機械工学同好会
砂臥 環さま・原案、砂礫零・文。
家紋 武範さま「あやしい企画」参加作品です。
薄暗い物理学教室の一角。
僕の目の前では、あやしい光景が繰り広げられていた。
ずばり、白衣の絶世美女に壁ドンされ、至近距離から顔を覗き込まれて赤面アワアワしている新入生男子……という構図。
「キミは……ロボットと私、どっちが美しいと思う?」
僕は祈った。
(ロボット、と答えるんだ……!)
しかし、祈りは天にも新入生男子にも届かなかったようだ。
「ち、千代崎先輩です……!」
あああぁぁぁぁ!
詰 ん だ ……!
膝から崩れ落ちそうな絶望感を、僕は必死で、耐えた。
そんな僕の気持ちを知らぬげに、千代崎先輩は、ふっ、と天女もかくやとおもわせるような笑みを浮かべる。
「のぴた、入部届」
「ラジャー、先輩」
僕は棚から入部届を一枚出すと、先輩の隙を見て、決死の思いで素早く書き込みをいれた。
『逃げろ。試験台にされる。部員いないだろ?』
何食わぬ顔をして新入生男子に渡す。
千代崎先輩は相変わらずの美しい笑顔のまま、新入生男子に迫った。
「名前は書いたか? 脇に、実印……は持っていないだろうから、血判でいいぞ」
我が 『機械工学同好会』 の入部届には、名前と連絡先を書く欄の下にもう1つ 『実印または血判』 を押す欄があり、そこにDNA並みの細かい文字でこう書いてある。
『当同好会の活動により怪我その他なんらかの損害を被った場合は自己責任とし、当同好会は一切責を負わないものとする』
どうやら、新入生男子には速読の才でもあったのだろう。
期待に満ちた顔が、一気に青ざめていく。
……今度こそ、僕の祈りは届いたようだ。
この文言、僕の書いた忠告、そして血判……それらを総合的に判断したらしい、彼は。
「す、すみません! 急にばあちゃんが倒れてその介護に勤しまなければならなくなりましたーーー!!」
脱兎のごとく、逃げていった。
「くっっ……どうして」 パーフェクトな形の唇を噛む、千代崎先輩。
「せっかく、久々にイキの良い試験台が手に入ったと思ったのにっ!」
「試験台は、ダメです。先輩」
僕は開発中のロボットのボディを優しく磨きつつ、忠告した。
「これ以上、犠牲者が増えたら廃部ですよ。勧告を忘れたとは、言わせませんからね」
「ふん」 千代崎先輩が、鼻を鳴らす。
「いみじくもこの 『機械工学同好会』 の士であるならば、人間の美貌よりもロボットを愛でるべきだ。
それができない者など、生け贄でじゅうぶんなのだよ……!」
確かに僕も同感だが。
問題を起こして廃部になってしまっては、のびのびとロボットを作れる場所がなくなってしまう。
それは、困る。
たとえ今、部員が千代崎先輩と僕の2人だけで活動費もままならない弱小同好会であったとしても、『廃部寸前』 と 『廃部』 には天と地ほどの差があるのだ。
「とにかく先輩!」
ちなみに、去年の先輩の壁ドン試験に 『ロボット』 と答えて以来、僕の扱いは 『下僕』 である。
「なんだ、のぴた」
『のぴた』 の愛称も、その時賜った。
地味メガネな容貌と、『ロボットといえばのぴた』 という、国民的人気アニメに準じた安直なネーミングだ。
「活動しましょうよ! このままだと問題を起こさなくても廃部です!」
千代崎先輩の目の前に、プリントアウトしたチラシを並べる。
「高校ロボコン、さびたまロボフェス、中高生ロボ選……!」
「ふむ」
「ドンドン参加して成果を出し、美貌ではなくロボットにウットリする生徒たちにこの同好会の門を叩いてもらいましょう!」
「なるほど、キミの想いはわかったよ、のぴた」 先輩は静かに言った。
「しかるにだね、かつてアイザック・アジモフの時代より、ロボットに必要なものはまず、ロマンだと思わんかね」
「……その通りです」
「空き缶を運ぶ本数を競うことなどにロボットを使う、そのどこにロマンがあるのか」 先輩が僕を見つめながら、近づいてくる。
がしっ、と胸ぐらを掴まれ、すごい力で引き寄せられる。
「100文字以内で説明せよ。英文独文可」
……うっ。
そうきたか。
先輩の呼吸を頬で受け、間近に迫る、長い睫毛に縁取られた瞳から目をそらしつつ、僕はとりあえず日本語で答えた。
「ロボコンやロボフェスは、夢と希望と才覚に溢れる若者たちが集い、協力しあって技術とアイデアの粋を極めんとする祭典であります。
未来ある若者たちの熱気! 汗と涙! まさに、モノ作りのロマンであります!」
「ふむ。オトコのロマンというやつだな」
あああ……良かった。
どうにか、納得してもらえたようだ。
解放されて大きく息をつき、チラシを手にとって、先輩に渡す。
「では、まずは、さびたまロボフェスに……!」
「まて」 勢い込む僕の唇に、ほっそりとした指を当てて黙らせる、千代崎先輩。
「オトコのロマンはロボットだ。しかるに、オンナのロマンは……?」
しまった。
そうきたか。
千代崎先輩の説では、オトコのロマンもオンナのそれも、男女平等に盛り込んだモノこそ、真のロボットなのだそうで。
「………………」
沈黙を守る僕の脳裏には、その主張の元に作られた数々のあやしいロボット (とその被害) が次々と浮かんでは消えていった……。