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妖人帝軍諜報部  作者: ナナイロナイト
グンタイ妖人行方不明事件
10/58

コヨリが教えてくれたこと

「もう、手を離してくれていいだろう……」

いつまでも手を掴んでいる女の子にカナメが言うと、「わあ!」と叫んで真っ赤な顔になり、慌てて手を離した。

「無理やり連れ出してごめんなさい」

女の子はぴょこんとお団子を揺らして頭を下げた。カナメは自然と揺れるお団子に目が行く。

「何か理由があったんだろ?」

「うん……」

近くのベンチで話すことにした。


「私は踊鉈コヨリ」

「私の名前を知っていたな」

「盗み聞きしたの。ごめんなさい」

素直に謝るコヨリを、カナメは責める気にならなかった。

「で、どうしてあんな行動をしたんだ?」

コヨリは、深刻な顔で言った。

「あの人についていっては危険だと思ったの」

「何か知っているのか?」

「うん……、私ね、今日みたいな現場を何度か見に行っているんだけど」

「死体に興味があるのか?」

「そうじゃない。昔から、妖が大好きで未確認生命体にも興味がある。最近見つかっている謎の死体は妖かもしれないって噂を聞いたから、発見現場を見て回っているんだ」

深刻な顔から朗らかな顔になっった。

(ああ、そうか。好きなことを考えると笑うのか)

少しだけ人間の心理を理解できた気がした。


「それでも死体を見て回るとは、あまり感心しない趣味だな」

人間から見れば興味深い死骸なのだろうが、カナメの仲間である。興味本位で見られたくないのが本音だ。

コヨリは、ほっぺを膨らませた。表情がクルクルと変わるので見ていて飽きない。

「そんなことないよ。楽しいよ。あれは間違いなく妖だから!」

「妖か……」

妖人は立派な妖。

妖大好き人間。

一緒にいる男が人間ではないとは夢にも思っていないだろう。

「私、ワクワクが止まらなくて」

「ワクワクとは?」

「楽しみで、楽しくて、楽しんでいるってことよ。だって、本物の妖と対面できるかもしれないんだもの。死体で見つかったのはとても悲しいし残念な気持ちだけど、生きている妖がいるって決まったようなものでしょ。いつかは会えると思うと、これがワクワクしないわけないよ。ずっと会うのが夢だったんだから」

体を揺らせて腕を振って全身で力説した。


「妖のどこに魅力があるんだ?」

「この地球上に未知なる存在があるって、考えただけでワクワクしない?」

「そんなにワクワクが好きか」

「当たり前でしょ。ワクワクはとっても重要なの。なかったら退屈な人生じゃない。カナメは何にワクワクがするの?」

質問されて困った。

ワクワクとは無縁の人生を過ごしてきたカナメ。人生を楽しむなんて考えたことがない。

「ないの?」

「……」

考えれば考えるほど、カナメの頭の中は白くなる。

「対して意味のない質問だから、無理して考えなくていいよ。見たまんま、真面目なんだね」

答えに困っているカナメにコヨリは同情した。


「妖の死体かもしれないと思って、いろんな現場を見て回っていると、どこに行っても同じ女の人がいることに気付いたんだ」

「それが吉祥だったと言うのか」

「そうよ。あの人、現場でカナメみたいな人に声を掛けては、どこかに連れていくの」

「それは本当か?」

「本当だよ。女の人からナンパなんて珍しいから、つい目で追っちゃって。今日もカナメに声を掛けたから、どこに行くのか気になってついていったの。あの人も妖を研究するサイエンティストだと知って、ますます変だと思った。サイエンティストが、なんで見学する人に声を掛けるのよってね」

コヨリは、二人のすぐ後ろの席で会話を盗み聞きしていた。

「コヨリ、吉祥が声を掛けたのは、どんな人だったか覚えているか?」

「緑の頭の若い男の人だった」

「何だって!」

「知っているの?」

「あ、いや……。珍しい頭だなと……」

「最近は珍しくないよ。みんな好きな色にしているでしょ」

「そうか。なら良かった」

「何が?」

妖人が目立たなくて良かったと思って口に出てしまったのだが、あまり喋るとボロが出る。

(どうも調子が狂う)

コヨリといると、なぜか警戒心が緩んでしまうようだ。

カナメは気を引き締めた。


「それで、二人はどうした?」

「その時は、他人に干渉するのは良くないと思っていたから後を追いかけなかったの。だけど、家に帰って考えてみると、いつも同じようなことをするって変だなって」

「では、私があのまま吉祥に付いていったら、どうなったのだろう」

「どこかに連れ込まれて殺されたかもね」

「まさか……」

モンスが人間に拉致されるとは、とても考えられないが、先ほどのように言葉巧みに連れていかれたら分からないかもしれない。

「冗談だよ。さすがにこの日本で、そんな簡単に人を殺せないでしょ。死体の処理が一番難しいって言うしね」

見かけから想像つかない物騒なセリフ。そのギャップにカナメは興味をそそられた。


「あの吉祥って先生は、どこの現場でも同じことをしているんじゃないかと思ったんだ。それで今日は突き止めてやろうと後を追ったの。カナメをどこか二人きりになれるところへ連れ込もうとしたから、危ないんじゃないかって心配になって邪魔しちゃった。絶対にあの人、怪しい。謎の死体に関係していそうな気がする」

