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婚約破棄はよく考えてから行いましょう

作者: 岡島 光穂


 わたくしは公爵家長女で、この国の第一王子エリオット様の婚約者、パトリシア。現在は貴族の子女が13~15歳まで通う全寮制学園の最高学年に在籍しております。週末は外泊が可能な為、お父様へ確認したい事があり、屋敷へと戻ってまいりました。


 お父様の執事に確認し、書斎へと向かいます。


「お父様、今よろしいでしょうか。お聞きしたい事があるのですが?」

「何だい? パトリシア」


 調べ物をしていたのか、本に栞を挟み、こちらに顔を向けてくれます。

 中断させてしまった事を申し訳なく思いながらも、促されるままソファに腰掛けると、お父様もソファへ移動し、侍女がお茶を入れてくれたのを確認後、人払いがなされます。

 紅茶を一口頂いた後、質問を開始させていただきます。


「今学園に、希少な光の魔力持ち、という男爵家のご令嬢…ソフィー様がいらっしゃるのですが、御存知ですか?」

「ああ、聞いた事があるね。魔力量は少ないらしいが、神殿が狙っているとか…」

「そうなのですね。王家としてはどうなのでしょう? 保護や取り込みたい対象なのでしょうか」

「陛下は特に何もおっしゃって無かったと思うが……どうしたんだい?」


 お父様もソフィー様の事はご存知だったようです。

 しかし、学園内の事についてはあまり情報が外に出てはいないのでしょうか。


「数か月前から…最近は結構頻繁に、エリオット殿下と一緒にいらっしゃる所を見るのです。最初は保護対象かと思ったのですが、雰囲気が甘いといいますか……お友達や他のクラスの方からも、どうなっているのか? と聞かれた時の返答に困ってしまいまして。……殿下に聞くにもわたくしは避けられているようなので、お父様に確認しようかと」

「……ほう…」


 お父様の目から光が消える。口元は笑んだままだけれど、これは……怒ってらっしゃる…?

 わたくしにとって大した事では無いとアピールしなければ…。


「もし王家で、光の魔力を取り入れたいとお考えであれば、わたくしの事は気にせず、婚約を解消していただいて構わないと思っております」

「うん、それが良い。あの殿下との婚約なんて解消させた方が良いな。王家に入るなんて元々皆反対だったんだし……よし、すぐにでも陛下に進言しよう! 大体、パトリシアの能力目当てが透けて見えるのが嫌だったんだ!」


 言い切った直ぐ後、お父様の目に光が戻る。

 むしろ晴れ晴れとした顔で、拳を握っている。


「もし、解消になるならば嬉しいですわ。いくら政略結婚とはいえ、嫌われている方に嫁ぐのは……厳しいものがありますもの。……でも、こちら側からの進言は……大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫! その辺りはね、……どうにかするモノなんだよ。……というか本当に……うちの娘を嫌うとか、何をしてくれてるんだろうね、殿下は。…………そんなだから、立太子出来ないんだ……」


 自分から言い出したけれど、王家の決定に異を唱えるとか……大丈夫なのでしょうか…?……でも、殿下に好きな方が出来たのなら、身を引くのは当然よね…?

 お父様もどうにかする、と言ってくれたし……最後の方は何を言われたのか聞き取れなかったけれど……。 


「お父様?」

「何でもないよ、パトリシア。お前に似合いの新しい相手を探さないとね」

「ふふっ、気が早いですわ、お父様」


 もう婚約解消した気になっているお父様、本当に気が早いわ。

 でも、そうなってくれれば、本当に嬉しい。




「面を上げよ」

「失礼いたします」

「そんなに畏まらなくて良い、パトリシア」

「ありがとうございます」


 そして次の週末。

 何故かわたくしは王宮で陛下に謁見を賜っております。

 しかもお父様もおらず、陛下と二人きり。あ、侍従の方や護衛の方はいらっしゃいますよ。……少し離れた所に。

 陛下とテーブル挟んで向かい合わせとか、近いです。緊張感が凄まじいです。


「この度は、エリオットが迷惑をかけたな」

「いいえ、とんでもないことでございます。恋をお知りになれたのであれば、素晴らしい事ではありませんか」


 陛下からほぼ謝罪のお言葉頂きました…。

 背中の冷や汗が止まりません。

 教育の賜物か、どうにか顔に汗はかかずに済んでいる様です。 


「……かと言って、婚約者を蔑ろにして良い理由にはならん。それに、エリオットは自分の立場を理解しておらん。パトリシアの勤勉さを見習い、発奮して欲しかったのだがな…」

