第3話「受付嬢」
気とは魔力とは似て非なる人間が得意とする力である。魔法での強化以上に肉体を強くし、感覚を研ぎ澄ませる事が出来る。
極めれば魔物の牙ですら貫けぬ肉体を作り出し、目で追えぬ程の動きを体現し、鉄をも砕く力を実現することも可能だと言われている。ただし会得すること自体が困難であり、道は長く険しく、覚えたことで大成したとしても、それで自在に使い熟すことができたと言えるはずもなく、道半ばどころか山の麓で生涯を終えているのである。
そして今、振り上げられている小さな右手に宿る力の危険性を気付いた者が、本人を除き二人いた。
一人は当然の様にその力が向けられている人物。彼はランクこそCランクと、年齢からすると大成しない冒険者に相違ないのだが、実際は一ランク上の実力を有している。ランクを上げない理由は、不幸な経験から一つ上のランクと語るには実力が足りないと信じているからである。
もう一人は、Sランクの冒険者であり、建物に入る前から人の身であり神でもある彼に何かしら感じていた者である。ただし、その違和感は相手が超常の存在と感じたわけではなく、強者である事を察した際に力を持つ者特有の張りつめるような、無意識の警戒網とでも言えばよいのだろうか。沸き立つオーラみたいな感覚が無かった為に気になっただけであり、それ以上の事ではなかった。
対面せずにそれだけの事を感じられる実力を持つ彼が、気の力の発動を察知した瞬間に、止めに入ろうと勝手に体が動くほどの焦りを感じたのであった。
焦りを感じるまで何も行動を起こさなかったわけは、実力の割に見た目が明らかに子供であるチビッ子がある程度の実力を示すことで後々に降りかかるであろう面倒事を減らす事ができると思ったからである。それこそ投げられたのを見た時などは、外にすらいかなかった理由を早く登録を済ませたいのだろうなとしか思わなかったし、魔法を使った時ですら、見た目の年齢からすれば異質としか言えない程に精密な魔力の操作ではあるが、それでも察せる力からすれば当然と思える範囲内であった。が、気の力はその限りではなかった。
Sランクという高ランクにある彼の様な冒険者であれば、気という力に接する事も、そして使える者も増える。だが、感じる気の力の熟練度はどうだろうか。誰が、どれだけの人数がその域に達しているかを考えた時点で、数えるまでもなく名前どころか容姿すら勝手に浮かんでくる程に希少かつ類稀なるレベルである事を理解したのだ。
自身でも何時の間にか使えるようになっていたが、全身を活性化させるような使い方しかできていない。それこそ、大陸の外にまで名が轟いている密かに目標にしていた人物並みの熟練度に感じた程である。
冷や汗を掻き、全身に気を漲らせて遅く感じる時の流れの中、動き出した瞬間、その子供と目が合った彼は、それはあたかも落ち着くように言い聞かせられるように感じた。ある種の恐怖とも言える冷たい感情に、ぬるま湯をぶちまけられた様な、言ってしまえば、何馬鹿な事をしているんだろうかと、思えてしまったのだ。
事実、落ち着いて改められて感じられるものは、安全であった。刃引きされた上で鞘をして更にクッションで覆う様な、過保護さを感じさせるもの。一瞬で察するには難があるのだが、それこそ気の力を感じられる者ならば、誰でも集中すれば察せると思われた。
強い圧力を発しつつ、万に一つで当たっても威力自体はかなり低くなるような力を秘めているのが分かるのだ。
それが、警戒心を解く事無く、命の危険を感じてさえいたSランクである男に気の緩みを生じさせ、世界が遅く感じる程の緊張感から解放された弾みによって、臨戦態勢時の引き延ばされた時の流れを通常通りに戻した。
振り抜かれた気の籠った拳は、正確に山賊顔のある位置降ろされた。ただし、防御や動きをし辛い様に抑えていた左手でそっと頭を当たらないように移動しながらである。あたかも厳つい山賊顔に似合わぬ軽快さで、ヒョイと躱した様にすら見える光景であった。
