第八話
小町が俺を連れ出して繰り出す先と言えば、大体決まっている。
服を買いに来たか、他に重い物を買いに来たか、だ。要は荷物持ちである。
そして今日も今日とて、その任務を全うしていた。
「……まだ、行くのか?」
「え?」
俺の声に振り返った小町は、その視線の先をゆっくりと下げ、俺の手にした荷物へと向かった。
膨大な量を握っているせいで扇状に広がる紙袋の束、その両手分を目にした小町は、流石の彼女も歩みを止めた。
俺たちは、自宅から離れたショッピングモールにやってきていた。若者のデートスポットと言えば、ここであろうというのが俺たちの共通認識であった。
そうしてやってきたのは良かったのだが、流石のショッピングモール、入っているテナントの数が尋常ではなく、当然ながら服飾関係の店が多かった。
そこで目を輝かせたのが、小町であった。
かれこれ数時間、俺は荷物持ちに連れ回され、次から次へと増えていく買い物袋に押し潰されていったのであった。
俺の悲痛な叫びに耳を傾けてもらい、一旦喫茶店で休憩を取ることとなった。
席に座り、買い物袋を横の席回りに置いていくと、簡単にそのスペースを占拠してしまうほどであり、その量の多さに辟易してしまう。
「今回も凄い量を買うな、お前は」
「ここの店並びは大したものよ。欲を言うならもう少し買って行きたいけど帰りの電車とかも大変だろうし、こんなところにしておこうかしら」
こんなところ、という表現をされた時につい袋の山に視線をやってしまったが、彼女にとってこの山はその程度の認識なのだろう。
毎度のことながらも、俺との認識の差についていけないと思わされる。
「ありがたい話だ。で、予定外に大荷物になった訳だが、これからどうする?」
「買ったものは、コインロッカーにでも入れておけば大丈夫よ。でも、これから、ね……」
小町は形のいい顎に手を添え、視線を彷徨わせながら思案していたが、ゆらゆらと動く視線はやがてとある一ヶ所でピタリと止まった。
「デートといえば、映画って相場が決まっているわよね!」
「別に決まってはいないと思うが、映画はいいな」
流石巨大ショッピングモール、映画館も内包しているらしい。
映画は良い、連れ回されたり、居心地の悪いところに置いていかれたりせず、ゆっくり座って物語に没頭することができる。
スマホで少し調べてみると、上映作品が多く、迷ってしまう。
「うーん、このアクションも、このホラーも、見たいけど……」
小町も同じことで悩んでいるようだ。が、ちなみに俺はホラー映画は苦手だ。
アメリカ的なホラーは見れるが、日本的なホラーは見ることが出来ない。
明確に倒す相手が分かるのならば良いのだが、こう、忍び寄る恐怖というものが、たまらなく苦手なのだ。
「ここは、恋愛映画を見るわよ」
「……良いのか? いつも眠くなるとか言って、見ようとしないじゃないか」
「今回は仕方ないわ。アクション映画とかを見たんじゃいつもと変わらないし、それにこういう機会でも無いと一生恋愛映画なんて見ないかもしれないしね」
これが華の現役女子校生の言葉なのだろうか、と耳を疑うが、しかしこれでこそ小野寺小町である、といった言である。
「じゃあ、これなんかどうだ? 『100年越しの花嫁』っていう、最近話題になっていてテレビでCMとかしていたんだが」
前世で結ばれなかった2人の男女が、今世で運命的に出会って恋に落ちる、という内容の映画らしいのだが、泣けると評判らしい。
「じゃあ、それで。評判になっているほどのものなら、きっと寝たりはしないでしょう」
興味なさそうな雰囲気を醸し出しながら、小町はコーヒーに手を伸ばした。
「映画を見る前にカフェインを摂取しておけば、眠くなるのは防げるかもしれないな」
そんな冗談を言いつつ、まさか本当に寝ないだろうな、と一抹の不安を感じていたのであった。