「ソフィー様は平民に近い考えをお持ちのようですから、そちらの新鮮さに引きずられてしまったのではないでしょうか」

「確かに新鮮かもしれんがな……。王族として厳しく躾けてきたつもりだったのだが……人とは易きに流れるという事か……」

「陛下……」


 お父様にお話しした内容の他にもお調べになられたのか、陛下のお顔が曇ります。親として直接、長い時間関われなかった事を責められているのかもしれません。

 確かに、殿下は自分に甘い部分があります。第一王子だからと、周りが我儘を許している所を、それなりに見た事もあります。

 溜息を吐きながら、陛下はお話をお続けになります。


「儂は、光の魔力持ちといえど、安易に王家に入れるつもりは無い。特に正妃・側妃として、品位や資質に欠ける者を入れてしまえば王宮・後宮内は混乱する。……以前にそういった事象もあったそうだ」

「まぁ……そんな事が…?」


 陛下のお考えはごもっともです。……殿下はあまり考えていらっしゃらない様ですが……。

 それに、今に近い事象があったとは?


「それも男爵令嬢だったそうだ。その時は学園は無く、王宮侍女の男爵令嬢を見初め、初めての恋に溺れ、婚約者を蔑ろにした挙句お飾りの正妃にし、その男爵令嬢を後宮で愛妾として溺愛、公務政務を正妃に押し付け仕事をしない愚王の出来上がりだ」

「それ…は…」


 うわぁ、と内心声を上げる。

 もし自分がお飾りの正妃になって、王となったエリオット様が公務放り出して、ソフィー様と後宮に籠りきりとか……考えただけでゾワゾワします。


「しかも、その男爵令嬢は演技上手だったそうでな。被害者面が得意で、されても無い嫌がらせをでっち上げ、王に王妃や侍女を糾弾させたりやりたい放題で、だいぶ荒れたらしい」

「………」


 初耳でした。

 しかし、その内容はあまり公表してはいけない類の物なのは理解しました。きっと、王家のみに伝承される事とかなのでしょう。……殿下は知らないの…?……立太子や譲位後に知らされる……とか…かしら?


「その時は王弟と高官が立ち上がり、一応穏便に譲位をさせたらしいが……今の世でそんな事が起これば国が荒れる。愚王を作る訳にはいかんのだ」

「そう…ですわね」


 今の状態で仮に殿下が即位されたのなら、愚王の道へ一直線の様な気がしてきた。昔の様な専制君主的な王政では無いし、貴族や平民からのクーデターが起こらないとは言い切れない。


「だからパトリシア、協力を願う」

「……はい…?」


 そして、その流れでの陛下からのご依頼に対し、気の抜けた返事をしてしまった。





「パトリシア! 貴様との婚約はこの場をもって破棄とし、新しくこのソフィーを私の婚約者とする!」


 学園の卒業を祝うパーティーの最中、突然エリオット様が男爵家では手に入らない様な高価なドレスを身に纏ったソフィー様をぶら下げてやって来たと思ったら、大声でこんな事を言い出しました。

 一瞬ぽかんとした淑女らしからぬ顔をしてしまいましたが、すぐ後、笑いがこみ上げ止める事が出来ません。


「………ふふっ」

「何が可笑しい!」

「いえ、申し訳ございません。……理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 頑張って笑いを止め、表情筋を引き締めます。気合いを入れないと、笑いで口が歪みそうです。あ、扇で隠しましょう。

 どうにか取り繕っている間に、エリオット様も理由を語り始めました。


「貴様はこの希少な光の魔力を持ち、可憐なソフィーに対し、嫌がらせ等を繰り返してきたそうではないか! 挙句、階段から突き落とすなど正気の沙汰では無い! その様な犯罪者は私の婚約者に相応しくない! このソフィーこそ、私の婚約者になるに相応しいのだ!」

