが、こちらは集合住宅ですわ」
すると、そんな私達にアイリスさんが苦笑しながら教えてくれた。
「こちらが。座学で聞いたことはありますわ。複数の家族が、同じ建物に住んでいるのだと」
確かに習った筈なのに、実際の建物を前にしてそれと気づけなかった私は、反省も込めて建物を見つめる。
「では、住人の方にお話を伺ってみましょう」
「そうですね。声をかけてみましょうか」
私と同じように感慨深そうに建物を見つめていたアイビィさんが、きりりとした様子でそう言えば、アイリスさんも当然のようにそれに答えた。
「門は、どちらでしょう?」
そして、そう言って入口を探すリリーさまに、アイリスさんは、にやり、というのが相応しいような、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「リリー様。下々の者は、お上品に門番を通して、などしないのですわ。見ていてくださいね・・・すみませんっ!少しお話を伺いたいのですが!」
「「「っ!」」」
言うなり叫んだアイリスさんに、私もリリーさまもアイビィさんも、びくっとしてしまうけれど、庭にいた方々は、大して驚いた様子も無くこちらへと顔を向け、同じように叫び返してくれた。
「なんだい!?道でも聞きたいのかい!?」
「いえ!ちょっとこちらのことでお伺いしたくて!」
アイリスさんの叫びに、ご婦人方は顔を見合わせ、うちひとりのご婦人が私達の近くまで来てくれる。
「何事だい?・・・って、あれ。あんたたち、学園の生徒さんだね。ってことはお貴族様か。あんたたち、なんて言っちゃあいけないね」
「いいえ、お気遣い無く。突然お呼びたてして、申し訳ありません」
ご婦人の言葉に、一番身分の高いリリーさまが丁寧にお答えになるのを聞いて、私達もそれに倣う。
「構わないさ。でも、わざわざ訪ねて来たってことは、訳ありなんだろう?あっちに門があるから、入っといで」
「よろしいのですか?」
「ああ。今行くから、あんたたちも向かってくれな」
「畏まりました」
そう言って一礼するリリーさまに私達も再び倣い、四人で囲い伝いに歩いて行く。
「ああ。念のため言っておきますけれど、門番も護衛も侍女も居ませんからね」
途中、そう言ったアイリスさんの言葉に驚くも、質問しようにも既に門に着いていて。
「さあ、どうぞ」
アイリスさんの言葉を明確にするかのよう、ご婦人自ら開けてくれた門を潜った私達は、そのままご婦人に招かれて、先ほど外から見ていた庭へと辿り着いた。
「で?何が聞きたいんだい?」
庭の隅に置かれた簡素な木のベンチとテーブル。
そこに着くなり切り出されて、私は一応、と挨拶をする。
「本日は突然訪問したにも関わらず、ご対応くださって感謝します。わたくしは、ローズマリー ポーレットと申します」
「こりゃご丁寧にどうも。私は、マロウ。ここに世話んなって、もう三年になる」
マロウさんの言葉に、アイビィさんが身を乗り出した。
「わたくしは、アイビィ ダービーと申します。失礼ながら、こちらにお世話に、とはどういう意味か伺ってもよろしいでしょうか?」
「なんだい。知ってて来たんじゃないのかい?」
「勉強不足ですみません。実は先だってベラ ムーアさんという方に街で声を掛けられまして。それで、少々確認したいことが」
「あの女か」
言いかけた言葉を憎々し気な声に遮られ、私は思わず息を飲んだ。
「正にあの女と呼ぶに相応しい人でしたが。こちらにお住まいなのですよね?」
完全に同調する、と声を弾ませたアイリスさんの問いに、マロウさんが頷いた。
「ああ。未だずうずうしくも住んでいるよ」
その言葉に、既にしてアイリスさんと同じように生き生きとしていたアイビィさんの瞳が、益々輝きを増していく。
それはもう、きらきらと、そして、舌もより滑らかに。
「ずうずうしくも、ということは、彼女がウェスト公子息のご寵愛を受けている、というような事実は無い、ということで間違いないでしょうか?」
「はあ!?あんた、何を言ってるんだい。公子様には、大事にしているご婚約者様がいらっしゃるんだよ?そんな訳ないだろうが」
ふん、と鼻を鳴らして言うマロウさんの言葉に、私の頬が熱くなる。
「マロウさんは、その婚約者の方にお会いしたことが?」
そして、そんな私を見て楽しそうにアイビィさんが言う。
「そんな偉い貴族のお嬢様に、あたしなんぞが会えるわけないだろ。ただ、ここの仕切りをしてくれてる公爵様の家の使用人さん達が話ししてくれるのを聞いて知っているだけさ」
「仕切りを?」
「ああ。ここは、あたしたちみたいに、母親と子どもだけの家庭を公爵様が支援してくださっている家だからね」
「では、ベラ ムーアさんも?」
公爵家が母子家庭を支援している家。
知らなかったその事実に私が衝撃を受けていると、アイビィさんが更に突っ込んだ質問をしてくれる。
