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 抗う人々 ~よっつめ~


「どきなさいっ! 貴方々には何もできませんっ!!」


「く......っ」


 睨み合う聖女と王太子達。


 彼等が彼女に触れようとするたび爆ぜる七色の光は、トリシアを守るように飛び回る精霊達だ。

 惨劇の火蓋を切るため、ファビアの元に聖女を連れて行きたい彼等はトリシアの行く手を阻もうとする王太子らに牙を剥いた。


『しつこいなあっ! もう人間には止められないんだよっ!』


『なんで、こんな面倒なことしなきゃなのさっ! あのまま城にいてくれたら、すぐファビアに逢わせてあげられたのにっ!』


 王太子と並ぶ貴族令息達を威嚇するかのごとく、トリシアを取り巻く光は獰猛に煌めいている。

 だが、精霊らは知らないのだ。今の状況を作ったのがファビアだということを。

 心の底から怨み憎んでいても嫌えない最愛の姉。その不幸を望みつつ、どうしても死なせたくないという相反した感情。

 そんな矛盾した葛藤を持て余すファビアは、トリシアが幸せにならないだろう避難先を用意した。

 彼女の虜な貴族令息達を唆して資金提供させ、王太子とトリシアを国外で守るようにと。

 二人が安全に落ち延び、何者にも傷つけさせず、最後まで守り抜くようにと。

 

 意に沿わぬ男性と添い遂げさせようと、酷く残忍な命令を下していた。


 だから誰も引かない。是が非でもトリシアを連れ去るべく奮闘する。


 ......が、そこに不可思議な濃霧が広がっていった。

 薄い群青色の霧は王太子らに見えていないようで、無防備にソレを吸い込んでしまった彼等の目が、とろんとぼやけていく。

 そして時をおかずに崩折れ、深い眠りに誘われていった。


「何が......」


 突然倒れた王太子の姿に驚き、心配げな顔で駆け寄るトリシア。その前に、すう......っと妙な影が入り込む。

 それは闇の精霊。ファビアの悪足掻きによって膠着状態になった禍を終わらせるべく、彼はトリシアを迎えに来たのだ。


『連れていけよ。.....無駄に長引くのは、沢山だ。とっとと終わらせてくれ』


 カサカサ乾いた音をたてて、闇の精霊がまとう何かが剥がれ落ちる。

 はらはら落ちていくソレに精霊達は無関心なようだ。

 だが、なぜかトリシアは、スローモーションのように落ちていく何かから目が離せなかった。

 その何かは苦しむような嘆きをあげていたから。小さな欠片に浮かんだ悲痛な表情が、彼女の視界に映っている。


「......泣いているの?」


 そ......っと伸ばした彼女の手に、その何かが吸い込まれていった。そして、ふわりと生まれる淡い光。


『え.....っ?』


 驚愕に目を見張る闇の精霊。その口からもれた驚嘆が届くより早く、淡い光が天に昇っていく。


『ありがとう』


 光の中にあるのは男女の面影。過去に喪われた聖女と、その父親らしい。


 信じられない光景を前にして、思わず闇の精霊は固まる。それを見下ろす誰かが、天上から一筋の光を射しそむした。

 それは淡い光になった二人に優しく絡まり、香しい翠の風となる。

 軽やかな翠の風に乗って、遥か高みへとあがっていく二人。


 雲間に吸い込まれていくように消えた光を唖然と見つめ、精霊達は言葉を無くした。


『......なに? 今の』


『おい、説明しろよ、闇のっ!』


『分かるかよ..... 私も初めて見たんだから』


 反射的に分からないと口にした闇の精霊だが、実は何となく分かっていた。あれが、嘆きの庭に埋まっていた歴代聖女の一人であることを。

 

