第十話
一言で言えば美少年が、俺たちの前に立ち塞がっていた。
ふわふわとした栗色の髪と優しげな顔立ちは王子然としていて、低めの背丈と上目遣いの視線は庇護欲を駆り立てるほど可愛らしい。
年齢は同じくらいだろうか。幼げな容姿をしているようにも見えるが、少し顔立ちが大人びている気がする。
小町の知り合いだろうか、と視線を向けるも、小町もこの美少年が何故話しかけてきたのか分からない様子で首を傾げていた。
これほどの美少年であれば、もし会話をしたことがあれば覚えているだろう。
小町と並んでも絵になるような美少年だ。きっと忘れる訳はないだろう。
しかし、その容姿に見覚えは全く無いものの、肩に掛けているバッグの肩紐をぎゅっと握り締め、懸命にこちらを見遣る様子にはどこか既視感があった。
--ああ、怖がらせてしまっているのか。
いつぞやの小学生を思い出す。不運にも本を俺の足元に落とし、俺の存在に竦み上がっていた少年。
あの少年と、雰囲気が似ている。それは俺に恐怖している雰囲気だ。
そこで、はたと気付いた。
この美少年は、しかして俺のことを見ていない、ということに。
「俺たちに、何か用か?」
そこでやっと、彼は俺のことを見据えた。
その表情は確かに恐怖しているものであったが、それと同時に怒りも孕んでいるように見える。
綺麗なその顔を僅かに歪ませ、吐き捨てるように、彼は言葉を放った。
「貴方に用はありませんよ」
美少年は一瞥の後に視線を小町に戻し、その表情を緩ませる。
「僕が用事があるのは、小野寺さん、貴方です」
なるほどそうか、と納得した上で、怖がらせてしまったことを申し訳なく思った自分を恥じた。
そんなことを思ってやる必要はなかった訳だ。
随分な態度の美少年である。
しかし、初対面で恐怖されることは数えきれないほどあるが、嫌悪されることはあまりなかったために、少し動揺してしまった。
俺が何かしたのだろうか……?
「私に?」
「ええ、貴方です」
「何の用? というか、貴方はどこの誰なの?」
「おっと、大変失礼しました。僕は逢坂 仁と申します。
この名前に聞き覚えは……無いですか?」
「無いわね。大和は?」
「無いな」
にべもなく叩き切る小町だったが、俺も聞き覚えはなかった。
逢坂は俺には一瞥もくれることなく、小町に語りかける。
「一応、同じ学校の生徒なんですが……」
困ったように笑う様子はとても絵になり、儚げな美少年という言葉がよく似合う。
先ほどの苛烈な物言いとは真反対である。
「今日は顔見せだけ、と思っていたので、ここで引き下がろうと思います。それでは、また」
そう言い残し、逢坂は去っていった。
残されたのは、呆気に取られた俺たち2人だけ。
「なんだったんだ、あれは」
「さあ? 本当に意味分からなかった。けど、同じ学校の人だったっていうことだし、また話す機会もあるんじゃない?」
「俺は毛嫌いされているようだし、無いような気もするがな」
「あそこまで嫌う人も珍しいけど、知らないうちに何かしたんじゃないの?」
「覚えはない、が」
何もしていない、と断ずることもできない。
知らずのうちに傷付けてしまうなんてことはいつだって有り得ることだ。
まあ、そうであったとしても、俺はもうあいつには会いたくない、そう思ったのだった。




