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妖人帝軍諜報部  作者: ナナイロナイト
グンタイ妖人行方不明事件
9/58

サイエンティスト吉祥

こうして潜入したカナメは、人間には理解不能な謎のバラバラ死体が多数発見されているという情報を入手した。

さらに、今朝も一体見つかったと聞いて確認に駆け付けたのだった。

「しかし、あの体……。モンスなのだろうか……」

モンスを捜しているのに、モンスであってほしくない複雑な心境だ。

「いや、目を逸らせてはならない」

仲間のこととなると、つい冷静に見られなくなってしまう。個人の感情は禁物だと自分を諌めて、冷静に体を観察する。

緑の頭髪なら間違いなくモンスなのだが、頭部なしで個人を特定することは難しい。

衣服も見慣れたものではない。それは当然な事でもあるので違うとも言い切れない。

その場に立ち尽くして考えていると、「すみません」と、背の低い女の子から声を掛けられた。髪をアップにまとめたお団子ヘアを、水色の紐で結んでいる。

「鈴木さんですか?」

「……」

カナメが無表情で視線を向けると、「あ、人違いでした」と、慌てて逃げて行った。

コミカルな動きの女の子。

黄土色のトレーナーと白いオーバーオールで、人間のファッションとしては基本的な服装だ。

「何だったんだろう?」

その行動の目的が、本当にただの人違いならいいのだがと少し気になった。


「あの、ちょっといいですか」

また声を掛けられた。

先ほどとは違う落ち着いた大人の女性。豊かな胸と細い足腰。

ビジネススーツを着こなして、名刺を差し出した。

カナメが名刺を受け取らず黙っていると、自ら名乗った。

「私、生化学を研究しているサイエンティストの吉祥誠と申します」

「……」

「お話を伺いたいのですが、お願いできませんか? お手間は取らせません。巷では未確認生命体の死体がいくつも見つかっています。そのことについて、情報を集めています」

「未確認生命体の死体とは?」

初めてカナメが喋ったので、吉祥はニコリとほほ笑んだ。その笑いの意味はカナメには伝わらない。

(なぜ、笑った?)

軍人は笑いと無縁と考えているカナメは、愛想笑いは理解不能であった。

仲間と談笑することもほとんどないが、ネルやハラシガはよく笑っている。

その意味では、笑いは理解できるが、たった今会った他人が笑うのは、なぜだか分からない。

カナメの目つきが険しくなったことで吉祥は察した。

「警戒されてしまったみたいですね」

「……」

サイエンティストとしての観察力は、確かにありそうだとカナメは考えた。

吉祥が腕を組んで長い足をクロスすると、胸と腰がより協調される。

燃えカスのような塵の山と変わった残骸跡を眺めた。

「あれは、人のようで人じゃない。未確認生命体。サイエンティストとして、とても興味深い」

「……」

「突如、現れたいくつもの妖たち。一体、何が起きているのか。それを調べるのが私の使命」

「……」

「お話、伺ってもいいですか?」

「時間がないのでお断りします」

カナメはその場から立ち去ろうとしたので、吉祥は慌てた。

「ちょっと、待ってください!」

「なぜ、私なんですか? 私でなくてもいいでしょう。他の人に当たってください」

「もちろん、他にも聞きます。でも、私はあなたが何か知っているのではないかと感じました」

その言葉は聞き捨てできない。

「どうしてですか?」

「科学者としての観察力です」

「……」

カナメは少し焦った。じんわりと嫌な汗が出る。

(完璧に人間を演じていると思っていたが。この人間に何かで見抜かれたのだろうか。足りないものがあったのか、それとも、余計なことをしたのか?)

今後の参考のために、聞いてみたいと考えたカナメは、話を聞くことにした。

「分かりました。根拠を教えてください。その代わりにインタビューに答えましょう」

カナメの返事を聞いた吉祥はまた笑顔になった。

「ありがとうございます。では場所を変えましょう。どこかお茶でも飲みながらゆっくりと……」

時間はないのだが、これも任務の内と、カナメは吉祥についていった。


豪華絢爛なシャンデリアがいくつも吊り下がる高級ホテルのラウンジに入った。

あらゆるところで光が反射する。

(眩しいな……)

