北部荒野行軍事変 前半
氷点下に近い北海道の荒野を飲まず食わずでひたすら行進する、『地獄の行軍』と呼ばれる訓練にカナメはモンスと参加した。
部隊問わず参加できるこの訓練には、約150名が集まった。集まりすぎて規模が大きくなったため、50名ずつ3小隊に分けた。
カナメとモンスが氷のように冷たい空気を吸いながら隊列を組んで歩いていたところ、ヒューコ、ヒューコと風が吹き抜けるような超音波が聞こえた。
これはハキリの特徴。
ハキリは超音波を喉笛から出して、仲間同士の連絡を取り合う。
小隊長が叫んだ。
『ハキリの奇襲だ! 応戦せよ!』
小隊長の言った通り、ハキリ群団がカナメたちを待ち伏せしていた。
若手ばかりの分隊を狙ったのだろう。しかも、訓練中で充分な戦闘装備もなかった。
あるのは各自が身に着けていた刀と軍銃と弓矢。弾数も矢も数少なく、心もとないが戦わねばならない。
同じ妖人でもハキリは野人。話し合いは不可能。出会えば戦闘不可避。
そのまま全面戦闘に突入した。
『ウオオオオ!』
『エイヤアアア!』
『ギャアアアア!』
ぶつかり合う刃と刃。飛び交う銃弾。至る所で上がる怒号と断末魔の叫び。
立ち上る硝煙で空は黒く霞み、誰かの体から流れ出る血が滲み込んだ大地は赤黒く染まっていった。
カナメも、向かってくるハキリを日本刀の夜々壱で斬り倒していった。
夜々壱はカナメの個人所有。刀身が蛍の光を集めたような冷たい光沢を放つ、とても美しい刀だ。
残光によって美しい太刀筋を残すが、それも瞬きする間に儚く消えていく。
敵も刀を使ってくるが、夜々壱の方が切れ味も強靭さも耐久力も数千倍優れていた。
次々と敵のなまくら刀の刃を折り、競り勝っていった。
『この調子なら、すぐに蹴散らせる! 頼む! 夜々壱よ!』
ハキリを次々に斬り倒して進み、知らず知らずのうちにカナメは調子に乗っていた。
そこに慢心と油断が生じた。
誰かが放った強烈な光が目を貫いた。光線は網膜を焼き、視界を奪われてしまった。
『しまった!』
目がくらみ、痛みで戦意ダウンしたカナメを狙って、ハキリが大太刀を振り下ろした。
『グワア!!』
左肩から入った大太刀は股間まで一気に押し困れ、カナメの体は左右に分断されてしまった。
カナメの半身は左右両方ともバランスをとれずに仰向けに倒れ、立ち上がることができなくなった。
『グ……』
普通の生物ならここで即死だが、妖人は半不死身。簡単には死なない。
夜々壱は倒れた衝撃で手元を離れて遠くに飛んで行った。
せめて夜々壱を手元に戻せば、それで戦えるはず。
必死に右手を伸ばすがとても届かない。
夜々壱は不思議な刀で、自立で動くことができる。呼べば手元に来る。
『夜……々壱…………、こっちへ……』
呼び戻そうとしたところで、頭を思いっきりハキリの足で踏みつけられた。
『グヴ!』
グリグリと頭を踏みつけられる。
『ギャハハ! 惨めだなあ! さっきまで調子に乗って、このザマだ!』
ハキリは、大太刀でカナメの頭部にとどめを刺そうと大きく構えた。
頭部を破壊されては、さすがに半不死身の妖人でも再起不能である。
『グ……、よ……、よ……い……』
必死に夜々壱を呼ぶが、まともに声を出せない。
夜々壱まで声が届かず、ピクリとも動かない。
伸ばした右手も足で踏みつけられた。地面と足に挟まれて動かせなくなった。
カナメの意識が徐々に遠のき、周囲の喧騒が聞こえなくなっていった。
『仲間を散々殺しやがって! お前もこのまま死ね!』
ハキリの怒声も遠のいた。
(兵士として生まれ、兵士として死ぬ定め。ここでやられて、なんの未練があろうか……)
半分諦めた。