ボッチJKはプラモデルを愛する。
その顔が好きなの
プロローグ
「あなたはずっと一人で生きるしかないの。あなたは誰とも仲良くなんてなれないんだから」
「どうして?」
わたしは聞き返した。母の大きな青い瞳は僅かに揺れたが、それでもすぐにいつもの無感情なものに変わった。
「だって、あなたも・・・・・・・」
二人しかいないリビングに母親の無機質な声が響いた。
1
桜が頸動脈から溢れる血液のように吹き荒れている。
覚悟を決めた人間の顔というのは、とても卑怯だ。
不安定で、しかし真剣な、みずみずしい震える瞳。
出すべき感情以外を吐き出さまいと、懸命に引き結ばれた口元。
酸素の供給を拒絶する、硬く閉じられた鼻。
極度の緊張で、ほんのりと蒸気した頬。
それらは互いに牽制し合うのではなく、混ざり合って、どこか小動物のような庇護欲をそそる狡猾さを形成する。
とても儚げで、危うく、脆く、可愛らしい。
そう。
例えば、今私の目の前にいる男の子のような顔。
「好きです!付き合ってください!」
松尾君は叫んで、そう告白してきた。学校の中庭に彼の声が響き渡る。私は黙ってそれを受け止める。
彼を見ると、さっきよりも頬はさらに蒸気して、ほっぺたがゆでだこみたいに染まっている。唇は何かに怯えているのかプルプルと上下して落ち着きがない。眦には気が付くと透明な雫が数個溜まっていた。しかし私を射抜く視線だけは真剣そのもので、さっきまでのレンズの震えはいつの間にか止まっている。
松尾君は、私が高校に入って、初めて話した男の子だ。とても爽やかな男の子で、女子からの人気も高い。私とはまるで正反対のようだけれど、英語のスピーキングの授業でペアになったことがきっかけで、何故か妙にウマが合って仲良くなった。
それからというもの、席が隣同士だったこともあって私達は、毎日とりとめのない会話を交わし続けた。今日食べた朝ごはんのこと。友人のこと。面倒くさい宿題のこと。傍から聞いていれば、驚くほどつまらない言葉のラリーを交わし続けた。あまり友達のいない私にとってそれはとても刺激的で、かけがえのないものになっていた。でもそんな日々は長くは続かなかった。
彼が私に好意を抱き始めていることには薄々気が付いていた。出会って一か月が経ったときぐらいからだろうか。たぶん私が彼の頭についた埃を手で払ってあげたことが原因なのだと思う。
まず彼は、私と目が合うと露骨に視線をそらすようになっていた。私がおはようといつものように彼にあいさつをすると、それまで嘘のように重なりあっていた視線はどこか別の所に飛んで行ってしまう。いつのまにか私の目線は一方通行になっていた。
酷いときは言葉すらろくに交わせないこともあった。私が夏服になった時などは特に顕著だった。セーラー服から透けて見える私の黒のチューブトップを見るだけで彼は赤面して、トイレに逃げ込んでいくのだった。夏はほとんど彼と話せなかった。
冬はまだましな方だった。席替えをしたため話す機会自体は少し減ったが、会話が成立する分、よく教室に二人で残って前よりも濃い会話をたくさんした。松尾君は冬服にあまり興味がなかったのかもしれない。
出会った春は私の趣味や私の好きな本について話していたが、時間が信頼を作るのか、彼は自分自身のことをよく話してくれるようになった。背は中学三年から伸び始めて、中学校の時はまったくモテなかったこと。母親がおらず、母というものに憧れていること。意外とウブで交際経験は一度もないこと・・・。そして好きな人がいること・・・。たくさんのことを語ってくれた。
私の胸に熱いナニカが芽生えた。彼は実は寂しい人だったのだと知ったのだ。私は暗くなって下校時刻が迫ると決まって彼の顔を見つめた。相変わらず視線は合わしてくれなかったが、その分控えめなキスを毎回してあげた。彼の唇はびっくりするほどなめらかで、ひんやりしていて、氷にキスをしているようだった。
