先輩と僕の、あやしいモノ作り
僕の目の前には、学校イチの美女がいた。
白く滑らかな肌、主張しすぎない鼻筋、柔らかそうな唇。
こちらを情熱的に見つめる、大きな目。
「千代崎先輩……」
僕は、今、千代崎先輩に片手壁ドンされている。
片手だからモチロン逃げられるが、その場合にどんなペナルティがあるか、想像するのも恐ろしい。
千代崎先輩は僕を見つめたまま、「のぴた……口を開けてみろ」 と、ささやいた。
その嫋やかな指先がそっとつまんでいるのは、バレンタイン間近に特に大人気の茶色のブツ。
すなわち、チョコレート、である。
「手作りだ。ありがたく試験台に……もとい、しっかり味わってくれたまえ」
「ごめん被ります」
何を入れられているか、わかったものじゃない。
「そうか」
……あれ? こんなにアッサリとひくとは、もしや具合でも悪いのか?
それとも……?
――― 『きゃっ☆ごめんなさい!ウチのポチが』 ロボ、すなわち 『きゃごめっポ☆』 ロボがひとまず成功してから、千代崎先輩の様子は少し変だった。
まず、めったに物理学教室に顔を出さなくなった。
理由は受験勉強のため、で、それも本当かもしれない。
三年生は大体、夏で引退するのだから。―――
だが。
そうして、久々に顔を出したと思ったら、いきなり 『壁ドン&チョコ』 の攻撃。
これは明らかに、おかしいだろう。
今も、僕に断られてガックリと肩を落としている。
「……そうか。私のチョコは、食えぬというのだな……」
どうしたんだ千代崎先輩!
「……どうせ、ヘンなものでもいれてる、と思っているんだろう……」
ダメだ、ここでほだされたら、死あるのみ!
「そうなんでしょう。違うんですか?」
すると、千代崎先輩は。
ぱくり。
自ら、チョコレートを食べてみせた。
「おお……この食感……香り……とろける舌触り。さすが私。パーフェクトだなっ!」
「え? 何も入れてないんですか?」
「なぜ入れねばならんのだ。私は化学者ではなくエンジニアなのだよ」
「はい……」
こうまで言われては、仕方がない。
僕もおそるおそる、チョコレートを口に入れた。
……うまい。
カカオの苦味と砂糖の甘みの絶妙なバランス、芳醇な香り。
パリッとした歯触りが、口のなかでとろりと溶けていく……
「これ、先輩が?」
「ああ、そうだ……惚れるだろ?」
なんなんだこの流れは。
もしや……もしや先輩。
卒業を前に、僕に……?
「ヨメにしたいと、思うだろ?」
ど、どうしよう。
先輩が急に、かわいく見えてきた …… ロボットなんかより、ずっと。
……そういえば、先輩が顔を出してくれない間は、なんとなく物足りなかったっけ……
……それに。僕のロボット愛を、こんなに理解してくれてるのは、先輩しかいないんじゃないだろうか……
僕は、意を決した。
ここは、オトコを張ろう。
渡良のように、自分から言うのだ……!
「はい、先輩……! ヨメにしたいと、思います……!」
「そうか」
先輩の笑顔が、弾けた。
「ならばキミには、私の大事なモノを授けよう!」
「えっ……」 そんな、いきなり!?
いくら長い付き合いとはいえ、恋……恋人どうしとしては、まだ始まったばかり……っ!
戸惑う僕の耳に、懐かしい効果音が鳴り響いた。
じゃっじゃじゃーん!!
「これぞ我が最高傑作! 『手作りチョコdeキュン♡』 だ!
末永く、大切にしてくれたまえ!」
「……そっち!?」
今日も絶好調にドヤった先輩の前で、僕は、膝を床につきそうになるのを、かろうじて堪えた。
☆彡☆彡☆彡
その後、僕は千代崎先輩の 『手作りチョコdeキュン♡』 にチョコを作ってもらいつつ改良を続けた。
『手作りチョコdeキュン♡改3』 は、ターゲットの行動を分析して好みのレシピを教えてくれるAIを搭載したことにより、バレンタインデーに手作りチョコを渡したい女子たちに爆発的にウケた。
その成功は、機械工学同好会に金と部員増をもたらした。
――― 後で聞いたところによると、千代崎先輩は 『きゃごめっポ☆』 ロボのなんとなくな成功により、こう考えたそうだ。
「ロマンを追い求めるだけでなく、真に女子の気持ちを伝えられる、ロボットを作ろう」 と。
そして、受験勉強の息抜きに、せっせと開発を続けたのだという。―――
人のために一生懸命に作られたものって、あやしくても何でも、人の心を動かすんだな。
そんなモノをドンドン作って世に出していけたら、どんなに素晴らしいだろう。
そう考えた僕は、大学生の時に 『手作りチョコdeキュン♡改4』 で特許を取り、ベンチャー企業を立ち上げた。
会社勤めをした方が収入良いぞ、と何人からも忠告を受けるほど、ベンチャー企業経営は難しく、何度も座礁しかけたが、ようやっと軌道に乗ってきた……といったところ。
今、我が社の主力商品は、『手作りチョコdeキュン♡』 、それに、『きゃごめっポ☆キッズ』 (オリジナルより安全性を重視して開発した、犬と追いかけっこをして遊べるオモチャ) だ。
「さて、独創性の高い2つの商品、ルーツは社長の高校生時代と聞いておりますが……」
産業誌の記者からインタビューを受けつつ。
副社長でかつ僕の奥さんとの馴れ初めについてはどこまでのろけていいかな……、などと考えていると、応接室の扉がバタン、と開いた。
「2つではない!」
そこにいたのは、産休中のはずの副社長。
大きなお腹の上に、大事そうにロボットを抱えている。
「来期からは、この 『くろめきえ★』 と 『トーストくん!』 も導入されて、4商品になるのだぁぁっ!」
「先輩!」 記者の前なのに、僕は悲鳴を上げてしまった。
それらは、収益化無理そうだから、見送りになったはずなんだけど……!?
「あら、面白そうですね!」
目を輝かせる記者。そして。
「ふっ。私から説明しよう……!」 と、絶好調にドヤる先輩……もとい、副社長。
血の気の引いた僕のあごを、形の良い指が捉えた。
「のぴた。わが社の理念は……?」
――― あやしいモノこそ、次代の正義。技術とロマンを、すべての人のために。 ―――
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