第四話
放課後。
クラスメイト達が帰り支度しているのを、俺は眺めていた。
以前のような失態を犯さないためにも、落ち着いて行動するべきなのだ。ゆっくりと、心穏やかに、俺も鞄に荷物を詰め始める。
今日は部活が無い日なので、家に帰って本でも読むことにしようかと思う。穏やかに過ごすのも、時には大事なことだ。
そう思いつつ、先ほど誰よりも先に教室を飛び出していった担任が開け放った扉に目をやると、ひょこっと小さな見慣れた頭だけが飛び出してきて、こちらを覗き込んでくるのが見えた。
「大和、いるー?」
――その一言だけで、教室がざわついた。
色めき立っている、と言った方が正しいだろうか。口々に小さい、可愛い、お人形さんみたい、と囁きあう女子生徒達と、顔を赤くして見つめる男子生徒達。
一言だけでクラス中の視線を奪ったのだから、我が幼馴染ながらすごい存在感だな、と感服する。しかし、その感服した相手の見つめる先が自分だというのは、少しいただけない状況であった。
「いやー、流石は小野寺さん。存在感が違うね」
いつの間にか隣に立っていた翔太も、感嘆の声を上げた。
まったく本当に、恐ろしい奴である。
「ああ、伊達に学園のアイドル、なんて呼ばれてはいないな」
俺にとっては見慣れた顔で、見慣れた振る舞いであるが、クラスメイト達にはその一挙手一投足が魅力的に見えるのか、小町がこちらへと歩いてくる様子に歓声や嬌声をあげていた。
「そんな他人事みたいに言っているけど、真っ直ぐ大和の方に向かってくるじゃん。いいの?」
「良くはないが、逃げられないだろう」
目と目が合う。完全に、捕捉されている。
何用かは分からないが、たとえ逃げても地獄の果てまで追いかけられるだろう。そんな力強さを、小町の眼から感じた。
……いや、俺はそれほどのことをしただろうか?
「見つけたわよ、大和」
「……見つけたも何も、逃げも隠れもしていないが」
クラス中の視線を集めたまま、小町は俺に話しかけてきた。
自然と、俺へも視線が集まる。
ああ、本当に、こいつといると目立って仕方がない。
こうなることを知っていれば、逃げも隠れも出来たというのに。
衆人環視の中で、小町は言葉を続ける。
「今日、部活無いでしょ? 借りを返してもらうわ」
借り……? と俺は首を傾げたが、思い当たるものがあったことに気付く。
「この前の朝の件か」
登校中に、小学生男子を震え上がらせてしまった事件のことだろう。
確かに貸し1だの、クレープ奢れだのと言っていた気がする。
忘れてくれないだろうか、と願っていたが、俺は忘れても小町は忘れていなかったようだ。
「そう、それよ。私も今日は暇だし、ちょうどいいかと思って」
「それは別に良いんだが。……その話は、別にSNSでも良かったんじゃないか?」
「なんで? まだるっこしいし、アンタがそれ見ないでさっさと帰ったらどうするのよ」
「朝に言っておくとか、昼に連絡するとか、あるだろう」
「さっき思い出したんだから、仕方ないでしょ? グダグダ言っていないで、ほら、行くわよ」
忘れていなかった訳ではないらしい。
ついてこい、と言わんばかりに堂々と歩きだす小町の背中を見ながら、溜息を一つ。
財布から飛び立つであろうお札を憂いながら、横でニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべる翔太に片手をあげて、声も無く別れの挨拶をする。
すると、翔太はさらに口角を上げた。
「おう、じゃあな、デートがんばれよ!」
再び、そして先ほど以上に、クラスがざわつく。
俺も、そしてクラスメイト達も、デートだとかそういう発想は皆無であったというのに。
この阿呆の適当な発言によって、教室は混沌の坩堝と化した。
まさか、そんな、なんて言葉を頻りに言い合うのが、耳へと入ってくる。
「おい! 翔太ァ!」
俺の怒号を聞いてしまったクラスメイト達の顔に怯えが走るが、当の本人はケロッとした様子で、笑顔で手を振っている。
「いってらっしゃーい」
この阿呆が変な勘違いをしていないのは間違いない。俺と小町が恋仲になるわけがない、そのことは十分に分かっているはずだ。
ただただ、揶揄っているだけ。
そして、クラスメイト達の反応を楽しんでいるだけなのだ。
完璧な愉快犯。なんと性格の悪いことか。
「大和ー!」
廊下から、催促の叫びが聞こえた。急いで行かないと、ご機嫌取りが面倒になることを俺はよく知っている。
覚えておけよ、と翔太を一睨みし、俺は荷物を掴んで駆け出した。
今日も穏やかに過ごすことは出来なかったと、嘆息しながら。
知らないうちにブックマークが200件を越えておりました、誠にありがとうございます。
投稿することに恐怖を覚えつつも頑張って参ります。
……ちなみに、ちょっと遅れた気もしますがまだ週一投稿は出来ているものとする。