「エリオット様……私…怖くて…」

「ああ、ソフィー…こんなに怯えて……貴様のせいで、ソフィーはこんなに身も心も傷ついたのだ!」


 何? このお芝居。

 でっち上げにも程がありますし、ソフィー様涙も出てませんし、全然怯えて無いじゃないですか。そもそも直接お話しした事もありませんしね。そして階段から突き落とすって……いつ落とされたか知りませんが、ピンピンしてるじゃないですか。頑丈にも程があるでしょう。

 ツッコミ所が満載すぎて、喜劇を見ている気分になってきました。

 もう笑いが止められません。扇、出しておいて良かったですわ。


「ふふっ、ふふふふふふ」

「な…っ、何を笑う! 気でも狂ったか!」

「ふふふっ、申し訳…ふふっ…ございません、殿下。もう、我慢出来なくて……っふふっ」

「何だと?!」


 怒りで顔を赤くしているエリオット様に更に笑いそうになってしまいましたが、信じられないものを見る目で見てくるソフィー様で、少し落ち着きましたわ。


「ええと、婚約破棄ですわね。承りましたわ。……といっても、既に白紙撤回済みですけれども」

「は?」


 簡単に了承し、解消済の事実を追加すると、エリオット様は怪訝そうな顔で声を上げられました。

 もうそろそろ、わたくしの出番は終わりで大丈夫そうですわね。

 殿下の後ろに目線を向け、声をおかけします。 


「もう、宜しいでしょうか陛下」

「ああ、手間をかけたな」

「とんでもないことでございます」


 殿下の後ろから、陛下が歩み出てこられ、わたくしの前に立たれます。

 わたくしが礼を取ると、エリオット様とソフィー様以外の皆様も礼を取られます。

 礼の姿勢のままのわたくし達に、陛下のお声が掛かります。


「皆の者、これはちょっとした余興だ。我々は席を外す故、このままパーティーを楽しんでくれ。ただ、余興内容については……他言無用だ」

「「「「はっ!」」」」


 全員からの諾の声に頷き、陛下は茫然と立ち尽くすエリオット様とその腕に縋るソフィー様にお声をかけられます。


「では、エリオットとそこの娘、場所を移動する。パトリシアも少し付き合ってくれ」

「畏まりました」

「……父上…?」

「……早くしろ」


 陛下は状況が呑み込めないエリオット様を促し、会場から退出され、それにわたくしも続きます。





「どういう事でしょうか、父上」


 場所を変え、応接室で並びで座るエリオット様とソフィー様、向かいに陛下、脇の一人掛けにわたくし、という席順で着席しました。

 困惑を拭いきれぬ顔でエリオット様は陛下に説明を求めます。


「それはこちらが聞きたい事だな。……あんな場所で婚約破棄を言い出すなど、どういうつもりだ?」


 冷たい瞳でエリオット様を見据え、陛下が逆に問われます。


「それ…はっ、パトリシアが、ソフィーに嫌がらせや暴力を…」


 歯切れ悪く殿下が説明されます。

 陛下の前でもそれを言い出すとは……本気でわたくしが、そんな事したと思ってらっしゃったのですね……。

 それをバッサリと陛下が切り捨てられます。


「そんな事実は無い」

「はっ?! 何をおっしゃいますか!」


 食い下がるエリオット様。


「では、何故嫌がらせを? した理由や根拠は?」

「それは……私がソフィーと一緒に居る事を妬んで……」

「何故?」

「嫉妬で…」

「パトリシアが? お前に?」

「私の寵愛を受けれないからと…」

「はーっはっはっはっ! 物凄い自信だな」

「は?!」


 聞くに堪えない理由や根拠が並び、げんなりした顔を晒しそうになりました。

 わたくしのどこにエリオット様の寵愛を強請る行動があったのかと。嫉妬をされる程好かれている自信があったのかと問い詰めたい。いくらわたくしが恋を知らぬといっても、エリオット様からの対応で好きになる方がいるなら、被虐趣味を疑いますわ。

