第五話 変化、変化、変化
レベルアップのシステムとやらが変わってから二日が経過した。
いきなり身体能力が向上し過ぎて慣れるのに少し時間を要したが、今までに比べれば作業効率は格段に上がった。今では、依頼に表記されている数の三倍の魔獣を一日で討伐する事が出来ている。
勿論、討伐した魔獣がゴブリンだろうがキラーラビットだろうが構わず、火で炙ってから食してきている。ただ倒すだけでは一向にレベルが上がらなかったし……味は罪悪だが、これもレベルアップの為だ、食べるしかない。
すでに、最初四日かけて狩った魔獣の数を、たった二日で超えている。異常な事だ。
なのに、今のステータスボードは───
ラクト=ユウキ 種族 (人間) 年齢:16
レベル:4 取得経験値量:3561
筋力 :336
瞬発力:409
体力 :321
魔力 :2431
出力 :42
抵抗力:683
スキルホルダー:気功術 (空き数2)
スキルリスト
《パッシブ》魔素完全適応
《チョイス》気功術Lv.9
前は三日でレベル十一まで上がったっていうのに、今はたったの四。上がりが遅い分、一レベルでの身体能力向上は凄まじいが。気分的に「まだ四か」と気落ちがしない訳でもない。
ちなみに、この『気功術』という『スキル』だが、狩りをしている二日の内に気付き調べてみた。
ボードの『気功術』の部分を押してみると、
気功術:体内にある魔力を自らの体の中でのみ操る
という事らしく、「何のこっちゃ」と思いつつも、魔力について意識して目を瞑ってみると───体の一部分がポカポカと暖かくなっている事を感じ、その暖かいものを移動させるよう意識してみると、体の中だけでだがあちこちに移動させる事が出来た。
これがおそらく魔力と呼ばれるものだと思う。
これを見つけた時は「俺も魔術が使える様になるんじゃ!?」とぬか喜びした───が、あくまで魔術を扱うにはそれに適した『スキル』がいるらしい。例えば、『魔力変換:炎』とか『風属性魔術:風刃』とか。
でも、僕のこれは体内限定で魔力を動かす『スキル』。そもそも、僕は魔力を外に出す為の出力の数値が異常に低い。魔術を扱うなんて夢のまた夢という訳だ。
じゃあ『気功術』は何の為の『スキル』かというと───魔力を腕のみに集中させてから力を込めると、今までとは比較にならない程の力を込める事が出来た。つまりは身体能力値を一時的に向上させる『スキル』。
僕は元々剣を扱う者、こっちの『スキル』の方がむしろ有り難い。いや別に、強がっている訳じゃない。魔術が扱えなくて落ち込んだとか、数時間凹んだままだったとかいう事実は無い。
ステータスボードを見ている僕。
「───!」
すぐ近くで、ガサガサと草を掻き分ける音が聞こえる。
「ギギギャア!!」
そこから一体のゴブリンが現れ、僕に向かって跳び掛かってきた。
僕は瞬時に『気功術』によって全体に魔力を行き渡らせる。
そして、刀身を鞘から引き抜く勢いを利用してゴブリンを下から両断。
今の僕の能力値に『気功術』まで追加した僕の斬撃───まるで麻を斬るかの様に簡単にゴブリンを二つに分ける事が出来た。
力を得た今、ゴブリン相手ならこんなにも簡単に倒せてしまう。
格上相手に、僕には才能が無いからと、知恵を巡らせてきた。しかし、今ではそんな必要が無い。
いや、そもそも、僕の考えてきた策略は、僕自身の肉体のレベルがついてこれないという理由で断念したものばかり。作戦や戦法に間違いは無くとも、それが実行できないということで、今まで負け続けてきた。でも、今のこの肉体と、今まで考えてきたその知略が合わされば、きっと、僕は───
この先の自分の姿に思いを馳せ、思わずニヤけてしまう。
ちなみに、『気功術』の横にあるLv.という数値だが、この『スキル』を扱う様になってからいつの間にか上がっていた数値だ。
どうやらこれもレベルを示す値の様だが、今の所『スキル』に変化は見受けられない。何の為のレベルなんだろう?
