妖好きと妖と
コヨリは直立不動で立つ背の高い美形の青年に気付く。
フレッシュスーツの刑事が、白い手袋をつけて死体を調べていく。
「身元が分かるものは身に着けていないですね」
着衣もボロボロ。裸足。ポケットには何も入っていない。携帯電話も財布も見当たらない。
「どこかでひん死状態にされて、車でここまで運ばれて捨てられたのかもしれないな」
くたびれたスーツのベテラン刑事は、そのように推測した。
やはり、この状態の体が自分で歩いてここまでやってきた、なんてことは絶対に認められないのだ。
「目撃情報は?」
「匿名で一件ありました。今朝の一報を知って、昨夜自分が見たのがそれかもしれないと」
酔っ払いサラリーマンからのタレコミだった。
「何て言っていた?」
「驚くことに、下あごからしかなくて、両腕がない人が歩いていたというんです。服装はランニングシャツにジーンズ。背丈は160~170センチぐらい。男性です」
「このまんまだな」
足元の死体と同じだ。
垢抜けたスーツの刑事が死体を見て言った。
「それにしても酷いことをしますよね。両腕、頭を切断するなんて」
「腕は、逃げ出さないように切り落としたのだろうか」
切断面を見ると、鋭利な刃物で切られている。
顎付近は切断に苦労したのか、損壊が激しい。
「では、頭を失ったのはいつになりますか?」
「うーむ……。歩いているときにすでになかったと言うが、そんなことはありえないし。おそらく、そのタレコミ情報はイタズラか、夢でも見たんだな」
「匿名ですし、そうでしょうね」
「無駄な手間を取らせやがって」
結局、サラリーマンの証言はもみ消されてしまった。
コヨリはふと、ひときわ目を引く背の高い長髪の美青年に気付いた。灰色の地味なスーツなのに関係ない。
身長約185センチ。肩幅はがっしりとして広く、しかし、女性に近く優しい顔をしている。
ラフな日常着の人が多い中で、彼の立ち姿は異彩を放っていた。
頭のてっぺんから足のつま先まで一本の棒が通ったように真っ直ぐピンと張っている。
それは特別な訓練を受けた人間にしかできない軍人の立ち姿。だらしない立ち姿の中で、かえって目立っている。
真剣に見入る青年の横顔を、さらにもう一人の若く美しい女性がねっとりと舌なめずりするかの如く熱く見つめていた。
女の目からは、じっとりと湿気を帯びた色気が出ている。
(またあの女がいる……)
コヨリは、女の顔について見覚えがあった。何度もこのような現場で遭遇している。
よい印象はない。むしろ嫌な女だと思っている。
自分と同じ目的とは思えない。その証拠に、死体ではなく集まった人間をいつも見ているからだ。
その女が背の高い青年に照準を定めている。
コヨリは、女を睨んだ。
それから、青年を見た。
二人の女に見られていることを、目の前の死体に夢中な青年は気づいていなかった。
青年の名前はカナメ。
人間のようだが人間ではない。
グンタイ妖人と呼ばれる、人間と同じ姿をした妖である。
カナメは、目の前の死体を夢中になって観察していた。
(間違いない。あれは仲間だ)
カナメには一目で仲間のグンタイ妖人だと分かった。
体の切断面を見ると骨が見えない。妖人には骨がないのだ。
どうやって動くのかというと、芯の細胞が硬化していて、骨の代わりとなる。
(あの肌の変色は、何だ?)
カナメは、死体の全身に広がるカビらしきものに着目していた。
元の肌色が判別できないほどに、緑や青色、黄色のカビが繁殖していた。