 そこを陛下が笑い飛ばして下さり、少し溜飲が下がりました。

 笑われ馬鹿にされ、驚いた様な顔をしたエリオット様も少し面白かったです。


「それに、パトリシアを蔑ろにし、浮気をしている自覚はあったのだな?」

「……っ! 浮気ではっ! 私はソフィーの事を本気でっ!」

「尚悪い」

「なっ…っ!」


 本気ならばもっと色々やりようがあったでしょうに。

 それに、婚約者が居る状態で別の異性と行動を密にするなど、浮気扱いされて然るべきです。

 冷たい陛下の目と声にエリオット様が口ごもります。


「お前には色々言ってきたつもりだ。婚約者を大事にしろ、自分の立場を考えろと。己が王族という誇りを持って、言動を顧みよと」

「し…しかし…っ」

「何故、周りが見えない? 何故、自分の立場を理解しない?」

「理解……しておりますっ」

「している様にはまるで見えん。パトリシアが王族と言われた方が余程納得出来るわ」

「………っ!!」


 陛下に淡々と諭され、それでも自分の非を認めようとしないエリオット様。

 でも陛下、わたくしが王族は言い過ぎです。エリオット様も絶句されたではありませんか。


「ひどいです! 陛下! エリオット様は、第一王子というお立場に、重圧に苦しんでらっしゃいました! それに、周りからは常にパトリシア様や第二王子と比較され……そんなエリオット様にひどい事言わないで!」


 そんな中、陛下とエリオット様の会話にソフィー様が口を挟みます。

 怖いもの無しですか?! マナー違反どころの騒ぎでは無いです。


「ソフィー…」

「それ程に苦しんでいたと? 重圧に押しつぶされそうだったと?」

「そうです! 皆、第一王子としての自分しか見てくれないと! 権力や地位を目当てにすり寄る者だらけだと! 素の自分が出せるのは私の前だけだと!」


 自分を庇って立ち向かってくれたと、瞳を潤ませ感動するエリオット様。……いや、ここは陛下に向かって何を?! と顔を青ざめさせる場面では……?!

 それを少し口角を上げ、ニヤリと笑いながら続きを促される陛下。

 気付かず、自分の主張を続けるソフィー様。ああ、ここに居るのが辛い。


「だったら、王位継承権など放棄して、臣下に下れば良いのだ」

「……え…?」

「幸い、王太子もまだ決めておらず、下に王子達も居るし、儂もまだ譲位を考えておらん。一人位臣下に下ったとして、それ程問題にはならん」

「は…?」


 晴れやかな笑みで、名案の様に語り始められる陛下。

 何を言われたか理解しきれず、ぽかんとするソフィー様とエリオット様。


「第一王子としての立場が辛いのであろう? 一人のエリオットとして見て欲しいのだろう? ならば、王族籍を抜けるのが手っ取り早いではないか」

「違います! 王族籍を抜けたい訳では……!」


 更に続けられる陛下。

 流石に理解し、正気に戻るのはエリオット様の方が早かったです。

 しかし、反論に対し、笑みを消し真顔でエリオット様を見据える陛下。


「王族としての責務も果たさず、泥ばかりかけた者が好き放題言うな」

「は……」


 バッサリと切り捨てられ、言葉を無くすエリオット様。


「そもそもお前は、パトリシアの事も『公爵令嬢で婚約者』としか見ておらぬではないか。歩み寄ったか? 素の姿を見ようとしたか? 努力や苦しみを知ろうとしたか? お前の寵愛を望んでいたか? 周りの評判を聞き、比較され、凝り固まった頭で何を知っている? お前を『第一王子』として評価する者と何が違う?」