網膜を痛めてから敏感になったカナメの目には刺激が強すぎる。

人間には平気なのだろう。

怪しまれないようまばたきを極力我慢して、同じテーブルについた。


その時、カナメを鈴木と間違えた女の子がラウンジの外からこちらを見ていることに気付いた。偶然にしては出来過ぎている、後をつけてきたのだろうか。


カナメと目が合うと屈んで隠れたが、お団子ヘアが飛び出て見えてしまっている。

((あの隠れ方では、却って存在をアピールしてしまっている。スパイとしては失格だ)

本物は自分の存在を気付かれることなどない。いわんや怪しんでくれと言わんばかりのような隠れ方など選ばない。特殊訓練を受けていない普通の人間なのだろう。


吉祥は何も気づいていないようで、用件を話し出した。

「今日見つかったような謎の死体が、最近はいくつも見つかっているの」

「あー、最初に聞いていいだろうか」

「はい、何でしょうか?」

吉祥は、目を大きく広げてカナメを見た。

「その、謎の死体というものは何のことだ?」

どこまで人間が妖人について情報を掴んでいるのか、カナメは知りたくてわざととぼけた。

「それを調べているの。警察の発表によれば、外側は人なのに、内側は人ではないらしい」

「人ではない?」

「細胞レベルから、人とは違うというのよ。だけど、今日見て分かったと思うけど、人間と同じ服を着ていたでしょ。幽霊とは違って実体がある。確実にそれは存在している。夜中に人間と同じように歩いていたという興味深い証言も得ている。ただ違うのは、頭がないのに動いていたらということ。これが警察の頭を悩ませている。あらゆる動物で考えられない大きな謎となっているの」

「なるほど」

カナメは、初耳のような顔で聞き入った。


「世の中には、我々人間とそっくりな未確認生命体がいるかもしれない。それを私は調べているの」

「それで、私に聞きたいことというのは?」

クスクスと吉祥は笑った。

「何がおかしい?」

「いえ、あなたの名前と職業をまだ教えてもらっていないけど、職業はなんとなく察しがつくかなって……」

「なんだと?」

「頭から足元まで、真っ直ぐ定規をいれているみたい。まるで軍人ね」

「……」

自分では意識していなかったが、立ち姿一つで見破られるのだから、もう少し崩した姿勢が良いのだろう。

そう思っても、生まれた時からこの姿勢。カナメのアイデンティティと言ってもよいほどなので、切り替えは難しい。

「当たった? もっとも日本に軍隊はないから、自衛隊かしら」

「職業は言えない」

「ああ、それとも警察? まあ、言えないってことは、お堅い仕事よね。名前は教えてもらえるかしら? 都合が悪ければ通称でもいいけど」

「カナメ」

「カナメ……だけ? まあいいわ。カナメ、よろしくね。私のことも吉祥と呼んでくれていいから」

「吉祥……」


吉祥は、カナメの手を優しく握った。

「カナメ……。良かったら二人きりになれる場所に行かない?」

「というのは?」

吉祥は大きな胸元を強調して見せた。

「ばかね……。お互いにもっと知り合いたいからよ」

カナメには言わんとしていることが分からない。

「何を知り合うんだ?」

「黙ってついてくればいいのよ。損はないわ。あの謎の生命体について、詳しい情報も教えてあげる。カナメだけに特別よ」

吉祥は、まくし立てた。

「……」

何が狙いか分からないが、吉祥が持っている情報が気になるカナメは一緒に行くことにした。

「行こう」

「そうこなくっちゃ」

吉祥は、立ち上がると出入り口に向かって歩き出した。

ついていこうとしたカナメの前にさっきの女の子が飛び出してきて、「緊急事態! 私と一緒に来て!」と叫び、カナメの手を取って引っ張った。

「ちょっと、あなた、誰⁉ 何するのよ!」

邪魔が入って、吉祥が怒った。

「おばさんは黙っていて!」

「おばさん⁉」

「カナメ! いいからこっちに来て!」

強引に腕を引っ張るが、事情を呑み込めないカナメはそう簡単に動かない。

女の子が必死に目配せしてくる。

(なんだ? 何か言いたいようだが……)

カナメの名前を呼んで、知り合いの振りで連れ出そうとしているようだ。

女の子の行動が気になり、考えた末、女の子を優先することにした。

「分かった。君と行こう」

女の子についていくことを選択したカナメに、吉祥は「信じられない」と呆れた。

「私と行くんじゃないの?」

「他の人を当たってくれ」

「ちょっと!」

悔しがる吉祥を置いて、カナメは女の子とラウンジを出た。

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