きゃっ☆四足歩行ロボ(3)
「うっわぁぁぁぁぁ!」
薄暮の迫る校舎に響く、男子生徒の悲鳴。
「きゃあああああっ、渡良くんっ!」
続いて、女子生徒の悲鳴。
「ふっ……失敗のようだな」
振り返る千代崎先輩に、僕は 「ですね」 とうなずく。
実際に試してみると、僕の 『きゃごめっポ☆改』 は見た目に難があった。
肢が全く動かないのに、高速でどこまでもついてくる、毛を刈られて寒々しい姿になったポメラニアン。
もはや 『虐待されたポメの霊』 にしか見えないほどのあやしさである。
失敗だ。
けれども、そんなことでは、落ち込まない。
ロボット作りは失敗の連続だ。
ほんの僅かな条件の差が、性能を決める。
成功するには、工夫と改良を重ねるしかないのだ。
……そう。何度でも。
「うわっ! なにこれ!? こわっ……!」
渡良につっこんでいき、見事によけられて植え込にハマった 『きゃごめっポ☆改』 を回収する。
「あの……」 三咲ちゃんが、おそるおそる、といった感じで声を掛けてきた。
「私、もういい……」
「「ちょっと黙ってて!」」
僕と千代崎先輩の声が、かぶる。
――― 今は、他人の恋愛成就どころじゃない。
弱点を克服し、いかに完璧な 『きゃっ☆ごめんなさい!ウチのポチが』 ロボを作るか。
それが至高の命題だ。―――
「やはりベースは元型の方が良さそうですね。モーターをもっと強く……ええい、仕方ない!」
「おっ、どうした?」
「僕の自信作、ブラシレスモーターZを投入しましょう!」
先輩の目が鋭く光る。
「なぜ最初からださなかったんだね?」
「うっ……それは……」 あやしい劣化版AiBOに使うなどもったいない、と思っていたからだ。
だけど――― ごめんよ 『きゃごめっポ☆改』 !
キミに対して、まだいい加減な気持ちを持っていた僕を許してほしい……! ―――
待ってろ、今度こそ成功させるぞ!
「既製品を買うとめちゃくちゃ高いからですよ!」
「ふむ……まぁよかろう」
「ですよね! それから……」
僕たちは夢中でアイデアを出しあい、『きゃごめっポ☆』を改良していった。
☆彡☆彡☆彡
「ねぇ、これ、なんなの?」
学校イチの問題美人とその下僕が、ワイワイと機械いじりに熱中している。
それを呆然と眺めている女子は、渡良のクラスメイトだった。
25番、普久本 三咲。
――― 大人しくて、いつも下を向いているような子である。
しかし、掃除当番などで渡良たちが掃除をせず、ふざけているような時も、それを責めるでもなくコツコツと仕事を続ける真面目さがある。
それが、渡良には新鮮だった。
それに一見地味だが、よく見ると顔も普通にかわいい。―――
なぜこの子が、学校イチの残念美人+下僕と一緒にいるのか?
そして、なぜ、彼らがいじっているあやしい機械を、必死に追いかけていたのか?
渡良にとっては、謎だらけである。
「ねぇ、どういうこと? 普久本さん、わかる?」
尋ねられ、三咲はびくっ、と震えた。
「ごめんなさい!」
泣きそうな顔で、ペコペコと頭をさげてくる。
……なんだかオモチャみたいで、かわいい。
「私……渡良くんに、気づいて欲しくて。私……地味だから」
「え、それは……」 心臓が急に、ドキドキと打ち始める。
渡良はクラスでもうまくやってきた方だし、それなりに人気者でもあるが、己が分を知っている。
すなわち、普通。
特定の子に、「気づいてほしくて」 などと言われたことはない。
それって、つまり。
つまり、すなわち。
「俺を……す……好きって、こと?」
「…………」
三咲の頬が一気に赤く染まる。
両手でその顔を隠しながら、三咲は、コクン、とうなずいた。
(うっわぁぁぁぁぁ!)
先程、あやしいポメ霊に追いかけられていた時とはちょっと違うテンションの叫びを内心で上げる、渡良。
(モテ期キタぁぁぁっ!)
しかも、めっちゃ、かわいい女子!
えっ、普通だ、って?
誰だ? そんなことを言うやつは!
――― そんなことを言うやつは、普久本三咲の良さをわかっていないのだ!―――
まだ、両手で顔を覆ってうつむいている三咲の肩に、渡良はそっと手を置いた。
女子の肩に手を触れたのは、中学校のフォークダンス以来である。
「実は……俺も前から気になってて」
「え……」
今日、一緒に帰ろう。
手をつないだりしても、良いだろうか。
……その前に、もっとカッコ良くしめてみよう。
そんなことを考えつつ、渡良は口を開いた。
「……俺の方から、言わせてもらえない?」
一世一代の大芝居である。
「あの、それって……?」
おどおどと、しかしどこか期待に満ちた三咲からの視線を心地よく受けつつ、肝心な台詞を言おうとした時。
どこか遠くで、「よし!」 「パーフェクトだ!」 と叫ぶ声が聞こえた。
「「『きゃごめっポ☆改2』 発 進 !」」
イキの合った号令と共に、渡良に襲いかかる、かわいそうな感じのポメ。
しかし、その実。
――― 元型をベースに、ジェット噴射機能をつけ速度とモーター音の問題を改善した 『きゃごめっポ☆改2』 である!
見た目はあやしく、かつ、かわいそうでもあるが、ある程度ターゲットに近づけば、ジェット噴射でほぼ100%逃がさない!
しかも、跳びかかる時の姿を工夫し、不自然さをも解消した優れもの!!
そ れ が 、 改 2 !!! ―――
しかし。
「邪 魔 す る な っ !」
ばし……っ!!!
――― 渡良のバレーボール部仕込みのアタックに、 『きゃごめっポ☆改2』 は敢えなく敗れ、地面に叩き落とされたのであった。―――
☆彡☆彡☆彡
「「ああっ! 改2ーっ!!」」
千代崎先輩と僕は慌てて、地面に転がった 『きゃごめっポ☆改2』 に駆け寄った。
「あの……」
三咲ちゃんが何やら声をかけてくれているが、そんなことはどうでもいい!
「なんだかよくわからないけど、うまくいきました!」
……うん? つまり?
……改2はパーフェクト、ってことか?
顔を上げた僕と先輩に、三咲ちゃんはぺこり、と頭を下げる。
「どうも、ありがとうございます!」
……手をつないでいい? ……やだ渡良くんったら、などと話しながら、仲良く帰っていく、リア充カップル。
その背を見送り、千代崎先輩が 「ふっ……大成功だな」 と呟いた。
そうか。パーフェクトだったんだ……
ほっ、と安堵の息をつく僕の耳に、お手製ブラシレスモーターのかすかな音が届く。
改めて見れば、そこには。
裏返って、変な方向に曲がった四肢をバタバタさせている 『きゃごめっポ☆改2』 の姿が。
……さながら、寒々しく毛を刈られたツギハギだらけのポメが、四肢を怪我して起き上がれず、飼い主への恨みを切々と訴えているかのような……
「……こわっ……!」
普段は、何よりもロボットを愛する僕であるが、この時ばかりは、千代崎先輩の方がマシに見えた。