「…それ……は」


 やっと陛下の言われている意味を理解し始めたのか、逡巡する表情を見せるエリオット様。


「少し考えれば分かる事も考えず、自分の都合の良い方向でしか考えられない、視野の狭い者は王族としてやってはいけぬ」

「違います! 私は…!」

「どう違う? 今回の事は利用させてもらったが、お前が王になった時に愚王になった図しか思い浮かべられぬ」

「………愚王……」

「自分に都合の良い甘言に惑わされ、契約を違え、優先すべき順を間違い、真実の追及もせず、勢いのまま大勢の前で断罪。儂が考えた中で最悪の状況だったぞ」

「………」


 陛下のお言葉に、エリオット様は完全に言葉を無くしてしまいました。

 青いお顔で口をはくはくと動かす事しか出来ません。


「パトリシアがその娘に何もしていない事は儂が保証しよう」

「なっ、何故その様な事が言えるのですか!」

「その嫌がらせとやらが始まった段階で、婚約の解消がなされているし、儂の手の者をずっと付かせていたからだ」

「………は?」


 陛下がわたくしの無実に言及すると、少しエリオット様に勢いが戻りましたが、結局ぽかんとした顔になってしまいました。


「お前とその娘の関係が無視出来なくなった頃、婚約の見直しを進言してきたパトリシアに協力を願ったのだ。色々な噂が出ても、エリオットからの働きかけ以外には肯定も否定もしないでおいてくれ、と。……お前の資質を見る為にな」


 陛下からの要請の後は、少し疲れました。

 嫌がらせなど何もしていないのに、した事にされたり、黒幕扱いされたり……ちゃんと名誉回復してくださると良いのですが……。


「……資質……?」

「王となるには、必要なものだ。……女や甘言に簡単に落ちる王など、民にとって恐怖しかない。それに、妃同士の諍いへの介入も必要となる。……お前はどうだ? 片方の言い分しか聞かず、証拠や証言を集めるでもなく、個別に確認も諌める事もしない。挙句に思い込みだけで断罪とは………婚約者と浮気相手の段階でこうなのだ、他から見れば女に惑わされ国を乱し死人を大量に出す、独裁者の愚王の出来上がりだな」

「………」

「お前がその娘を愛している、という事までは否定せん。だが、順番が明らかに悪い。何故、婚約自体を蔑ろに出来る? 王家と公爵家の約束事なのだぞ? お前の行動一つで公爵家に中央から離反されたり、最悪、一族で亡命されてもおかしくないんだぞ?」

「そこまでは……」

「考えてなかったのか……」

「………」


 陛下のお言葉を聞き、やっと自分の考えの浅さを理解出来たのでしょうか? エリオット様の顔色は青を通り越して白くなっております。


「本当にその娘を妃にしたかったのなら、パトリシアに真摯に謝り、婚約について相談し、両家の話し合いの元、解消や撤回というのが筋だろう? それを何もせず、放置した挙句にパーティーで断罪など、愚の骨頂。どうしたらそこまで愚かな行為が出来る……」

「も…申し訳……」

「もう、謝られた所でどうしようもない。……お前は皆の前で、“傀儡の王として最適”と自分で言ってしまった様なものだからな…」

「………」


 完全にエリオット様終了のお知らせです。

 顔色は全く戻ってきませんし、いつ倒れてもおかしくない位グラグラしております。


「お前の王位継承権は剥奪とする。北の辺境伯家に行き、一騎士として揉まれてくるが良い。5年間は戻れぬと思え。そして、その娘との婚姻も許さぬ」

「そんな…!」

「国が荒れる可能性は潰しておかねばならんのだ。それに、その娘は神殿預かりとなる為、婚姻は出来ぬ」

「えぇっ…どうしてっ」


 かろうじて絞り出したエリオット様の言葉は目線一つで流されます。しかし続けられた陛下のお言葉に食いついたのはソフィー様。

 ……今までの流れで、どうしてって……陛下のお言葉は何も響いていない……? 自分には関係ないと思っていた…?


「本来ならば国を乱そうとしたとして、女性しか居ない修道院に幽閉の筈だったが……光の魔力を持つ事が幸いしたな。神殿が()()まで面倒を見てくれるそうだ」

「そんな…いや……エリオット様…っ」

「ソフィー……」


 陛下のお言葉に、頭を振って信じられないという顔をしたソフィー様はエリオット様に縋りつかれます。しかし、どうしようもない事を理解し始めているエリオット様は、ソフィー様の肩を抱く位しか出来ません。


「神殿に行く位で済んで良かったではないか。被害者ぶっているが、その娘は加害者だからな。明らかな嘘で公爵家のパトリシアを貶めようとしていたんだ、制裁を受けても文句は言えないのだぞ」