「あの女は、男爵家の出身だとかで偉そうでね。と言っても道楽が過ぎて旦那に離縁されて、子どもを連れてここに来たのさ。子どもは旦那の男爵が引き取る筈だったのを、この子がいれば金を払わざるを得ない、とか汚いこと言って。子どもは金づるじゃない、ってのに」
忌々し気に言うマロウさんの言葉に、私まで胸が痛くなった。
「それで、あの。そのお子さんは?街でお会いした時、ベラ ムーアさんはおひとりでしたが」
関係無いことを聞いても失礼だとは思いつつ、気になった私が聞けばマロウさんは優しい目になった。
「優しいね。安心しな。子どもは無事、旦那男爵が引き取って行ったよ。迎えに来た時、子どもも旦那男爵も嬉しそうでね。あたしたちも安心したもんさ」
そう言って、マロウさんは私の肩をぽんぽんと叩く。
「ええと、すみません。整理させてください。こちらは、ウェスト公爵家が支援をしている母子家庭の方のお住まいで、その条件に該当しなくなったにも関わらず、ムーアさんは未だこちらに住んでいる、ということでしょうか?」
確認するように言うアイビィさんに、マロウさんが頷いた。
「ああ、その通りなんだよ。お嬢様方、もしウェスト公爵様とお知り合いなら、言ってくれないかい?偽りの申請をしている女がいる、ってさ。あたしたちも、次に使用人さんが来たら言おうと思ってはいるんだけどね」
マロウさんの言葉に、リリーさま、アイビィさん、アイリスさんが目配せし合い、揃って意味深な瞳を私に向ける。
そ、そんなことをしたら、マロウさんが不審に思われるのでは!?
焦る私を余所に、三人の揶揄うような笑みは、益々深くなるばかり。
「そういうことでしたか。それでしたら、こちらのローズマリー様は、ウェスト公爵家の皆様と特に親しくしていらっしゃいますので」
そう言って楽しそうに言ったアイビィさんの言葉に、案の定マロウさんが不思議そうな目を私へと向けて来た。
別に悪いことをしている訳でもないのに、気恥ずかしくて堪らない。
けれど、じっと私を見つめるマロウさんに、いつまでも黙っているわけにもいかず、私は息を整え言葉を紡いだ。
「必ず、お伝えしますわ」
「ご安心くださいな。ローズマリー様は、ウェスト様のご婚約者で溺愛されていますから!」
ようやっと簡潔に言った私に補足するよう、アイリスさんが身を乗り出して言うのに、私が反応するより早く。
「ああ、なるほど!そういうことかい。へえ、あんたが噂のねえ」
マロウさんは、腑に落ちた、という感じでふむふむと大きく頷いた。
う、噂の、ってどんなでしょう!?
怖いけれど聞きたい、けれど聞けない私は、代わりのように気になっていたことを口にする。
「あ、あの。それとは別に、少し気になったことがあるのですが」
「ん?なんだい。照れて可愛いね」
揶揄うように言われ、頬に熱が集まるも、私は何とか目的の言葉を口にした。
「今お庭にいるお子さんたちのお母さまも、全員お庭にいらっしゃいますか?」
子ども達の人数に対して、婦人の人数が少ない気がして私が問えば、マロウさんが首を横に振った。
「いいや。仕事にありつけた者は働きに行っているよ。とはいっても短時間だけどね。そういうとき、子ども達は順番に面倒をみているのさ」
一日預かってくれる場所があればもっと働けて、自立も出来るんだけどね、と言ったマロウさんは何処か寂しそうで。
けれど、そういう場所が無いからこそ、ウェスト公爵家がこうして支援をしているのだと知れた。
そして、それは決して恥じることではない、とも思うけれど、本人にしてみれば複雑なのだろうとも思う。
自立のための支援。
そのためにもまず必要なのは。
「安心してお子さんたちを預けられる場所」
私の呟きに、リリーさまが優しい瞳をされ、アイビィさんが、何かお忘れでは?と少し厳しい目を向けて来る。
忘れていること?
何かあったか、と、首を傾げかけ、私はここへ来た目的を思い出す。
「ウェスト様の浮気疑惑、ですよ。ローズマリー様」
くすくすと楽し気に笑うアイリスさんに言われ、私がはっとすれば、マロウさんまでもが楽しそうに笑った。
「忘れているくらい、旦那を信用しているんだねえ」
「ま、まだ旦那様では・・・!」
私は必死にそう言うも、誰も私の言葉など聞いてはいない。
「ええ、そうなんですよ。本当に仲がよくて」
「ウェスト様は、いつだってローズマリー様を護る騎士のようなのです」
「学園でも有名で」
皆さん!
私の話も聞いてください!
私は少々理不尽に思いながら、当の私を余所に私とパトリックさまのお話で盛り上がる四人の楽し気な笑い声を聞く羽目になった。
ええ、本当に。
一体どうして?
ブクマ、評価、いいね。
ありがとうございます(^^♪
読んでくださる方がいると判って、とても嬉しいです。




