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第五話 昼休みの掛け合い

「え、あ、ありがとう!」


 ペンケースがゆかりの手に戻り、彼女は実に嬉しそうにお礼を言っている。


「……ここ階段だから、気を付けてね」

「はいっ!」


 弥生くんは無表情だが気遣いの言葉を言う。

 すでにゆかりの視線は弥生くんにしか向いていない。


 ……ゆかりってば………………ん?


 その時、私はハッキリと見た。


 ゆかりの頭の上。

 黒い靄が揺れて、そのまま()()()()()のを。


「え…………?」


 何で? ゆかりから靄が消えた!?


「あ、あの…………!」


 私は慌てて階段を下りて弥生くんに声を掛けようとしたが、彼は廊下の向こうを睨むように見て、そちらの方へスタスタと歩いて行ってしまった。


 ――――訊くなら今しかないのに!!


 ボーッとしているゆかりの隣へ着くと、廊下を歩く弥生くんの後ろ姿が。その少し前に何人かの生徒が見える。


 その中、二人の男子が廊下で取っ組み合っていた。まるで相撲かプロレスのように、ケンカではなく『じゃれ合い』といった感じだった。


 あ、危ない!


 じゃれ合っている男子二人が掴み合ったまま、こちらへ突進してくる。二人は夢中になっているので、近付く弥生くんに気付かないようだ。


 ドンッ!


 弥生くんがその男子たちに軽くぶつかった。


「あ! 悪ぃっ!」

「……危ない」


 ………………今、弥生くん……わざとぶつかった?


 ぶつかった男子二人は普通科の生徒だ。

 ここでも何となく『医科』の威光が効くのか、男子たちは弥生くんにペコペコと謝りながら、逃げるように近くの教室へ入っていった。


 その時、私はまた見たのだ。


 弥生くんの肩越し、ぶつかった男子一人の頭に黒い靄が見えていたのを。


「あ……!」


 それが大きく揺れた後、スゥッと消える。

 まるで何もなかったように。


「……ことは? どうしたの?」

「え? あ、弥生くんは!?」


 私が我に返った時には、弥生くんが教室へ入っていくところだった。


 キーンコーン…………


「やばっ!! じゃ、ことは! お昼にね!」

「う、うん!」


 チャイムがなり、ゆかりが慌てて自分の教室へ向かっていった。私も急いで戻る。


 ――――弥生くんに聞かないと!!


 たぶん……いや、絶対に、彼はあの黒い靄が見えている。

 そして、それの消し方も知っているはずだ。


 私は教室に入ってすぐに、彼に声を掛けようと……


「や…………」

「はい、授業始めますよ。柏木さん、早く席へ」


 ダメだった。先生が来た。

 授業中に聞くわけにもいかない。


 隣の席の弥生くんは真っ直ぐ黒板を見ている。

 授業中、私は時折彼を見ていたが、一度も視線が合うことがなかった。




 キーンコーン…………




 再び鐘が鳴り、昼休みの合図だ。

 今日の午前の授業は全く集中できなかった。



 弥生くんにどう声を掛けようか?


 悩みながら教科書を仕舞っていると、当の弥生くんが席から立ち上がっている。


 ――――あ! まずい!!


 ゆかりのリサーチによると、弥生くんは昼はひとりで何処かへ行ってしまうという。


 おそらく、このクラスの人たちのように簡単に昼を済ませて、図書室か『医科』専用の自習室に行くのかもしれない。


 待って! 話を…………!!



「ことはー! お弁当……」

「弥生くん!!」


 視界の隅でゆかりが教室に入って来るのが見えたが、それよりも弥生くんを捕まえるのが先だと必死だった。


「…………何?」


 やはり驚いたのか、弥生くんが返事をするのに間がある。それでもこちらを向いているなら話を………………


「弥生くんは…………」


 黒い靄が見えているの? ――――と……


「……………………」

「……………………」


 あ、ダメだ。これを教室(ここ)で聞いたらまずいのでは……


「……弥生くん!! お……お昼、私と一緒に行こう!!」

「え?」


「「「おおおおお~っ!!」」」


 教室中から何故か歓声があがる。

 教室の入り口から、ゆかりが何とも言えぬ驚いたような、ニヤついているような表情で歩いてきた。


「…………え? なん…………」

「ことは…………大胆……」


 ………………………………

 ………………………………………………あ…………



 きゃあああああ――――――っ!?

