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第十四話 『眼』暗闇を見据える午後

 夜中にお母さんと話して落ち着いたのか、寝直した私は起床の時間になって、看護師さんに起こされるまで眠ってしまった。


 お母さんは仕事の都合で、私が起きる前に帰ったらしい。

 入院代と交通費を財布に入れていってくれた。



 朝食は摂らずに会計を済ませ、すぐに家の方面へと帰るバスに乗る。


 病院を出る前に、弥生くんとゆかりに今の自分の状態をメッセージにして送った。すると、二人とも心配してくれていたのか、すぐにそれぞれから『無理しないで』という趣旨の言葉が届いた。


 昨日、ゆかりは母が来てそれを見届けてから、家族が迎えに来て帰ったらしい。

 弥生くんはそのさらに後、彼のご両親が病院に駆け付けてから帰ったので家に着いたのは深夜になったそうだ。



 本当は明乃さんの様子だけ伺いに行こうかと思ったのだけど、弥生くんがいない状態で、彼以外の家族と会った時の言い訳が難しかったので行くのを控えた。


 家の方面へ向かうバスはそんなに混んでおらず、窓際にちょこんと座って外を眺める。途中、うちの高校の制服を見掛けて思わず窓の縁に隠れてしまった。


 …………今日、お休みにしてもらったんだよね。


 体は至って健康なので、気分としてはズル休みをしているような感覚だ。


 ふと、授業の心配が頭を過った。『医科』の授業は進みも早いうえに教科も多い。当然『普通科』のゆかりに授業のノートを借りることはできない。


 あ、でも、もし私が『普通科』でも無理だったかも…………。


 ゆかりは黒板を写す時に様々な色ペンを使い、マスキングテープや可愛い付箋を駆使して、カラフルでお洒落な授業のノートを作る。


 しかし如何せん、キレイに尽力し過ぎて肝心の先生の話を聞いておらず、覚えて写した内容も半分くらいなのだ。


 テストの時期になったら、また泣き付かれるんだろうなぁ。


 仕方ない、一日くらい授業のノートを取れなくても…………


 そう考えていた時、携帯が震えメッセージが表示された。


『柏木さん、今日は学校休み? 授業の内容が心配ならノート貸すよ』


 ――――――弥生くん!?


 私が学校に来ていないのが分かり、わざわざメッセージをくれたみたい。一時限目が始まる前に急いで送ったのだろう。


 どうやら、ずっと明乃さんについている訳にもいかず、ご両親から今日は学校へ行けと言われたそうだ。


 自分も大変なのに……ありがたいなぁ。


『ありがとう。後で見せてください』


 普通の返答をしてホッとする。


 同じ『医科』だし、弥生くんのノートなら絶対安心だよね。

 もし今度、弥生くんが学校を休んだ時には、私がきちんとノートを取っておこうと決めた。


 そういえば私って『医科』でこんなに喋るの、弥生くんくらいだなぁ。ノートを貸し借りできるくらい、仲の良い人なんて他には………………


 仲の、良い…………?


 その時、土曜日にお昼を一緒に食べた時、お互いに私服だったことを思い出した。


 学校の外、休みに会わないと見られない姿。


 たぶん、クラスの中でも彼の私服を見たのは私だけだと思ったら、妙にくすぐったいような不思議な気分になる。


 ………………………………。


「ふぇっ……!?」


 無意識に変な声が出て、慌てて口を押さえる。


 今…………な、な、何を思ったの? 私……!?


 …………そういえば、最近の弥生くんは教室にいる時より、表情が多くなったなぁ………………いやいやいや、違う、そうじゃなくて……!!


 私が考えることは弥生くんのことじゃなく、明乃さんのことでしょ! ダメだ。きっとまだ寝惚けているんだ。


 目を覚まそうとブンブンと頭を振っていると、窓の外で降りる予定だったバス停が遠ざかっていくのが見えた。





 なんとか家に帰った私は、午前中は大人しく勉強をした。


 今日はお手伝いの人もいなかったので、自分で簡単に作った昼食を食べて一息ついて、台所で片付けをしている。


 カチャカチャ…………皿洗い中って何か色々考えてしまう。


 ……明乃さんを助ける……でも、どうやって?


 初心に帰って方法は無いか?


 考えるのは得意。

 こうして考えて、今までやってきたから。

 だから考える。



 まずは私の“暗闇の眼”のこと。

 私が視えるもの。黒い靄。


 黒いヒト。でも、よく解らない。


「解らないなら…………」


 カチャ…………皿を洗いかごへ置く。


「…………“視る”しかない。でもその前にやれることは……」


 時計を見るともうすぐ二時だ。


 今、電話しても大丈夫かな?