と、そこで、これが今日五十体目のゴブリンだった事を思い出した。周りを見渡してみると、丁度日も暮れ始めた様だし。
「……今日は帰るか」
このゴブリンは帰ってから食べるとして、僕はいつもの様に討伐部位を斬り取り、ゴブリンの死体を布で包んで街に戻ろうとする。
───その時だ。
「キャアアアアアアァァァァァァ!!!!」
「───!?」
悲鳴!?
僕は驚き、反射的に声がした方へ振り向く。
この森の名前は『シャモの森』。『ジャコの森』同様、方角的には正反対にあるものの、街の近くにある比較的安全な森で、生息している魔獣も低ランクのものばかりで住処も奥地の方にしか無い。
成人した者なら特に問題無く踏破出来る森───なのに、どうして?
まさか子供が迷い込んだか!?
僕は急ぎ声のした方に向かう。
間に合ってくれよ……!
□□□
現場と思わしき場所に辿り着く。
僕がそこで目にしたのは───
「ひっ、いや、いやぁ……!」
目の前の魔獣に対して恐怖し、地面に腰を下ろしたまま後ずさる冒険者と思わしき少女。
金色の髪を長く伸ばし、機動力を活かす為の皮の軽装備・弓矢を装備している。
特徴的なのはその耳。頭の上に狐の様な長い耳を生やしている。おそらく獣人と呼ばれる種族の娘だろう。
獣人と呼ばれる種族は平均的に人間よりも身体能力が優れている傾向がある。
装備から見るに彼女も冒険者である事は間違い無い。まぁ、『シャモの森』にいる事から、まだ冒険者に成り立ての新人だろうけど。
おそらく、彼女の実力も前の僕に比べたら圧倒的に上だろう。
それでも、何故そんな獣人な少女が尻込みして怯えているのか───それは、右足を負傷している事も関係しているだろうが、目の前にいる魔獣が普通のゴブリン───ではないからだろう。
彼女の前にいる魔獣の数は三体。風貌はゴブリンに似ている───が、大きさや纏うオーラが完全に別物だ。
まず前にいる二体の魔獣。ゴブリンの様に色緑な肌をしているが、その大きさは二メートル以上あり、分厚い脂肪が身に付いている。一メートルも大きな鉈を二体共持っており、一体はそれを肩に担ぎ、一体は鉈の先を地面に刺して少女を睨み付けている。間違い無い、これらはホブゴブリン───ゴブリンの上位種だ。
その二体に守られる様にして後ろにいる最後の一体。こいつが明らかにヤバい。身長は人とさほど変わらないが、異常に長くなった鼻が特徴的で、二体のホブゴブリンは通常のゴブリンと同じ様に何かの皮を腰に巻いているだけなのに対し、こちらのゴブリンはマントの様に布を身に付け、麻で作られた様なズボンを履いている。右手には歪な形のトライデントもどきが握られていて、材質はほとんど木だが、そこに三つの鉄の刃が括り付けられ、少々だが宝石類もめり込んである。
あれは───。
僕の体から冷や汗が流れる。
ゴブリンの中には稀に『スキル』を持って生まれる個体がいる。そいつは後に魔術を扱える様になり、他ゴブリンと共に姑息な策を労して、冒険者の脅威となる。相手の動きを阻害する魔術を扱う個体が多い事から、名をゴブリンシャーマン───呪術師ゴブリンと呼ばれる。
あれは………さらに上だ。
放たれる気迫・存在感───それを感じ取った僕の細胞が、あれは別格だと警報を鳴らしている。
上位種の上位種───その魔獣の成れの果て。
完全に成長しきり、才能を遺憾無く開花させたゴブリンの最上位種。
───小鬼の帝王。
僕も資料で見ただけだから確かな事は言えないけど……ゴブリンの最上位種は二種───小鬼の王とゴブリンカイザー。
でも、一般的に、戦闘力は同じだが、カイザーの方が知能が高いとされ、ランクは驚きのBランク。場合によってはAにも上がるらしい。このまま放っておけば、街に壊滅的打撃をもたらす厄災となる。
「……」
間違い無く僕じゃあ勝てない。二体のホブゴブリンだけならまだしも、カイザーなんて……。
僕は強く歯軋りする。
僕じゃあ、彼女は助けられない。僕が出ていっても、死体が一つ増えるだけだ。
それならいっそ、今の内に離脱して、ここに強い冒険者を連れてきた方が、まだ───。
僕はもう一度少女の方を振り向く。
「あぁ……あぁ……!」
絶望し、恐怖に満ちた顔。瞳からは涙を流し、希望にすら縋れない状態。
「………」
『おいラクトぉ! 何してんだよぉ!』
『ギャハハハ! ダッセェ!』
『うわぁ、ないわぁ……』
「………っ!」
気付けば僕は、茂みから出て自分の姿を晒していた。
□□□
「ギギャ?」
「え……?」
突然現れた僕に、ゴブリン達だけでなく後ろの女の子まで驚いているのが伝わってくる。
クソッ……何で僕は……!
