第六話 五時限目の前
「……何の…………」
不意を突かれて答えに困る。
見えているかと問うのは…………私が考えているものと同じなのだろうか?
「柏木さん、僕と同じもの見えているよね? “黒い靄”みたいなもの…………」
「………………うん。あの、でも……何で?」
同じだった。
でも、何で弥生くんは私も見えていると思ったのか?
「だって、三時間目の授業中ずっと、平安さん? の方、頭の上ばかりチラチラ見ていたから。柏木さん、いつも集中力があると思っていたし……」
「弥生くん……見てたの?」
「平安さんにあれがあったのは知っていたから、もし必要以上に見ているなら……そう、かな? って……」
「………………」
正直、驚いた。
弥生くんのことを私はほとんど知らないが、何となく他人から距離を置いている人だと思っていた。距離をとって関わらない冷めた印象。
でも実際は見ていないようで、かなりの観察眼をもった人。少しの情報を得てそれを仮説にさらに観察。
もしかしたら、私が話さなくても弥生くんなら、いつか気付いてくれたのかもしれない……。
そう思った時、何となく胸の中から嬉しいような恥ずかしいような気分が湧き上がってきた。
「で? 柏木さんはどんなふうに見えるのか、気になっていたんだ」
「あの……私は……黒い靄が、見える。それが、頭のてっぺんに昇ったら……死ぬ……ことだけ」
「それだけ?」
「それだけ……」
「……………………」
弥生くんが私の顔をじっと見つめてくる。嘘を言うつもりはないから、こちらもその目を逸らさずにいた。
「そう、じゃあ、僕とは少し見え方が違う。つまり、柏木さんは人に付いているものだけが見えるんだ?」
「それ以外にあるの?」
「ある。僕は場所と瞬間も見える。人の死ぬところが見える人間の眼を“暗闇の眼”っていう……」
「“暗闇の眼”……?」
この眼……私の眼もそうなのだろうか?
「君は見えるだけで他にないなら、気にしない方がいいよ。それで普通に暮らせるなら、わざわざ首を突っ込むことはしない方がいい」
「でも……それなら、弥生くんは…………」
「二人とも、ちょぉぉっと待てぇっ!!」
ビシィッ!!
私と弥生くんの間に、ゆかりが豪快に割り込んでくる。
これまで静かに聞いていたのにどうしたのか?
「何? どうしたの、ゆかり……」
「どうしたの、じゃない!! 今までの話だと、黒いモヤ……って、あたしの頭にあるの!? いつから!?」
あ、そっか。言ってなかったっけ。
ごめん、放っておいて。
「え……え~と、今朝から……でも」
「いやぁああああっ!! あたし死ぬのぉぉぉっ!?」
ゆかりは涙目になって頭を抱えて転げた。
「うっうっうっ……こんな若い身空で死ぬの? 美人そーはくなの?」
ゆかり……『そーはく』じゃなくて『薄命』ね?
だいぶ混乱しているようだけど余裕を感じるよ?
「確かに、今朝から頭のところにはあったんだけど……」
「頭に昇ったら、もうすぐなんでしょ!?」
ゆかりはすっかり泣いている。
「うっうっうっ……お父さん、お母さん、先立つ不幸を御許しください……あぁ、せめて来週発売のコンビニの季節限定プリンを食べたかった…………」
「平安さん、自分がどんなふうに死ぬか分かってる? 教えてあげようか?」
東屋のテーブルに突っ伏すゆかりに、弥生くんは普通に話しかけた。それも、それを言うか? と、思う内容で。
「し……分かるわけないし……知りたくも……」
「君は、今日の三時間目の休み時間、階段の下でペンケースを拾おうと屈んだところ、廊下でふざけていた男子二人にぶつかって、頭から階段を落ちて男子一人と一緒に死ぬ予定だったんだよ」
うわぁ……。
何か、漫画とかにありそうな状況……そんな死亡原因ある?
