特別潜入指令下る
妖人の知能は決して人間に引けを取らない。
人間と同じように社会性があり、女王の元でコロニーを形成して生活している。コロニーは女王ごとに作られていて、大小様々ある。
グンタイ妖人の他にも妖怪の類はいるが、中でも最大の宿敵は同種属となるハキリ妖人である。両者はお互いの存続を賭けて常に戦っている。
カナメたちグンタイ妖人は、「妖人帝軍」という軍隊組織をコロニーごとに作っている。
敵に対抗するためもあるが、そもそも本能的に軍隊組織をつくる習性なのである。
コロニー自体には当然のように女王をトップとするピラミッド型のヒエラルキーがあり、四階層で構成されている。
マザーである女王はコロニー唯一の大人の女性。
次が女王の夫と幼女である女王候補が属する貴族層。女子は全て女王候補として育てられる。育つと独立して新コロニーを形成する。
夫は女王の任命で複数存在し、大奥で暮らしている。
三番目が兵士層。カナメもここに属する。
最下層はいわゆる一般庶民。兵士層や一般層に生まれても、容姿に恵まれて女王の夫に選ばれれば、貴族層にアップグレードする。
帝軍は四階級に分かれている。
「メジャー」は将軍・参謀クラス。
「サブメジャー」は部隊長クラス。
「メディア」は戦闘部隊。
「マイナー」は後方支援部隊。
戦闘部隊となるメディアは羨望と尊敬を集めるが、前線に駆り出されて一番死に近い危険な職務。それでも隊員は誇りを持って任務を遂行している。
カナメはメディアの中の諜報部中尉であり、単独で特殊任務をこなす猟兵兼諜報員である。
***
単独で人間の中に入り込み調査する特命が下ったのは、数日前のことであった。
帝軍基地の師団司令部へ呼び出されたカナメは、マツニ中佐の部屋へ行けと言われた。
カナメの直属上官であるマツニ中佐は、士官学校を出た後、異例のスピードで昇級を進めた切れ者。将軍の信頼が厚く、部下から慕われる優秀な若手軍人だ。
ドアの外でカナメは声を張り上げた。
「カナメ中尉、入室します!」
「入りたまえ」
部屋に入ると、紫色の髪をオールバックにした雄々しい顔つきのマツニ中佐がいた。
「このところ、コロニーから失踪が相次いでいる。一般層の失踪はよくあることだが、モンス少尉まで特務中に連絡が途絶えてしまった。彼は連続失踪事件を調べるために人間社会に潜入捜査をしている最中だった。彼の失踪は将軍も重要視され、新たにカナメ中尉に潜入指令が下った。モンス少尉が人間に捕まるとは考えにくい。ハキリの仕業かもしれない。カナメ中尉はその点に留意してモンスを捜し出し、失踪事件を解決せよ」
「ハッ、了解しました!」
軍靴の踵を鳴らせて直立不動になったカナメは敬礼。
背筋を伸ばしたまま直角に一礼すると部屋を出た。
軍帽のつばをつまんで軽く動かし、モンスのことを考えた。
「モンスが失踪……。一体、何があったんだ……」
階級はカナメより下だが、一緒に帝軍士官学校と帝軍ナカノ学校で切磋琢磨しあった旧知の仲。苦楽をともにし、青春を共に過ごした同期の桜だ。
ひょうきんでおちゃらけているように見えて、根は真面目な男。自ら失踪して、仲間に迷惑を掛けるような愚かな真似はしないはずだ。
「あのモンスが易々と人間の手に落ちるとも考えにくい。マツニ中佐の言うようにハキリの仕業だろうか。……それでも違和感が残る」
長年敵対してきたことから、敵の手法を帝軍は熟知している。
一人、二人の行方不明ならハキリかもしれないが、連続性のある今回の不明事件は少し違う気がした。
ハキリははっきり言って組織力が弱く、グンタイ妖人のような軍隊は持たず、その代わり小集団で動くゲリラ戦法を得意とする。
ハキリ妖人には幻術能力があり、それは少々厄介である。
無垢で純粋な人ほど、簡単に幻術に惑わされ操られてしまう。
グンタイ妖人でも一対一では負けることもあり、ハキリが人間の中に忍び込んで暴れているとなると、特殊能力を持たない人間にはなおさら歯が立たない。
ここで目こぼしすると情勢に影響が出る。勢力拡大阻止のために、必ず抑え込む必要がある。
コンクリート製の師団司令部を出ると、木造の兵舎に戻った。ここには自分の部屋がある。
これからモンスの足跡をたどって人間社会に入らなくてはならない。コロニー内では帝軍服を着用するのが義務である。それでは目立つため、潜入時は変装が必要になる。そのための着替えをしに戻った。
真っ先に入り口横の帽子用フックに、当分被ることがない軍帽を引っかけた。
懐の拳銃、通信機を机に置き、腰の日本刀はローチェストの上に刀置きがあるのでそこに横置きにする。
ゲートルを外し、軍靴を脱いだ。
カナメは大型のクローゼットを開けた。
諜報部は潜入調査が専門であり、変装が必要不可欠。様々な服をクローゼットにとり揃えている。
人間の姿は、学生風、ヒッピー風、作業員風と様々あるが、自分はスーツ姿が一番しっくりきて目立たないと思っているので、それを取り出した。
赤い肩章と襟章付きの立折襟が厳めしい濃紺の帝軍服を脱ぐと、褌一枚になった。
脱いだ服はブラシを掛けて埃を払い、皺を伸ばしてきちんとハンガーに掛けた。
カナメは、鏡に映る己の裸をしばらく見た。
兵士は短髪が基本だが、諜報部は長髪を推奨されている。
一見すると軍人らしくないのだが、帝軍服を着用すれば一目で諜報部と分かる。
この長髪は、人間社会に潜入する時に一番役立つ。
全身はがっしりした体格をしている。
鍛えあげた筋肉質ボディ、厚い胸板、硬い肩、割れた腹筋。
左肩から股関節まで、縦一本に太い縫合痕が通っていてとても目立っている。
ハキリ群団との戦闘でついた名誉の傷だ。
帝軍とハキリ群団の衝突は珍しいことではない。常にどこかで小競り合いが起きているが、この時はかなり大規模な戦闘となった。
瀕死の重傷を負い、とどめを刺されそうになったところをモンスが身を挺して助けてくれた。
その時の光景はいつまで経っても昨日のことのように鮮やかに思い出せる。