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第二話 春休みの早朝

 ――――冬はつとめて。


 私の好きな一文である。

 大昔の人は自然こそ美の一部だった。


 ――――冬は早朝が良い。


 早朝の公園。

 私は飼い犬の頭を撫でながら、ブランコに座って開けた広場の方へじっと視線を向けている。



 冬は終わり今は春だ。

 春分を過ぎて、昼間はだいぶ暖かくなってきたが、この時間……夜明け前は冬となんら変わらない。


 ――――春はあけぼの。


 寒がりの私としては、春まではもう少しだろうか?



 私は犬の散歩がてら、途中で立ち寄る公園や河川敷で見る日の出が大好きだ。


 真っ暗な空に紫からオレンジのグラデーションがかかり、一気に夜が朝になる。


 通りにはほとんど人はいなくて、この時間だけは誰にも邪魔されない私の時間だ。


「ワン!」

「しーっ、静かに。朝早いのよ?」

「クー……」


 久し振りの私との散歩に、まっしろなポメラニアンの『ポジ』が興奮ぎみになっているみたい。


 公園のブランコに座ってポジを抱き締める。


「うん、暖かい……」


 フスフスと濡れた鼻が顔の周りでうろついた。







 私の名前は【柏木(かしわぎ) 琴葉(ことは)】。


 この春で高校生になる。

 長かった受験勉強も終わりを告げ、卒業式から入学式までの短い春休みを早朝から満喫しているところだ。


 飼い犬の散歩も、受験生であることと早朝の暗さが危ないからと、家に住み込みでいるお手伝いさんが変わってくれていた。



「でも、習慣で目が覚めるのよね……」


 私は完全な朝型で、勉強も早朝にすることが多かった。

 寝坊の常習犯の友人から見たら『超人類』になるそうだが、やはり朝が好きだ。




 遥か遠くに見える建物の隙間から、今日を告げる朝日が射し込んでくる。


 もう少し……もう少し……。


 白い陽の光は地上を撫でるように広がった。


「うーん、気持ちいい……」

「ワフッ!」


 さて、日の出も見たし帰るか。


 私が伸びをしてブランコから立ち上がった時、ふと、視界の隅にジャングルジムが引っ掛かる。


「え…………?」


 ジャングルジムのてっぺん。


 誰か、いる。



 少しドキリとしたが、視線を違和感のないように動かし、その人物を目にとらえた。


 なんだ…………男の子か……。

 こんな時間にいるのは自分だけだろうと思ったのに、他にも早起きの子がいたのか。



 歳は私と同じくらいだろうか。

 細身で身長はそんなに高くない。でも、顔立ちがなかなか良い、この辺じゃ見掛けない『イケメン』だろう男の子。


 ゆかりが見たら喜びそうだな……。


 男性アイドル好きな友人の顔が浮かんだ。

 その男の子はジョギングでもしていたのだろう。上下揃いのメーカーもののジャージを着ている。


 今日は天気が良さそうだし、他にもいるよね。


 帰ろう……と思い、ポジを抱いたまま立ち上がった。


 男の子は何やら真剣に自分の腕時計を見ていて、近くを通る私のことは気にしていない。


 ジャングルジムを通りすぎて、公園の入り口から道路へ出る。早朝なのだが日が出たことで、さっきよりも周りに人の気配が増えてきたように思えた。


 カシャン、カシャン…………


 厚めの瓶が鳴る音は牛乳配達。


 予想通り私の方に向かって配達の自転車が…………


「――――え……」


 配達の自転車、それに乗った人間を見た瞬間、ドクンッ!! と心臓が跳び跳ねる。



 真っ黒な“霧のような靄”が目に飛び込んできた。


 それは私の拳くらいの塊で、自転車に乗った若い男性配達員の……“頭の上”にいるのだ。


「あ……あぁ……」


 ガクガクと足が震える。


 実は私は『それ』を久し振りに見たのだ。

 ここしばらくは、受験生という理由で外出を控えていた。周りでも『それ』を付けた人間を見掛けずに、私はすっかり油断してしまっていた。


