第九話
男女が抱き締め合い、互いの笑顔がスクリーンいっぱいに広がる。
やがて暗転していき、主題歌とともにスタッフロールが流れていく。
……映画自体は、とても良いものだった。
山あり谷あり、笑いどころもありつつ、最後には泣かせてくる、とても良い映画だった。
だがしかし、全然映画に集中出来なかった。
隣に座る、全く心動かされることのない冷徹なこの女のせいだ。
腕を組み、目を瞑り、スクリーンを見上げながら眠っている、この女。
今は静かに寝ているものの、眠りに落ちるまでずっとガソゴソと動き続けていた。
音を出してはいなくとも、その動きがとても煩いのだ。
そのせいで、俺は序盤の流れをしっかりと見れなかったのだった。
注意をしたら止めたは良いものの、今度は大口を開けて寝る始末。
一応騒音を出さない、という最低限のマナーは守っているし、退屈だからとスマホを弄るなどしない常識を持ち合わせているだけ良いと思うべきか、否か。
そう悶々と考えている間にスタッフロールも終わり、シアター内が明るくなっていった。
その明るさのお陰か、隣の女は目を覚ましてやっと映画が終わったということに気付いたようである。
「……終わったのね?」
「ああ、お前が寝ている間にな」
「やっぱり私に恋愛映画はダメね……」
「お前には感受性というものが欠落しているものな」
「その言い草は酷くないかしら?」
「映画が始まるなりずっとガソゴソ動いて邪魔ばかりしていた上に、間抜け面で寝ていた奴に酷いなんて言われても、な」
「映画中に動いていたのは謝ったじゃない! あまりにも退屈でじっとしていられなかったのよ」
「……そこが、感受性がない、と言われる由縁なんだがな」
「ていうか、間抜け面って何よ? それは酷いと思うけど」
「大口を開けて寝ていたら、間抜け面と言いたくもなるだろう。 ほら、涎が垂れているぞ」
「えっ!?」
慌てて口元を拭う小町を、俺は見守っていた。
「ほら見ろ、間抜け面だろう」
「ちょっと!」
大層ご立腹の様子の小町はさておき、そろそろ出ないと清掃員の人にも迷惑だろう。
ゴミを集め、俺たちはシアターを出た。
「ちなみに、ストーカーとやらは同じシアター内にはいたのか?」
今回の目的である、ストーカーに恋人がいると見せつける作戦。
同じ場所にいたのだとしたら、先ほどの言い合いは減点だったかもしれないと思い直していた。
「さあ? 私も顔を見たことある訳じゃないし」
「まあ、それもそうか」
今回の行動全部が、一人相撲の可能性だってある訳だ。
そう思うと少し虚しくなってしまった。
本来であれば付き纏われるのは勘弁だが、今回に限っては見ていてくれと思ってしまう。
「今日はこれくらいで良いんじゃないかしらね」
そう言われ、時計を見てみると夕方の17時を回ったところであった。
高校生の遊ぶ時間で言えば健全過ぎる気もするが、朝から動いて疲れも溜まっている。
「そうだな、そろそろ帰るとするか」
「結局ストーカーも姿を見せなかったし」
「そう簡単に出てくる訳もないだろう」
「まあ、そうなんだけど。さっさと出てきて終わらないかな、と考えてしまうのよ」
小町の言う通りであった。
このままストーカー被害が出続けてしまえば、俺もこのまま恋人のフリをし続けることになるのだろう。
正直、御免蒙る。
「……あの、すみません」
さて、と2人帰路に着こうと動き出した時のことである。
目の前に、立ちはだかる人影があった。