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学院入学式 ~暗転~

開幕、不穏に満ちた入学式です。


「宜しいのかしら?」

「良いんじゃないでしょうか?」


 怖じけるトリシアに、カシウスは人懐こい笑みで答えた。

 入学式当日。二人は王族の席に案内されたのだ。


 中央壇上には王と王太子。


 通常の入学式には現れない二人だが、今期の新入生に第四王子がいるため、祝いにやってきたらしい。

 当然、第四王子のための特別席もあり、何故かそこにカシウスとトリシアがいる。

 入学式だが、婚約者がいる場合はパートナーとして同席が可能だ。

 もちろんカシウスはトリシアをエスコートする。


「義姉様となられるのですから、御遠慮なく。ランカスター侯爵令息も兄上と懇意になさっておられます。是非こちらへと申しておりました」


 にっこり微笑むのはファビアの婚約者、アルフォンソ第四王子。

 背の中程まであるプラチナブロンドを一つ結わきにし、薄い翠の瞳が印象的な少年だった。

 カシウスの濃い黄金色な髪と違い、明るい色彩の穏やかそうな人物である。

 同じように薄いストロベリーブロンドのファビアと並ぶと中々お似合いの二人に、思わずトリシアの顔が和らぐ。


 良かったわ。優しそうな人で。


 十個ほど並んだ円卓に其々の生徒が座ると、入学式が開催された。

 前列のテーブルには生徒。後列のテーブルには父兄が座り、各々出された御茶などを嗜みながら談笑を交わす。


 そして始まったのが精霊召喚の儀式だった。


 低位貴族の生徒から始まり、神殿から持ち込まれたという神々しい水晶の原石に触れ、祈りを捧げると、そこに精霊が現れ祝福を授けてくれる。

 輝く水晶の色が賜る魔力の色。

 赤や青やと光る水晶に感激しながら、新入生達は精霊の恩恵を受け取っていった。

 好好爺な司教様が、一人一人に祝いを述べ、簡単な属性の説明をしてくれる。


「貴方は水の魔力を授かりました。これは人を癒す事の出来る素晴らしい力です。精霊の恩恵に感謝を」

「はいっ、司教様」


「貴女の力は大地の魔力です。生産に特化した素晴らしい物。是非とも豊かな領地を作って下さい」

「頑張りますっ」


 次々と祝福が終わり、いよいよトリシアの番が来た。

 緊張した面持ちで彼女が水晶に触れる。


 途端、周囲にドンッと重い空気が降りてきた。

 水晶が七色に輝き、重くのし掛かる空間に四色の光が渦を巻くように立ち上ぼり、トリシアの頭上には神々しく輝く金色の物体があった。


 訳も分からず、トリシアは呆然とする。


 え? なに? 何が起きたの?


 燦々と光輝く光景。突然の事に声を失う人々。


 金色の物体は人の形にも見えるが、神々し過ぎて直視出来ない。

 それがトリシアの前に降り立ち、そっと彼女の額に口付けると、微かに微笑んでその姿を霧散させた。

 四方に立ち上った四色の光がトリシアに吸い込まれ、彼女の身体が仄かに発光する。

 

 固唾を呑んで見守っていた司教様が絞り出すように呟いた。


「全属性と光の祝福.... 聖女の誕生です」

 

 瞠目し、戦慄きながらトリシアの前に膝をつく司教。渾身の祈りを捧げている。


「なんと誉れな..... 精霊王の顕現と聖女の誕生を目の当たりに出来るとは.....」


 囈のように呟く司教を見つめ、トリシアは困惑気味に周りを見渡した。

 誰もが驚きに絶句している。

 

 しかし、その中で二人だけ、別な面持ちで絶句する者らがいた。


 カシウスは、トリシアの額に口付けた精霊王に怒りも顕な剣呑な眼差し。


 そして、もう一人。王太子がカシウスを見つめながら、驚愕とも困惑ともとれる面持ち。


 精霊王が顕現し聖女が誕生した事は、その日の内に知れ渡り、世界が俄にざわめき始めた。




「ダメだ。彼女はランカスター侯爵令息の婚約者だ。一切の手出しは許さない」


 王宮で声を荒げるのは王太子。

 彼を取り巻く城の重鎮らを相手に、鋭い眼差しで威嚇している。

 だが、重鎮らも全く退かない。


「しかし、過去の聖女達は皆王家に嫁いでおります。例外はありません」


 大きく舌打ちし、王太子は憮然と天を仰ぐ。


 彼とてそのような歴史は知っていた。だから、あの場で思わずカシウスを見つめてしまったのだ。

 カシウスは新しい恋をすると言っていた。

 彼がトリシア嬢にベタ惚れなのは見てて分かる。散々惚気も聞いてきた。

 入学式で見た彼女は慎ましやかで、好感の持てる少女だった。

 二人の仲睦まじい姿に安堵したのも束の間、この騒ぎだ。


 私は一度、カシウスの恋を踏みにじっているのだ。二度も出来るかっ!!