そして、訪れた二回目の春。今、私は告白されている。
私が何も答えないのが不安なのか、彼の膝の皿は幽霊でも見たかのように笑って、振動を繰り返している。桜の花びらが彼の首もとに一枚、ポトリとくっついた。
もう限界かな。
私は舌を動かし、はっきりと大きな声で、彼に返事をした。
私の答えは既に決まっていた。
その卑怯な顔を私は愛してやまないのだ。
「 」
一陣の風が吹き、ピンクの嵐が私を包み込んだ。
2
人と人との関係はプラモデルのようだと思う。
まず自分の好みの完成図を大雑把に頭に思い描く。なんでもいい。親友や友達、恋人、他人、家族、はたまたそれ以外の何か。とにかくなりたい完成形を夢見て図を考える。
図を決めれば、次は組み立てのための部品決めを行う。その部品は顔の良し悪し。性格の種類。背丈の有無。経済力の具合。愛。代替などだ。それらの中から選び抜く、もしくは全部を求めて部品を品定めをしていく。
部品が手に入れば、いよいよクライマックス。組み立てだ。部品の結合を確かめていき、齟齬が生じればその度、嘘や金で修正していく。彩りや錆びが欲しければ、言葉という塗料でごまかしを効かせる。これで完成。
あとはそのできたプラモデルと擬似的に戯れるなり、一生飾って眺めるなり、次第に頽れていくのを見るなりして楽しむ。扱い方は人それぞれ、好き放題やりたい放題だ。
それを違うと言う人もいるかもしれない。人間と言うのはそういう打算ナシに生きている者で、美しい関係を築いて、そうやって死んでいくのだと、言う人もいるのかもしれない。
もしかするとそうなのかもしれない。でも実際、私はそうやって生きてきた。プラモデルをずっと作って生きてきた。本当の真の友達や家族なんて、ましてや恋人なんて作ったことも、作ることもできなかった。
だから私はこれまでと同じ。永遠にプラモデルを作り続ける。
「ふふーん」
松尾君、否、壊したプラモデルに「さようなら」と言って、その帰宅途中。
私は鼻歌混じりに、上機嫌で桜が舞い散る土手を歩く。学校の桜なんかとは比べ物にならないほどの花弁がそこかしこで踊っている。数百、数千、数万、の花びらが散っていく。まるで私の鼻歌が、見えない刃で、花弁と花床の間を切り裂いているかのよう。
「ふふーん、ふふーん」
私は鼻歌を歌い続ける。周りを見渡す。観客は誰もいない。無観客のコンサートだ。
「ふふん、ふふーん、ふーん」
ああ、楽しい。楽しくて仕方がない。気分が良すぎてたまらない。お酒に酔うと、こんな感じなのだろうか。
今日も一つプラモデルを木っ端みじんに破壊してやった。あの卑怯な顔を容赦なく踏みつぶすことができた。塗料もパーツも全部さらけ出してやった上で本質をぶっ壊してやれた。
やっぱり人間関係はこうでなくちゃいけない。自分がプラモデルを作られるなんてあってはならない。作って、綺麗にして、飾って、壊さなきゃ、いけないんだ。
「ふふーん。・・・ん?」
私は、土手の下で蹲っている一人の黒髪の少年を見つけた。あれは、えっと・・・たしか同じクラスの永山君。川のそばにカバンを置きっぱなしにして膝を抱えて寂しそうに座っている。少し視線を左にスライドすると、彼の彼女として有名な望月さんの姿も見えた。彼女はそそくさと駅の方に向かって歩いている。どうやら永山君は望月さんにここで振られて、永山君はそれで落ち込んでいるようだ。
「ふふ」
私は微笑む。
可哀想に。あの人もプラモデルにされる側だったんだ。ああ、可哀想。見てられない。誰かが助けてあげないと。そう思って私は土手を下り始めた。
さて、次のプラモデルはどうやって組み立てようかな。
エピローグ
「あなたはずっと一人で生きるしかないの。あなたは誰とも仲良くなんてなれないんだから」
「どうして?」
「だって、あなたも私を作ろうとしているんでしょ?」
二人しかいないリビングに母親の無機質な声が響いた。
ご一読ありがとうございました。