「え!? やだ!! そんな死に方!!」
「うん、そうだね。でも、もう回避したから死なないよ」
ゆかりがピタリと止まる。
回避……した?
「え? あたし、死なないの? ことは……?」
「あ……うん、もう、黒い靄は見えないの。消えちゃったというか…………」
「よ、良かった~~っ!!」
今度は嬉し泣きである。
忙しい友人だが、その気持ちも解る。
でも、それよりも…………
「弥生くん……もしかして、あなたが見えるのって……死因とか?」
「見えるよ。死ぬところ、死ぬ場所…………時間はある程度、推理しないといけないけど……」
推理……と聞いた時、初めて弥生くんを見掛けた朝、彼がしきりに腕時計を気にしていたのを思い出した。
あれはあの時の『被害者』を待っていたためなのか。
「平安さんが死ぬ場面は、一週間くらい前から見えていた。だから、何度か見て、柏木さんと一緒にいる時間割りから、あの場所を通る時間を推理した」
「だから、あそこで待っていた……」
やはり、弥生くんは待っていた。
ゆかりのペンケースを拾うため。
弥生くんは持っていた野菜ジュースのパックを飲み干して、コンビニの袋に入れる。
死に関する話をしているのに、彼の動作からはまるで日常のひとコマのようにしか感じなかった。
「平安さんはもう大丈夫だよ。死因のタイミングをずらしたから、もう靄は見えなくなった」
「タイミングをずらす……」
「“平安さんが階段の下で床に落ちたペンケースを拾おうと屈んだ”……これが事故のきっかけ。階段の下へ行く前にペンケースを拾って渡せば、わざわざ階段の下で屈むこともないだろう?」
まぁ、確かに……それはない。
「あと、廊下でふざけていた奴らも、階段の近くへ行く前に誰かにぶつかって嫌な顔をされたら、興が冷めてプロレスなんて止める。そうしたら、平安さんと階段から転げることはなくなる。そう思わない?」
なるほど……それなら死ぬ原因がなくなる。
単純な事なのに完璧だ。
「凄い……弥生くん、二人の命の恩人だ」
「ほんとじゃん! あたし助けられてる!!」
ありがとーっ!! と、飛び付かんばかりのゆかりを、弥生くんは立ち上がって避けるように歩きだす。
「別に、僕はペンケース拾っただけ。ふつう、人が目の前で死んだら、気分悪いだろ…………さて、と……僕はもう戻るから」
「あ、ちょ……」
「一緒に教室戻ったら、それこそ勘違いされるんじゃない? 柏木さんたちはゆっくりしてから来てよ。じゃ……」
「あ…………」
行ってしまった……もう少し、聞きたかったのに。彼は去り際、ほとんどこっちなど見ていなかった。
あっさりしている。まるで必要なこと以外、こちらから聞かれないようにしているみたいに。
「なんか『必要以上関わるな』って言われたみたいだねぇ」
「うん……」
そのままその通り。ゆかりにしては鋭い感想を述べてきた。
弥生くんは“黒い靄”が見えるからと言って、何か仲間を持ちたいとかそういうのではないようだ。珍しくないと思っている。
もしかしたら、彼の周りには他にも“暗闇の眼”を持っている人がいるのか。
わたしは……弥生くんしか見付けていない。
もう少し話をしたかったと思っていたのに、彼は『同士』というものには興味がないのだ。また機会をもうけるのはすぐには難しいかも。
「お友達作戦、失敗かな?」
「大丈夫、次あるって! もうちょいしたら、また誘ってみよ! 落ち込まないで、ね!」
「別に落ち込んでない……」
落ち込んでないけど残念ではある。
でも、“暗闇の眼”というものが分かっただけでも、私には大きな進歩だから良しとしないとね。
この日はこれで話は終わった。
しかしこのあと、思いがけない場所で弥生くんとじっくり話す機会が訪れる。
それはこのお昼休みから、数日後のことであった。