「吉祥が殺したと言うのか?」

「だって、冷酷な顔で死体を見るんだよ。他の人は怖がったり、気持ち悪がったりするのに。私だって興味があって見に来ているけど、いい気持ちはしない。普通はそういう何らかのマイナス感情が出ると思うの。それがなくて、まるで人形を見届けている感じ。その上、興味の対象は集まったギャラリーで、そっちばかり物色。私もあの人の存在に気づいてからは、注意してみるようになって。私も挙動不審者かもしれないけどね」

「なかなかの観察眼だな」

コヨリは褒められて「ヘヘン」と、得意げになった。


「あの人が連れて行った人たちのその後がどうなったか知らないけど、今日の態度を見て分かった。カナメを文字通り、取って食おうとしていたのよ」

「危ないところを助けてくれたんだな」

その男がモンスだったとして、訓練を受けた軍人がそう簡単に殺されたりしない。カナメもそうだ。

コヨリが余計なことをしなければ、もっと詳しい情報を得られたかもしれないが、罠に掛かって逃げ出せなくなっていたかもしれない。

(巷で見つかっている妖人の死体は、もしかして、失踪した仲間たちかもしれない……)

増えた行方不明者。

それを調査していたモンスの失踪。

急に増えた妖の死体。

声を掛けてきたサイエンティスト吉祥。

(これらは全て関連しているのか?)

信じられないが、その可能性が高くなった。


「あんな美人に声を掛けられると、男の人って鼻の下を伸ばしてついていっちゃうよね」

「そう見えたか?」

妖人は、女に対して思い入れがない。そうでなければ、一生を男ばかりの中で過ごせない。

もしそのように見えたのなら、私情を挟んだということ。忌忌しき問題だ。

「見えなかった」

「そうだろう」

「緑の頭の人も、スケベ心でついていく感じはなかった。何か知りたがっているような風だった」

「……」

モンスもカナメと同じ行動をとっていたようだ。

行方不明者を捜していたモンスに、吉祥が情報を知っているとほのめかせて連れていくことは可能だ。

吉祥は、何かを調べているような人を探しているのかもしれない。

そして死体を利用して誘い出している。そんな気がした。

幸い、コヨリには妖と吉祥の行動が結びついていないようだ。

これ以上深く関わると危険だろうとカナメは考えた。


「助けてくれて、ありがとう」

「あれ? これっきりの感じ?」

「私にこれ以上関わると、ろくな目に遭わない。今まで見たことは全て忘れるんだ」

「なんか、スパイ映画みたいなことを言うんだね」

映画じゃない、とは、さすがに言えなかった。

「では、さよならだ」

「ちょっと待って。私も一緒に行く」

コヨリが無茶を言いだした。

「バカな事を考えるな。遊びじゃないんだ」

「何故?」

「妖の悲惨な死体がその証拠だ。首を突っ込んだら、自分もああなると思った方がいい」

「ますます、カナメが心配になるよ」

「私は大丈夫だ。もしああなったとしても覚悟はできている」

「ダメ! 絶対に!」

コヨリは語気を荒げた。

「私も行く!」

「絶対にダメだ。冒険気分では、みすみす死にに行くようなものだ」

カナメの強い語気に、コヨリは仕方なくわがままをひっこめた。

「それなら、絶対に死なないって約束して」

「それも無理だ」

何もかも拒否するカナメに、コヨリは「あーあ」とため息を吐いた。

「分かった。諦める」

カナメはホッとした。


コヨリは、お団子ヘアに結んでいた紐を外してカナメに渡した。

「その代わり、これを渡しておくね」

「これは?」

「マクラメっていうの。どこから引っ張ってもほつれず切れない丈夫な紐で、願掛けにも使われる。私が編んだんだ。カナメが無事でいられるように、私がこれに願掛けする。カナメに危機が及んだら、助けてくれるように祈っておくから」

