吉祥の狙い
人工的な明かりが瞼を通してうっすらとカナメの瞳に到達する。
「ウ……」
覚醒したカナメがゆっくり目を開けると、殺風景な白い部屋が視界に飛び込んできた。
目隠しは外されたようだが体は縛られている。
場所は手術台の上ではなく、冷たく硬い床の上。
「ここは、どこだ? ……監禁部屋?」
周囲を見ると、すぐ近くにもう一人、誰かが捕縛されて寝かされていた。
そっちへ顔を向けようとするが、後ろ手に縛られて思うように身動きとれない。
「くそ……。体が動かない……。おーい!」
カナメは転がる人間に呼び掛けた。
こちらを向いた顔に驚いた。
吉祥だったからだ。
「吉祥!」
「気が付いた? こんなところで奇遇ね」
「どうしてここに? 我々の現在の状況について、何か知っているか?」
「いいえ。何者かに突然襲われて目隠しされて縛られて、ここに放置されたの。あなたは?」
「私も同じだ。ここに入った瞬間、襲われた。そして、左手の指を全部切断された」
左手の指の感覚は、完全に消失していた。
吉祥は眉間を寄せた。
「指を切断? 大丈夫なの? 痛くない?」
「痛くない。出血も止まっている」
「平気なの?」
「平気だ。それより、ここから逃げることを考えよう」
一体誰がこのようなことをしているのか。
妖人の容姿は、一見普通の人間と変わらない。
だが、このような仕打ちをした奴はカナメを人間とは違うものとして扱っている。
街に放置された妖人の死体は、滅茶苦茶に切り刻まれていた。そして、全身に繁殖したカビ類。あれは、何かの検証で人為的に植え付けられたものとしか思えない。
そう考えると、カナメの身に起きたことも筋が通る気がする。
妖人失踪の元凶はここにある。妖人の体の仕組みを調べるため、人間によって残酷な実験が行われているようだ。
(妖人の研究が狙いだったとして、人間の吉祥が同じ状況なのはどういうことだろう?)
人間を妖人と同様に扱うのは変に思えた。
(誰が何の目的で、妖人を捕まえて酷い目に遭わせているのだろうか。そして、吉祥を私と同じ部屋に放置した理由は?)
あれこれ考えてしまうが、今はこの状態を抜け出すことが優先。
カナメは、縄が外れないかしばらく腕を動かしたが、とても固くて歯が立たない。
(そういえば、夜々壱は?)
背中にあったはずの夜々壱がないことに気付いた。
夜々壱があれば、命令して縄を切ることができる。
(取り上げられたか)
どうせ人間に妖刀を扱うことなどできない。
夜々壱は放っておいて大丈夫だろうと後回しにした。
力なく横たわっている吉祥に声を掛けた。
「吉祥、何か縄を切る道具を持っていないか?」
「靴に折り畳み式ナイフが入っている」
「なぜ、そんなものをそんなところに?」
「護身用よ。靴の中までは調べられずに済んだわ」
「それを借りていいか」
「お願い。それで縄を切ってここから逃げましょう」
カナメは、床を尺取虫のように這いずって吉祥の足元に辿り着くと、背中を向けて右手で吉祥のショートブーツの中を探った。
「ああ、そこよ」
「あった。これだな」
見つけたナイフを使って、まずは吉祥の縄を切った。
「ふう。助かったわ」
自由になった吉祥は、のんきに筋肉のこわばりをほぐすためのストレッチをした。
「早く私の縄を切ってくれ」
「焦らないで。分かっているわよ」
吉祥は、カナメの縄を切った。
その時、左手を見て顔をしかめた。
「この手、酷い有様ね」
「君はひどい目に遭わなかったのか?」
「とりあえず、縛られた以外はね。でも、このままここにいたら、何をされるか……」
吉祥が不意打ちでカナメの胸に飛び込んだ。
急にどうしたのだろうかとカナメは戸惑う。
「お願い。私も一緒に連れて行って!」
「吉祥……」
カナメは困った。
人間の女を連れていくと足手まといになる。
それに長く一緒にいると、妖人の秘密を知られてしまう恐れがある。
「一人になりたくない……」
吉祥に懇願されて心が揺らいだ。
ここに置いていきたいが、一人にしては危険だろう。助けられた恩義もある。
悩んだ末、連れていくことにした。
「分かった。一緒に行こう」
「ありがとう!」
笑顔になった吉祥はカナメに寄り添った。
(仕方ない……)
諜報部員であるカナメは単独行動が多く、誰かを護衛しながら敵陣を進むのは得意ではない。不慣れながらも、吉祥と進むことにした。
吉祥は、陰でほくそ笑んだ。
(しめしめ。あっさりと私を信用した。外で話した甲斐があったようね。このまま行動を共にして、どんな行動をとるか観察してあげる)
吉祥は、ブラウン所長の仲間であり、最初からカナメを騙すつもりで近づいた。
今まで妖人の死体を街中に放置したのも吉祥であり、その理由は、次の妖人をおびき寄せるためのエサだった。
緑の頭髪の妖人もそうやっておびき寄せ、一人になったところで顔を見られないように襲った。
これらの目的は、全て妖人研究のためだった。
今までは人体実験で殺して終わっていたが、これからは生きた妖人の研究も視野に入れている。
妖人を飼いならすことができれば、新しいビッグマーケットとなるに違いないと考えている。
奴隷として使役するもよし。人では入れない危険な環境で働かせるもよし、兵器として売るもよし。ビジネスチャンスなど、いくらでも作り出すことができる。
最終目的は妖人売買だ。
もし途中でカナメに正体がばれたら、手元の拳銃で殺すつもりでいる。
(ああ、だけど……)
吉祥は、カナメの後ろ頭を熱く見つめた。
(どうか私に引き金を引かせないで頂戴。殺すには惜しい)
吉祥は、不覚にもカナメに一目惚れしていた。
それがカナメに話しかけた理由だった。
妖人を好きになるなど絶対にありえないのに、なぜかカナメを見ていると特別な感情が出てくる。
その謎も解こうと考えていた。