 ――――あの人、死ぬんだ…………近い未来に。


 見知らぬ赤の他人。

 ただここですれ違うだけ、その後も知らぬ他人。


 ――――どうしようも、ない。


 仕方ない、と自分に言い聞かせる。


「…………ごめん……なさい……」


 相手に聞こえぬほどの声で私は呟く。

 自転車はどんどん近付いて、目の前を何事もなく通りすぎていった。


 カシャン、カシャン…………


 過ぎていく瓶の音。



 …………………………



 …………また、私は“見殺し”にする。


 俯いてため息をついた。



 ――――その時、


 …………ダッダッダッ!!


「あ、すみませーん!! お兄さん、ちょっといいですか!?」


 え……?


 私の後ろをすり抜け、自転車へ向かって走っていく人がいた。


 まるで待っていたかのように素早く真っ直ぐに、瓶に気を付けながら走る配達員にあっという間に追い付く。


 自転車が止まり、呼び止めた人物と向かい合う。


「はい?」

「はぁ……ごめんなさい、呼び止めて……」


 呼び止めたのは、さっきジャングルジムの上に座っていた男の子だった。


「寝惚けてジョギングしていたら、知らない所へ来ちゃってて……この辺って何処でしょうか? 携帯もないし、帰り道が知りたくて…………」


「あぁ、この辺ね。君何処からきたの?」


 男の子は配達のお兄さんに道を尋ねている。よほど分からない場所なのか、細かく聞いているのでお兄さんは自転車のスタンドを立てて、荷物から地図を出して教えていた。


 なんだろう……何か……


 その光景は何てこともないものなのに、私は二人をじっと見つめる。


「あ、そうか、分かりました! ありがとうございます!」

「良かった、気をつけてね。じゃあ」


 配達員のお兄さんは自転車にまたがると、再び走り出そうとした。だが、すぐに足を地面に付き前方を見ている。


 ギャリギャリギャリギャリ!!


 目の前の道路を大型の工事車両が、けたたましい音を響かせて通りすぎていった。


「……危ないなぁ。ここの路、狭いのに……」


 車が過ぎた後、ぶつぶつ呟きながら配達の自転車は走っていく。


「……………………あっ」


 自転車の後ろ姿。


 頭の上にいた『それ』が揺らめいて…………消える。


 …………何で? あれって消えるの?


 私はポカンと口を開けて見入ってしまう。



 しばらくして自転車が完全に走り去ると、視界の風景に残ったのはあの男の子だ。


 ピピピ…………


 男の子の腕時計のアラームらしきものが鳴って、軽く呆けていた私は我に返った。


「……任務完了」


 ポツリと男の子は呟き、ポケットに手を入れて()()を取り出し画面を操作している。


 自分をガン見している私に気付くことなく、その男の子はスタスタと走っていってしまった。


 スムーズに走るその足に迷いはまったくなさそう。



「…………携帯、持ってるのに……?」

「ワン!」


 私の疑問にポジも同意したようだ。






 その日から、私は早朝にあの公園へ行くようになった。

 しかし、あの日の男の子は来ない。


 時間帯なのか、コースなのか、それともジョギングをやめたのか?


 …………もう一度、あの男の子に会いたい。


 あの時、道を聞くだけなら、わざわざ走る自転車を追い掛けなくても、近くにいた私に訊けば良かったのだ。


 年頃の男の子が同じくらいの女の子に、道を尋ねるのが恥ずかしかったから?


 それも、何か違う。


 もしかしたら…………


 きっとあの男の子は、あの時、あの場所で、あの配達員を待っていたのではないのか?


『呼び止める』ために。


 …………会って、直に聞いて確かめたい!





 私は後悔した。

 あの日、気味悪がられてもすぐに声をかけて、尋ねれば良かった。


『あなたは、あの“黒い霧”が見える?』


 ――――――と。




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