 皿洗いを終え、携帯を手に取った。


 ルルル……ルルル……


『はい』

「あ、お母さん。今、電話大丈夫?」

『いいわよ。どうしたの?』


 母親に確認したいことがある。


 ()()ことだ。



 ……………………

 …………。







 そして現在三時。


 私は人の行き交う、地元の商店街にいた。


 この時間ならば、外をうろうろしていても、私服の女性警官などに声を掛けられたりはしない。


 …………でも、不審な動きをしていたら補導されそうだけど。


 私は今まで、人が多い場所はなるべく避けてきた。

 すれ違った人の頭に“黒い靄”が視えることを恐れたから。



 ――――“黒い靄”は死を象徴する存在。


 仲良しのたっくんが亡くなったあの時から、私の眼にはそれが視えている。


『死』を知らせるには違いない。

 でも、少しだけ見方が変えてみようと思った。


 ……その、サンプルになる人を捜しに来たなんて、私も図太くなったものだなぁと、ちょっと笑ってしまう。


「頭の上にいなくても、それさえ視えれば…………」


 …………………………

 ………………



 だいたい、小一時間くらい。


 縁起でもないものを探して、私は商店街とその回りの道路を歩き回った。




 うぅ……なんでこんなに人がいるのに…………いや、みんな元気なのは良いことなのよ。でも…………


 探している時ほど見付からないものなのだ。


「はぁ…………疲れた……」


 私は近くでお茶を買って、シャッターの下りている店の軒先で一休みしていた。自分の体力の無さが怨めしい……。


 地元の小さな商店街だと思っていたけど、改めて見るとなかなか賑やかだ。


 目の前の道路は交通量の多い道路で、その向かいではドラッグストアが新規開店したようで、そこを通る子供たちに風船を配っている。


 学校帰りの学生がそこかしこで、飲み食いしながら楽しそうに話し込んでいる。


 小さな子供と夕飯の買い物をしている母親が、疲れた顔で自転車を引いていたりと、私の知らない人達が日常を送っていた。


 この中に“黒い靄”が潜んで“死”をもたらす。


 ――――“死”というものは、この日常をあっという間にさらっていってしまう。



 例えるなら、弥生くんがやっていることは、日常にぽっかり空いた穴に、その人が落ちないように誘導していくもの。


 そして私が視ているのは、その穴へ行く前に出てくる黒い靄。


 “黒い靄”が頭の上に来れば…………死ぬ。


 だけど、ここで私は少し視点を変える。

 何故なら、明乃さんに視えた黒い靄は、いつもと違ったからだ。


 もしも、()()()()()の黒い靄の意味だとしたら?


 黒い靄を『穴のある危険を報せている』と考えようと思った。




 私の暗闇の眼は弥生くんとは違う。

 でも()()()は同じ気がする。


 もし、視えたものを分析できれば…………



 その時、私の目の前を五、六才くらいの女の子が駆けていく。


「…………あっ!!」


 女の子の頭の上、ゆらゆらと“黒い靄”が揺れている。


 真上!? そんな()()くるじゃない!?


 私は急いでその子を追う。

 今、私が考えた事が当たっているなら、あの女の子の“死”はすぐに来るかもしれない。


 “黒い靄”が頭の上に来るのは『タイマー』と一緒…………いや、時限爆弾と思ってもいいかも。


 でも、私はさらにもうひとつ確かめたいことがあった。

 だから欲しい答えを探して、女の子の頭の黒い靄をじっと見詰める。


 弥生くんは暗闇の眼で人を助ける時、事故の起きる時間を『推理しないといけない』と言っていた。


 私も『推理』できるだろうか?


 ――――――ドキン。緊張に鼓動が大きくなった。


 女の子が風船をもらって、はしゃぎながら走る。

 距離を取りながら、その頭の上を凝視した。


 視ろ。“黒い靄”じゃなく、“その奥”を。


 カメラのピントを合わせるような気分で、視界を狭めて試してみようとする。


 ゆらゆら、ゆらゆら、と……揺れる黒い靄の中、何か“黒ではないもの”が、規則的に動いているのが判った。


 ………………解る。


 もしかしたら、慣れたのかもしれない。それが解った途端、私の眼は全体の姿を捕えたのだ。


「…………人が、いるんだ……」


 靄の中、女の子に重なるように“人間”がいる。


 でも、これは想定の範囲内。

 問題はこの先、その人が何を言っているのか。明乃さんの病室ではハッキリと声まで聞いた。きっとできるはず。


 私の中には恐怖心はもう無い。

 視て、理解だけに集中するんだ。



 ゆらゆらの奥で動く“口の動き”を読む。


 …………あ、う。…………う、う、えぅ。…………い。


「あ…………」


 ()()()はあんなに解読に苦労したのに、今度はあっさりと理解できた。


「……『さく』『ふうせん』『き』?」


 風船は分かる。『さく』? 『き』?



 考え込んだせいで、一瞬だけ立ち止まってしまっていて、女の子との距離が五メートルくらい離れている。


 いつの間にか、女の子の手から『風船』は街路樹の枝葉に引っ掛かっていた。


 ――――――まさか…………


 女の子は『木』を囲う『柵』によじ登り、体を伸ばして『風船』を掴もうとしている。


 私は慌てて女の子の下へ駆け出す。

 女の子の手が風船へもう少し……というところで、彼女の体が…………


「――――危ないっっ!!」


 その腕を掴んだ私の体ごと、道路方へ大きく傾く。


 パパパァ――――――ッ!!


 トラックの鈍いクラクションの音が、やけに近くで響いた。





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