 この二人は、優しい母親と暮らす仲の良い親子だった。

 娘が聖女になり、王子と婚約してからも、彼らは仲睦まじく時を過ごす。

 しかし母親は身体が弱く、邸にこもりがち。


『わたくしの力も病には及びません』


『聖女といったって人間だよ? やれないこともあるさ』


『そうよ。こうして家族揃っていられるだけで、御母様は幸せなのよ? 貴女の花嫁姿が楽しみだわ』


 そんな他愛ない会話に花を咲かせ、季節の移ろいなどを楽しみながら、三人は幸せに暮らしていた。

 ......だが、当時の王が聖女に目をつけ、彼女を言いなりにさせるため両親を王宮に閉じ込める。

 王は、特に身体の弱い母親を引きずり出しては聖女を脅し、言うことをきかせようとした。

 御互いに懇願して王に許しを請う母娘。それを離れた場所の檻から見ているしかない父親。

 母親の髪を掴んでは振り回し、床に叩きつける王。その光景に絶叫を上げて聖女が平伏す。

 最愛な二人に働かれる乱暴。父親が正気を失っていくのも無理からぬこと。

 みるみる弱っていく妻に血の涙を流して抱き締めてやるしか出来ない聖女の父は、絶望の涯で闇へと囚われた。


 後は御察しだ。


 聖女の母親が亡くなり、闇に染まって禍を孕んだ父親が覚醒する。全てを呪い、復讐することに目の眩んだ父親を止めようと、死に物狂いで抗う聖女。

 人ならざるモノから力を得て、王を殺そうとする父親の前に聖女が立ちはだかった。そして彼女は、これまでの父を信じて、必死に対話を試みる。


『なぜ止めるんだっ? お前は奴が憎くはないのかっ! 母を殺されて悔しくはないのかっ!!』


『御母様は、そんなこと望んでおりませんわっ! 御父様が人殺しになるなんて、きっと悲しみますっ!』


 激昂する禍に怖じ気づき、王は聖女を盾のように引きずりながら逃げ出した。

 だが、城の外も闇に囚われた人々だらけ。逃げようにも逃げられず途方に暮れた王は、あろうことか聖女を城壁の上から突き落としたのだ。

 憤怒に燃えた民らの中へと吸い込まれていく愛娘。

 

 それが群がる様を目撃した瞬間、父親は禍を破裂させた。


『......この世に神などいないっ! 精霊なぞ、悪魔でしかないっ!! でなくば、あんなに優しかった妻や娘が、なぜに殺されるのだぁぁーーーっ!!』


 幸せな親子に突如降りかかった理不尽。


 こうして禍に見舞われた世界は、滅亡寸前まで精霊達に弄ばれた。

 聖女親子の魂もまた、嘆きの庭に囚われ、永遠に続く復讐の鎖に繋がれていた。


 ......はずだった。




『......お疲れ様』


 ほうっと気の抜けた顔で、闇の精霊は天上へと昇った二人を見送る。

 何が起きたのかは分からないが、被害者と加害者を閉じ込め、延々と復讐させていた嘆きの庭から、あの二人は解き放たれのだ。

 腹の底で湧きあがる歓喜。闇の精霊は、己が喜色満面で笑っていることにも気づかない。

 今までの彼には、悲鳴と慟哭の織り成す混濁しかなかったから。

 生まれるたびに殺される闇の精霊達。その断末魔と人間達の嘆きが、彼の人生の全てである。

 禍の願いをかなえてやっている時だけ、僅かな安堵が彼に訪れた。喜ぶ闇の者を見るのが唯一の慰めだった。


 そんな闇の精霊が笑っている。無意識下の意識。


 ......彼は飢えていたのだ。


 安らぎや喜びに。幸せや静謐に。

 怒りも悲しみも、もう沢山だ。地を穿つように吠え叫ぶ嘆き達を、闇の精霊は見たくなかった。


『変わるのか.....? 変えられるのか?』


 歴代とは違う風変わりな聖女トリシア。


 呆然と立ち竦む彼は、他の精霊を引き連れつつファビアの元へ向かう彼女を見つめる。

 毅然としたその背中に、身震いするほどの期待を膨らませながら。


 ......そんな期待は、木っ端微塵に打ち砕かれるモノだと知っていたはずなのに。


 これまで散々経験してきたはずなのに。


 闇の精霊は、生まれて初めて抱いた希望を、この先ずっと後悔することとなる。


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