関係無い───僕は腰に掛けてある鞘から鉄の剣を抜く。
ここに立ってしまった以上、もう逃げるなんて選択肢は無くなった。
なら、今の僕にできることを。
「スゥゥゥ…………ハァァ……」
動悸が五月蝿い。自分の手が震える。
絶対に勝てないと分かっていながら、少女とゴブリンの間に跳び出してしまった。今更ながらに怖い。後悔だってしている。
「………あぁもうクソッ」
誰に対してではなく、自分に対して、悪態をつく。
「そこの君!」
「───!」
僕はゴブリンから目を逸らす事無く少女に話し掛ける。
「ここは僕が足止めする! だから君は、ギルドに戻って応援を呼んできて!」
それで僕の言いたい事が分かったのか、少女はハッとして口を開く。
「で、でも……!」
「いいから! 怪我をした君じゃあ足止めは無理でしょ! その仕事は僕が受け持つから、君は報告という仕事を!」
「そ、そんな………そしたら、アナタは……!」
「いいから行けよ!! 冒険者だろ! なら自分のすべき事を全うしろ!!」
ただでさえ後悔している所に、少女が言う事も聴かずに反論してきたものだから、ついカッとなって大声で叫んでしまう。
けど、それでもう一度少女は何かに気付いた様にハッと息を飲み、そして、怪我をした足を庇いながら立ち上がる。
「……ごめんなさい」
「………」
少女がか細い声で謝罪を述べると、足を引きずりながらだがその場を去ろうとする。
だが、それを見たカイザーが何やらホブゴブリンに指示を出し、一体が彼女を追おうとする。
「───っ!」
だが、そのホブゴブリンに対し───僕は瞬時に『気功術』で体中に魔力を巡らせ能力強化、動き出したゴブリンの前に一瞬で回り込み、横薙ぎを食らわせようとする。
「───!」
しかし、剣を振るう僕より一瞬早くそれに気付いたホブゴブリンがバックステップ。僕の剣はゴブリンの腹をかするだけで終わってしまった。
流石はDランクの魔獣。反応がそこらのゴブリンやキラーラビットとはまるで違う。
ホブゴブリンが腹にほんのちょっと出来た傷から垂れる血を擦り、それを確認する。
すると、ホブゴブリンが一気に顔を険しくさせ、鋭い眼光でこちらを射抜いてきた。
迫力もゴブリンとは違うな。
でも───今ので分かった。ホブゴブリンだけなら、いける。
あのホブゴブリン、不意打ちとはいえ僕の事を目で追えてなかった。今のだって、ほとんど勘で避けれたって感じだし。速度でなら、僕はホブゴブリンに勝れる。
しかも、僕の力であのホブゴブリンの肉体に傷も付けられた。ホブゴブリン二体ならギリいける。
問題はカイザーだ。
ホブゴブリン二体にカイザーとなると───ほとんどお話にならない。
笑えないよ……本当。
「………」
でも、これが選んだ選択だ。
自分の安全よりも、誰かを見捨てないことを選んだ───自分の命よりも、自分が後悔をしない方を選んだんだ。なら、後は、可能な限り進むだけ。
「さて………どうしよ……?」
僕は、笑えない状況が逆に笑えてきて、自然と笑みがこぼれてきてしまった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブクマ又は感想等 貰えると嬉しいです。作者自身、自己顕示欲の塊みたいな者なんで、貰えると滅茶苦茶 励みになります。
また、誤字や辻褄が合わない点などがあれば即修正に入ろうと思いますので、言って貰えると幸いです。
よろしくお願いしますm(_ _)m。
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