 ギリリと歯を噛み締める王太子。


 実際はカシウスの復讐が王太子の思惑と合致しただけなのだが、彼の新たな恋を応援すると約束した王太子には、とてもトリシアを娶る気持ちにはなれなかった。

 しかも彼女の妹が、弟王子の婚約者だ。

 王太子がトリシアを娶るとなれば、第四王子の婚約が白紙になりかねない。

 侯爵となるカルトゥール伯爵家の権力が嫌でも増し、国の政治バランスが崩れるからだ。


 カシウスと弟王子。二人を犠牲にしてまで聖女を娶るなど、到底出来ない相談である。


「とにかくっ!! 国王陛下らとの相談が先だ。先走るなっ!!」


 未だ不満顔な重鎮らを睨めつけ、王太子は不毛な会話を打ち切った。


 とにかく相談だ。父上らと話をして、今回は聖女を娶らぬ方へ持っていかねば。

 

 何とか最悪を回避しようと足掻く王太子。報われる事がないとも知らず、彼は虚しい努力をする。


 渦中の人々を嘲笑うかのように、運命の歯車は、大きく軋みながら回り出した。




「だからですねっ、上書き..... いや、そのっ」


 入学式も終わり、やたら回りくどい称賛の嵐を受けながらも、貴族らの囲いから抜け出して自宅に戻ったトリシアは、目の前の光景に首を傾げている。


 いったい何を仰っておられるのかしら?


 目の前ではカシウスがしどろもどろに何かを呟いていた。

 

「えっと.... そのっ、額にですね? .....キスしても宜しいですか?」


 ようやく言い終えたカシウスは、真顔でトリシアを見つめる。その瞳は真剣その物。

 思わず眼をパチクリさせ、トリシアはマジマジとカシウスを見つめてしまった。


 そして合点がいく。


 つまり、あれだ。精霊王の祝福に嫉妬しておられると。口付けされた部分を上書きしたいと。

 そこまで理解して、トリシアは唇が綻ぶのを止められない。


 ああ、本当にこの方は......


 誰よりもトリシアを望むカシウスの姿が微笑ましく愛おしい。

 真剣にトリシアを見つめるカシウスに、彼女は小さく頷いた。


「宜しくてよ。はい、どうぞ」


 トリシアは眼を閉じてカシウスに額を差し出す。


 その無防備な姿に、カシウスはゴクリと固唾を呑み、そうっと壊れ物を扱うかのごとく、優しいキスをした。


 トリシアの唇に。


 瞬間、見開いた彼女の瞳が至近距離のカシウスの瞳と交ざり絡まる。

 思わず固まったトリシアから離れ、ついでに額にもキスをして、カシウスは切な気に彼女を見つめた。

 

「ご....っ、ごめんなさい。思わず...っ、そのっ」


 真っ赤なカシウスにつられ、トリシアの顔も真っ赤に染まる。

 無言で俯く二人に、現場を見ていなかった侍女らが不思議そうな顔をしていた。


 静寂を打ち破り、カシウスが意を決したかのように、トリシアの耳へ囁く。


「大切にします。幸せに....幸せになりましょう。二人で」


 何時もの軽い睦言ではなく、重さを漂わせた言葉。

 祈りにも似たカシウスの囁きを耳に、トリシアも小さく囁いた。


「はい。幾久しく共にありましょう。....カシウス」


 カシウスの眼が限界まで見開かれ、茫然とトリシアを見つめる。

 魅入られたかのような、その眼差しにトリシアは自分の頬が熱く火照るのを感じた。


 これが恋なのかしら? カシウスが可愛くて仕方ないわ。まるでファビアを見てるみたい。


 今の間違いじゃないよね? トリシアから敬称外してくれたよね? それってーーーーーっ


 見つめ合う二人の間で、カシウスが彼女の手を握り、指を絡ませる。

 その熱さを互いに感じながら、数年をかけて、ようやく小さな恋が花開いた。


 しかし、それが散らされる近い未来を彼等はまだ知らない。

 

二年かけて、ようよう想いを寄せ合うようになった二人。なのに、幸先悪く、前途は暗そうです。

      ( ̄▽ ̄;)

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[気になる点] ファビアの精霊召還はどうなったのでしょうか?
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