「あ……」

「そんなっ、私、そんなつもりは…っ」


 呆れたような陛下のお言葉に、エリオット様はハッとした顔をソフィー様に向けられます。それを涙を溜めた瞳でソフィー様は否定します。


「では、どんなつもりだったのだ? パトリシアに階段から落とされたと言っていたな」

「違います! パトリシア様らしき人と…」

「ふむ、ではエリオットが勘違いをしたと?」

「そうです! 私はパトリシア様と断言した事はございません!」

「ほう、訂正もしなかったくせに良く言ったものよ……明言を避けて思い込ませるのも、だいぶ悪質な方法だな」

「……っ!」


 陛下の誘導に上手く言葉を引き出されたソフィー様は、顔色を青くされます。


「エリオットが勘違いをしているのを知って尚、情報を重ねていったのだろう? 王族を謀る事も十分な罪だ」

「……ソフィー…?」


 俯き小刻みに震えるソフィー様を窺う様に、エリオット様は声をかけます。


「エリオット以外にも、資質を試していた者がいたのだよ」

「…父上…?」


 静かに、陛下が口を開かれます。

 顔を上げないソフィー様から陛下へ、エリオット様の視線が移ります。


「もし、その娘がエリオットを真実愛し、進言して道筋を正すなり、パトリシアに敬意を払う様な娘であれば違う道もあったかもしれん。しかし、エリオットを狡猾に操り、断罪まで持っていった。……詰めは甘いものの、違う意味の資質が強すぎて、社交界でフラフラされては困るのだ」

「いや……」


 続く陛下のお言葉に、俯いたままのソフィー様が首を振りつつ、否定を返します。


「この決定は覆らぬ。おぬしはもう、神殿から出る事叶わぬ」

「いやぁっ! エリオット様と結婚して贅沢して幸せになるの!!」

「無理だ」

「エリオット様! 私を愛してると言ってくれましたよね?! 私と離れ離れになるなんて、我慢出来ませんよね?!」

「ソフィー…」


 単なる決定事項を述べる様な陛下の淡々としたお言葉に対し、ヒステリーを起こした様に、ソフィー様が声を荒げます。

 エリオット様はおろおろとするばかりで、場を収める事も出来ません。

 そこに、陛下が問いかけられます。


「一応聞いておくが……パトリシアを排除し、エリオットと結婚出来ると、本気で思っていたのか?」

「そうです! だって、私は光の魔力を持っているし、エリオット様を愛しているから!」

「光の魔力を持っていたとしても、男爵位では低すぎる。正式な婚姻など無理なのにか?」

「そんなの! どうにでも出来るじゃないですか! エリオット様だって言ってました!」


 本気で、正妃になれると思っていたのですね…。

 どうにでも出来るって、エリオット様……まさかと思いますが、冤罪をかけたわたくしの家に養子としてソフィー様を迎え入れ、そこから嫁がせるとか考えていた訳では無いですよね……? そんな思いを込めてエリオット様を見れば、ばつの悪そうな顔で顔を背けられます。