妖人帝軍ではオカルトを禁止している。オカルトは戦場で神風を願うようなもの。それは堕落を意味する。オカルトなど不確かなことに頼らず、知略体力を磨けと怒られる。

持って帰っても没収される恐れがある。

「いらない」

コヨリはカナメの冷たい返事に、肩をすくめてため息を吐いた。

「はー、イケメンなのに分かってないなあ。ガッカリさせないで。こういう時は素直に受け取るものよ!」

叱られて、カナメは仕方なく紐を受け取った。

「カナメからも、何か記念になるものを頂戴」

何かあっただろうかとカナメは自分の体を探るが、適当なものがない。

「すまない。あげられそうなものは何もない」

「ああ、それならいいの。却って悪かったね」

「返すよ」

カナメはマクラメをコヨリに返そうとしたが、コヨリは押し返した。

「それは持っていてほしい」

やっぱり強引。

「じゃあ、写真を一緒に撮って」

「写真?」

コヨリは、カナメの返事を待たずに、隣に来ると、スマホをかざしてパシャリと撮影した。

ニコリともしないカナメをコヨリが笑った。

「カナメったら、生真面目な顔しちゃって!」

写真の中のカナメが固い表情で真っ直ぐにカメラを見ていたから、コヨリは「らしいなあ」と、また笑った。

「これ、送るね」

「私はそれを持っていない」

それとはスマホのことだ。

「じゃあ、この写真は私が預かっておく」

コヨリは、「お気に入り」として写真を保存した。

「ね、妖のことで何か分かったら連絡頂戴。見に行くから」

持っていた手帳に電話番号を書くと、それをちぎってカナメの手に押し付けた。

「なぜ私に構う?」

真面目な顔で問いただすカナメに、コヨリは傷ついた。

「迷惑だったらごめん。だけど、放っておけなくて。分かるでしょ? これは理屈じゃない。人は理屈だけじゃ動かないんだよ」

「……」

カナメには分からないが、コヨリの誠意は伝わった。


「じゃーね。また会おうね」

コヨリがカナメに向かって手を振りながら歩いていった。

二度と会うことはない。

そう思いながらカナメも手を振った。


一人になるとカナメはホッとした。

「やれやれ。疲れた……。妖が好きだって? 人間にもいろいろいるんだな」

妖人とばれないように行動するのは無理がある。

幸い、人間は個性が強い。カナメがおかしな対応をしても変人扱いで済みそうだ。

『イケメンなのにガッカリ』と、コヨリの期待を裏切ってしまった。

カナメでもイケメンの意味ぐらい知っている。

地味にパンチを受けた気分となる。

生まれた時から周囲には男しかいない生活で女の扱い方は不慣れかもしれない。

そこを指摘された。

路上に立つカーブミラーに自分を写してみる。

少し横に広がった自分の顔。

(人間の女から見ると、イケメンなのか?)

周囲の妖人が似たようなものだから、気に留めたことがなかった。

女のいない世界で生きてきて、女心など学校でも習っていない。

妖人の中でも、ネルはクリッとした大きい目が可愛くて色白で小柄で女の子っぽいが、それでも根本は男だ。参考にならない。

カナメにとって、女の相手は難題。せめて、人間らしく振舞うしかない。

「気にしなければいいことなのに、不思議なことだ」


妖人に女は滅多にいない。

存在がレアなうえ、女として生まれたら女王候補となる。絹のカーテンの向こう側に隠れ、隔離されて大事に育てられる。

カナメのような兵士には縁のない存在である。

表に出てくるのは、夫選びの時だ。

新女王が独立する時は特に大変で、夫から兵士まで集団を連れて出て行くことになる。その場合、女王自ら探すこともあるが、推薦されることもある。

帝軍では上官が優秀な軍人を大量に推薦する。

選抜メンバーとして言い渡されたら、気が乗らなくても拒否できない。

新女王と謁見し、気に入られて夫になると、軍を辞めて大奥入り。

カナメは、軍人でない自分を想像したことがない。

軍人であることは生まれながらの定め。何の疑問も迷いもなく、誇りを持って生きてきた。

軍人として生き、軍人として死んでいく。それが当たり前すぎて、他の道を考えたことがない。

兵士として生まれた他の仲間たちもそうだろうが、カナメは特にその思いが強い。

上官の命令は絶対で、逆らうことは考えられない。死ねと言われれば死ぬ。英雄死という賛美を心の支えとして死にゆくだろう。

死ねずに逃げたものは不名誉軍人のそしりを免れない。そうなると、脱走兵になるしかない。コロニーを出て、一人で生きて行くことになる。


妖人の生き方は妖人の中にいるときは問題ないが、人間の世界では少し勝手が変わる。


帝軍ナカノ学校で学んだ時に、スパイ心得でこう言われた。

『人間と接したとき、君たちは自分の意見を求められることがある。何も答えられないと、相手の信頼を得られない。人間が何を求めて質問しているかよく見極めて、自分の意見としていうことだ』

妖人帝軍では、自分の意見を持つことなど許されない。

しかし、それでは人間に怪しまれてしまう。

その切り替えを、スパイは持たなくてはならない。

今まで人間に対してまともに試す機会はなかったが、コヨリと話していてその意味がよく分かった。

会話がたびたび成り立たなかったことが悔やまれる。


「かといって、軍人に楽しみなど必要ないとは口にできない」

適当なことを言って話を合わせられない自分が歯がゆかった。

その点、モンスは上手い。

彼には実力があり、潜入捜査はモンスの方が適任。

先に特命が下されたのも、そこが上官から評価されてのことだ。

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