 私、今なんて言った!?


 迂闊だった。目の前の処理しか頭になかった。

 そのため、私の理性が中途半端に働いてしまったようだ。



 普通ではない黒い靄のことを聞かなければいけないと思い、場所を変える口実として言ったことは、異性に言うにはかなりの破壊力を持っていた。


 クラスメートたちが全員こっちを向いている。

 心なしか、皆ワクワクしているように見えるのは気のせい?


 ………………やってしまった。


 こんなことを、特に親しくもない女子に言われて嬉しいだろうか。さらに、クラスメートの注目を浴びているのに、年頃の男の子が『イエス』と言える訳が…………


「………………いいよ」

「へ?」


「「「うぉおおおっ!!」」」


 パチパチパチパチ!!

 わき上がる歓声と拍手。


 これはまるで『クラス内で公認のカップルが成立した』という、好奇と嘲笑混じりの祝福を贈られているのでは!?



「えっ、えぇ、あの……ちがっ……」

「このあと、先生の手伝いがあるんだっけ? ()()()先生に昼に呼ばれていたし…………その事だよね?」


 へ?

 なに言ってるの?


「――――だよね?」

「あ、うん…………」


 弥生くんは無表情なのに、その目はハッキリと『話を併せろ』と言っているのが分かった。


 …………なんて、強い眼なのだろう。


 クラスの人のちょっとガッカリしたムードが伝わってくる。二人くらいが苦笑いしながら弥生くんに話し掛けていた。


「何だよ手伝いか」

「つまんねぇな~」


「期待させて悪いな。じゃ、柏木さん……早く行こう。昼休みがなくなる」

「あ、うん」


 弥生くんがコンビニの袋を持っていたので、私もお弁当のバッグを手に後を追う。


 私と弥生くんはすんなりと廊下に出て、ゆかりもその後ろを付いてくる。ゆかりも察してくれたようだ。


「あの……弥生くん?」

「……誤魔化すのは得意なんだ」

「そう、なの……?」


 返事はしたものの、意味は分からない。




 私たち三人は、生徒があまり来ない裏庭の花壇のある、東屋の椅子に腰掛けてお弁当を広げた。此処は園芸部員が時々使うくらいで、良い場所なのに先客が滅多にいない穴場だと、ゆかりが得意気に語ってくる。


 彼女はどうやってか、こういう情報を掴んでくるので感心してしまう。


 私とゆかりはお弁当を、弥生くんはコンビニのパンを開けている。


「………………」

「「……………………」」


 …………………………気まずい。


 もぐもぐと無言で咀嚼するだけで、なかなか会話を切り出せない。

 こういう時ほど、場の空気を気にしないで突撃するゆかりの出番なのだが、彼女も珍しく黙ってチラチラと私と弥生くんを様子を伺っているみたいだった。


 やっぱり、話したい内容が内容だからかな…………さて、どうしよう?


 遠回しに聞き出す話術など、私には身に付いていない。


 それに先ほどの弥生くんの目を見たら、この人には素直に言った方がちゃんと話してくれるのでは? という、考えが浮かんできていた。


 えぇい! もういい!!

 訊いてしまおう!!


「弥生くん、変なこと聞くけど……笑わないでくれる?」

「……笑わないけど、その前に一ついい?」

「え? 別にいいけど……」


 弥生くんは視線だけをこちらに向けている。

 その表情は相変わらず、何の起伏も無いように思えた。


 少し目を伏せた後、弥生くんは静かに言葉を紡ぐ。


「柏木さん、()()()()()()()()()の?」


「え?」


 質問するはずが思わぬ質問で返されて、私は目を見開いたまま硬直した。




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