 ……そうですか。そこまでコケにするつもりでしたか。


「……そうだな、どうにでも出来るな。………おぬしら二人が平民になるというのなら、婚姻を認めても良いぞ? 但し、子は認めぬが」

「……は…?」


 それを察したのか、陛下が新しい提案をなされます。

 エリオット様もソフィー様も、ぽかんと口を開けてしまいました。


「愛し合っているのだろう? 一緒になれるのであれば良いではないか?」

「だ…ダメです! だって、エリオット様は王子様じゃないですか!」

「王子でないと駄目なのか?」

「そうです! 王子様だからいいんじゃないですか!」

「王子だから愛したのか?」

「だって最高権力じゃないですか!」

「なるほどな…」

「……ソフィー…?」

「え…?………あ……ちが…」


 またも簡単に陛下の誘導に引っかかったソフィー様。流石に陛下相手には自分のペースを乱されますよね。エリオット様とは格が全く違います。

 そして、陛下は少し感心した様にソフィー様に目線を移します。


「流石だな。ここまで当人に気付かせぬとは恐れ入った」

「は……え…」

「資質を見ていたと言ったであろう? おぬしの学園以外の生活も、これまでの生活も確認済みだ」

「や……うそ……」

「能力を諜報員として使うのであれば優秀だろうが、自尊心が高く、忠誠心も無く、自分に甘い、男を手玉に取り慣れた者など、恐ろしくて手駒にも野放しにも出来ぬわ」

「あ………」

「……嘘だろ……ソフィー……」

「………」


 自分の私生活も全て調査済みとハッキリ言われ、脱力するソフィー様。わたくしも少し伺いましたが、中々の交友関係でいらっしゃいました。

 全てを明らかにはされずとも、陛下とソフィー様のやり取りで何かを察したエリオット様は茫然とソフィー様を見つめます。

 言葉も、動く気力も無くした様な二人に陛下は一つ嘆息し、控えていた騎士達に指示を出されます。


「さ、話は終わりだ。この娘を神殿へ連れていけ」

「はっ」


 騎士に促され、のろのろと立ち上がり、両腕を取られたソフィー様は虚ろな瞳で連行されていきます。


「お前も明後日には出発となる。戻り、身の回りの整理をせよ」

「父上……その…パトリシアは、どうなるのでしょう…」


 エリオット様にも指示を出された陛下に、取って付けたような確認がなされます。

 ……今更、何故そんな事を気にするの……? 助けてもらえるとでも思っているの……?


「隣国の第二王子に嫁ぐ事となる」

「え……」

「二週間後にはこちらを出立し、一年の婚約期間の後、婚姻だ」

「…隣国…」


 陛下が簡潔に述べて下さいました。

 エリオット様は絶望したような表情で、呟かれます。

 何に絶望されたのか全く分かりません。


「パトリシアには迷惑をかけ過ぎた。かの国の第二王子の婚約者が昨年流行病で亡くなってしまった事もあり、わが国に打診が来ていたのだ。既に本人同士手紙のやり取り等で親交は深められているようだが? なあ、パトリシア」


 追加の説明の後、陛下はこちらに話を振られます。


「はい。早くあちらに行くのが楽しみでなりません。博識でいらして、興味を持つ物が似通っている様に感じ、好感が持てます」


 新しい婚約者の方は未だお会いした事はありませんが、今の所良い印象しかありません。このまま、良い関係を築ける様に頑張らないと。


「それは何よりだ。……娘に出来なかった事が残念だが、第二王子は穏やかな気質と聞いている。あちらで幸せになれる様、祈っておるよ」

「ありがとうございます、陛下」


 陛下から有難いお言葉を頂き、自然と笑みが零れます。


「時間を取り過ぎてしまったな。パーティーに戻るか?」

「いえ、今戻っても騒がしくなるかと思いますし、家に戻ります。友人達とは後日、茶会を開く予定ですので」

「そうか。最後まで迷惑をかけてしまったな」

「とんでもないことでございます。お役に立てたのなら光栄です」


 こちらを気遣うお言葉を頂き、心が温かくなります。

 エリオット様は、何故この様に素晴らしい陛下をお手本に出来なかったのか。本当に残念です。


「さ、では馬車寄せまでは送らせよう。頼んだぞ」

「はっ、畏まりました」

「ありがとうございます、陛下。御前失礼致します」


 ひとつ頷くと陛下が護衛騎士に指示を出されます。

 立ち上がって陛下に礼を取り、移動をしようとした際に、捨てられた犬の様な瞳のエリオット様が目に入りました。

 最後にご挨拶位、必要でしょうか。

 きっとこれから先、エリオット様にする事の無いカーテシーをし、見せた事の無い満面の笑顔で口を開きます。


「殿下。この先、お会いする事も無いと思いますが、今までありがとうございました。お元気で。………ごきげんよう」


 捨てるつもりが捨てられていた。今、どんなお気持ちなのでしょうね。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 常識的で好感が持てる内容で凄く良かったです 婚約者が浮気していたらまずは父親と、そして王家への進言は常識ですよね
2020/08/12 12:12 退会済み
管理
[良い点] 王様がかっこいい。仕事の出来る男って感じだ。 傀儡に最適、まさにその通りだな 極端な話 通常の国家のトップはべつに特別やら天才的な能力なんぞ必要ない。あるに越したことはないけど、そんなもの…
[良い点] 陛下のお言葉。男前。 素敵。素敵。 こういう人書きたいものです。 お言葉が達者で、一体作者はおいくつでいらっしゃるのかと思われます。
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