怪しいラボラトリー
――プルプルプルプル……。
カナメの軍用通信機が鳴った。
携帯電話ほどの小さな機器は、暗号化された秘密回線を使用していて、誰かに傍受される心配はない。
『カナメ、新たな情報が出た』
ハラシガからだ。
マイナーは、新情報が手に入ったら連絡してくる。
『モンスの信号をキャッチした。地図を送るから、そこに向かってくれ』
「わかった。そこに向かう」
各自の通信機から出る微弱な電波を本部がキャッチできれば、居場所を特定できる。
カナメは、通信機に送られてきた地図を確認した。北西に9㎞。さほど遠くない。
早速、そこへ向かった。
地図が示した場所に行ってみると、高い塀に囲まれた研究施設のような建物があった。
ぐるりと囲んだ塀の上には有刺鉄線。門ごとに設置された監視カメラ。入り口には鉄門と守衛詰所。警備員が一人いる。
入り口には『ドクター・ブラウン生物化学研究所』と書かれている。
「本当にここからモンスの信号が?」
どうみても人間の建物。妖人は人間との接触を避ける。モンスが意味もなくここに来ることはない。理由があるとしたら、失踪者がここにいたと言うことだけとなる。
奥を覗くと、100mほど先に入り口がある。
無駄な装置や装飾など一切なく、無機質な不愛想感が出ている。
軍人訓練を受けているカナメにとって、民間施設への侵入に怖気づくことはないが、モンスが消えたことから、慎重に調べることにした。
まずは周辺。
ここは人里離れており、人工的なものは近くにない。ここへ来るまで1㎞ほど商店や人家もなかった。
唯一の人工物はアスファルトの舗装道路。まだ新しく、ラボラトリーのために敷かれたもののように見える。
建物もできたばかりのように新しい。
(このラボラトリーに侵入して調べてみるしかないな。昼間は人目がある。夜になるのを待とう)
妖人は人間と違って暗闇でも見える夜目を持っている。
(それまで周辺を調べてみるか)
監視カメラに入らないよう遠巻きに周りを歩いてみると、有刺鉄線が凹んでいる個所を見つけた。
(ここなら私の跳躍力で飛び越えられそうだ)
ここに向いている監視カメラを破壊しておけば、見つかるまで時間を稼げるだろう。
雑木林を歩くと、ブービートラップを見つけた。
踏むと足を挟んで捕らえる狩猟用トラバサミと、そこからワイヤーでつながれた小さな爆弾が見える。
この二つは連動していて、トラバサミに掛かるとワイヤーが引っ張られて爆発する仕掛けだ。
ワイヤーに引っ掛かっただけでも爆発する。
(狩猟用にしては殺傷力が高い……。どういうことだ?)
近くの木に血がべったりと飛び散っているのを見つけた。
「誰かがこのブービートラップに引っかかったようだな」
他の木も探したが、他に血痕は見つけられなかった。
(目につく場所は洗い流して、たまたま、この木だけ見逃したのだろうか)
残酷な罠で厳重に守られたラボラトリーは、まるで刑務所のように見える。
カナメは、妖人の死体を思い浮かべた。上あごから上がなく、両腕も切り落とされていた。
誰かの悪意による所業でなければ、考えられない状態だ。
「ここは怪しい」
何かとんでもない恐ろしいことが、中で行われている気がした。
「モンスがここでいなくなったことは確かなようだ」
残る問題は生死。
生きているのか死んでいるのか。それを確かめるために、ラボラトリー内の探索を避けて通れないようだ。
周囲が暗くなるのを待った。
(そろそろ大丈夫か……)
深夜になったので侵入を試みる。
守衛詰所を覘いたカナメは、違和感に気付いた。
(誰もいない……)
職務放棄なのか、詰所に誰も詰めていない。
つまり、警備がガバガバで侵入し放題ということ。
夜間とは言え、これでは警備の意味がない。
(気が緩んでいる。我が帝軍だったら訓戒ものだ)
カナメは帝軍に倣って憤った。
軍事施設と違って民間はこんなもの、とは言えない。外の罠とのバランスが悪いからだ。
(まさか、あれを過信しているのだろうか)
夜にこのラボラトリーへ近づくものがいれば、罠に掛かって瀕死状態となるだろう。慌てる必要はないということだ。
(それにしても、この状況はチャンス)
カナメは、堂々と正面から侵入……しなかった。
明らかにこれも罠と思えたからだ。
誰もいなくても監視カメラはある。どこかでモニターしていることは確実。
先ほど見つけておいた、有刺鉄線が凹んで低くなっているところから侵入することにした。
(始めるか……)
まずは、石で監視カメラを破壊。それから驚異の跳躍力で塀を飛び越えて敷地に入った。
敷地内では警報が鳴らない。楽々侵入できた。
周囲を警戒しながら建物回りを伺う。ここにも監視カメラがある。
入り口に近づくと電子錠が掛かっていた。
カナメは持っていたハッキング装置を使って開錠した。
ドアを開けると非常灯のみが点灯する薄暗いロビー。
だが、カナメには問題なく見える。
ゆっくりと辺りを警戒しながら足を踏み入れていく。
ロビー中央まで来ると、カチャリと入り口の電子錠が掛かった。
「何?」
シュウシュウと白いガスが天井から噴き出してカナメを襲った。
(しまった、罠だった!)
視界が真っ白になったと同時に、意識が真っ白となった。




