きゃっ☆四足歩行ロボ(1)
「ふっ! 待たせたな、諸君!」
放課後の物理学教室の扉をバーン、と開け、背後にキラキラエフェクトを散らしながら現れた千代崎先輩。
今日も絶好調にドヤっている。
「誰も待ってませんよ」
床に落ちた、輝くラミネートホイルの切れ端を掃除しつつ返事をすれば、またしても 「ふっ……!」 という自信満々の笑みが返ってきた。
超絶かわいいだなんて、もう思わない。
「これを見ても、諸君はそのようなことがいえるかな?」
じゃっじゃじゃーん!
『トラえもん』の効果音つきで出てきたのは……
「なんすか、これ?」
「わからないか? キサマが金集め+同好会宣伝になるロボを作れ、とか熱心にほざくから作ってやったのだが」
間近でじっと目を見つめられても。
「すみませんが、劣化版AiBOにしか見えませんね」
「ふむ、イイ答えだ」 劣化版、を完全無視する千代崎先輩。
「これぞ! 待望の! 四足歩行型ぁぁぁっ!」
じゃっじゃじゃーん!
「その名も! 『きゃっ☆ごめんなさい!ウチのポチが』 ロボぉぉぉぉっ!」
「……略して 『きゃごめっポ☆』 でいいすかね?」
「ふむ。まぁイイだろう」
千代崎先輩の説明によると、『きゃごめっポ☆』 は、少女マンガのテンプレシチュエーションを自動再現してくれるロボットらしい。
そのシチュとは、すなわち。
『飼い犬がイケメンにじゃれついて、恋が発進♡』
というやつである。
「ただし……! ターゲットがイケメンオンリーというのも芸がない」
「でしょうね」
「ちなみに、私の好みは、どちらかといえばフツメンだ。眼鏡男子ならなお良い」
僕も眼鏡男子だが、残念ながら、フツメンというよりはロボオタクなキモメン、と見られがちな自覚はある。
……別に、先輩の好みに合致する必要はないけど。
「どーでもいー情報あざます」
「そこで、だ……! 今回は、ズバリ、『恋する相手』 オンリーにターゲットを絞れるよう、高機能AIを組み込んでみた」
これなら、恋に悩む女子からの相談解決料でガッポガッポと儲けられるぞ! ……などと、めちゃくちゃにドヤっている先輩に、僕はビシッと事実をつきつける。
「無理だと思います」
「むぅ……なぜだ」
「どう見ても機械の塊。僕には素晴らしいですが、一般ピーポーは引きます。
はっきり言って、かわいくないです。あやしさ満載です」
と。
「ふん」 先輩が、鼻で笑った。
「この私が、対策をしていないとでも思っているのかね?
見たまえ!
このムダにモフモフしていて、いかにも 『癒されるぅ♡』 などといわれそうな、かわゆいヌイグルミをっ……!」
「……! 被せても、動くヌイグルミにしか見えないと思いますけど……」
けれどもまぁ、そんなわけで。
ヌイグルミ版 『きゃごめっポ』 を引き連れて、僕らは校内を探索する。
ただひたすら、恋する乙女を探して……!
「あ! 前方角を左折して10メートル先です。『トキメキレーダー』 が強い反応を!」
「のぴた。間違えるな。『トキメキレーダー・改4』 だ」
「こだわりはわかりますけど、急がないと逃げますよ?」
レーダーに導かれて、僕らが目指す、その先には。
恋に悩む乙女こと、1年F組25番・普久本 三咲が佇んでいた。
☆彡☆彡☆彡
右から3番目、上から2段目。
すっかり覚えたその靴箱にウロウロと視線をさ迷わせつつ、三咲は水色のレター封筒をギュッと抱きしめた。
(はぁ……やっぱり今日も……無理)
靴箱に手紙。
みんなやってる。……少なくとも、マンガや小説の中では。
でも、現実には、とても勇気が出ない。
(渡良くん……絶対、私みたいな子、眼中じゃないよね)
渡良は中肉中背、顔は普通。スポーツやや良 (バレーボール部)、勉強普通。
ことさらに女子に騒がれるタイプではないが、クラス中に全く敵を作らない明るさと要領の良さ、そしてそこそこの親切さを持っている。
普通?
そんなことはない。
目立つタイプではない、どころか、とんでもなく引っ込み思案で、人が落としたものを拾ってあげるのさえ (キモがられたらどうしよう) と迷ってしまう三咲には、渡良の全てが眩しく見えているのだ。
(……やっぱり今日も、諦めよう)
ふぅぅぅぅ。
深くタメイキをついて靴箱を離れようとした時。
「ふっっ、そこの悩めるお嬢さん!」
突如として三咲の前に現れたのは。
「あっ! が……いいえなんでもありません」
「なんだね言いたまえ。ん?」
ぐい、と顔を近づけられる。
長い睫毛に縁取られた、黒目がちの強い瞳。
人形のような、キメ細かな肌。
すっと通った鼻筋と、笑みを形作っている鮮やかな唇。
同じ女性でも、見惚れてしまうほどの美貌。
「ん? さぁさぁさぁ!」
しかし、その性格は、どうも噂通りのようだった。
「……学校イチの問題美人……」
「ふっ。解せんな……なぜに、『少女マンガ×ロボを愛する』 とつかぬのだろうか」
「長くなりすぎるからじゃないすか」
淡々と答えるのは、印象の薄い地味眼鏡くんだ。
正直言って、知らない。
「まぁ、いい!」 問題美人は三咲に向きなおった。
「お嬢さん、恋にお悩みだな?」
「えっ、そ、そんなこと……っ」
「ん? ないのか? んん?」
再び詰め寄られる。
「…………あります…………」
小声の裏に、いくら残念でもこれだけの美人に私の気持ちがわかるわけない、というイヤな気持ちが渦巻いているのが、自覚できてしまう。
そんな身勝手な卑屈ささえ見抜かれそうな、真っ直ぐな眼差しに耐えられず、三咲は下を向いた。
「ふっ……ふふふっ!」 問題美人が、艶やかに笑う。
「キミこそは、私たちが求めていた試験……もとい、悩める天使だ!」
「……恋愛アイテムの販売はお断りです……」
流されやすい性格そのままの見た目で16年間生きてきたため、三咲には、押し売りを断る用心深さがそれなりに身に付いていた。
しかし、残念美人は全くもって聞いていないようだ。
「私は千代崎!」 堂々と名乗りを上げてくる。
「そして、こっちの下僕はのぴた!」
げ、下僕……。
引きまくる三咲に、千代崎は朗らかに告げたのだった。
「私達の素晴らしい脳ミソとロボットで、キミのちっぽけな悩みなど、全て解決してあげようっ!」