気の力の発散と、巨体を受け止めた風の力の解放で強い風が一陣、飛竜種でも飛び立つような威力で走り抜けたのだ。
時が止まったように、シンと静まりかえるギルド内。
それは見た目に反して人気者であり実力者と言えるおっさんが投げられた所為でもあり、それが不意打ちにしか見えない事が原因でもある。ただし、事情を知っている冒険者たちが不満を感じた部分はありつつも、状況的には因縁をつけてる側である事も理解して何も言えない。
更に、わかる者ならば精密な魔力操作や魔法操作の高い技術力に言葉を無くしているのであり、単純に尋常ならざる拳圧に驚愕した結果でもある。
つまり、何とも言葉の見つからない状況であり、言葉が出しづらい状態になり、言葉が無いのはある種正解ですらあったのである。
その現状を破ったのは、当然の様に創り出した本人である。
「ふぅ。」と、可愛らしい一呼吸を入れてからの言葉。
「ねっ? 大丈夫でしょ?」
「あ、あぁ、確かに、十分だ、な……」
保護欲を誘う、笑顔で首をかしげる仕草をしながらだったが、残念ながら僅かな不気味さを伴う恐怖しか生まない。
営業終了したかのように静まり返るギルド内を不思議そうに見回した彼がやらかしたと思ったのは、貼り付けられていたであろうギルドの依頼書が十枚以上はフワフワと舞っているのを見た時で、「うわ、やばっ」と言葉を漏らしたほどである。
すらっと数えると三十枚に近そうで、それを戻す作業は簡単かもしれないし、それほど時間がかからないかもしれないが、余計な仕事を無駄に増やされて気分が良いわけがない。
端的に言えば、神であると言ったとて、彼も怒られるのは、嫌いである。
アワアワと地に落ち始めた依頼書を拾っていくと、次第にガヤガヤと賑わいを取り戻していく。当然ひそひそと彼についての話である。中には、依頼書集めに手伝う者も居るが、彼の実力が尋常じゃないと察して、容姿との差異に不気味さを感じてしり込みをするものが大半である。
手伝うのは、ただの良い人か、実力があるのは分かるがそれがどれ程か今一つ分かっていないがかわいい後輩の為にと思った新米冒険者、チョロチョロ動く姿に早くも絆された女性冒険者、見た目のくせに自分に匹敵するかそれ以上の実力を持っている事実に興味を持ったSランク冒険者位である。
色々な理由で気になった依頼書がいくつもあったが、そんな事よりも時間もかからず集め終わった依頼書である。手伝ってくれていた事も認識していたので、まずは集めて、貼っていた場所も分からないし何かしらルールがあるかもしれない為、受付に持っていかないとと考えていた彼だったが、ヒョイっと依頼書を手から抜き取られた。
Sランク冒険者だった。
「依頼書はこっちで戻しておく。チビはさっさと登録を済ませて来い」
特に身長が高いという訳でも無いが、平均よりは少し高いと言っても良い程度で誤差の範囲に収まるSランクの冒険者。だが、そんな相手ですら頭二つは低い身長の神。反論できる事もなく、それどころか怒られる要素以外の何物でもない依頼書の張り直しをしてくれるのだ。感謝こそすれ呼び方で文句なんて言う気になれないのだ。
わーい! とばかりに笑顔で「ありがと」とお礼を言って、他の手伝ってくれていた人に向けては全体に「ありがとうございました。」と頭を下げてお礼を言った。
ギルド内ではあまり他者とかかわりを持たないと思われていたSランクの彼が、雑務の処理さながらの事に手を貸したことに、密かに興味と共に驚きが起こっていた。実際にギルド内の何やかんやに手を出すことはほぼ無い。ただしそれは他社に興味が無い訳では無く、自分以外で事足りるからである。
彼も自分の実力は理解しているし、評価も知っている。それが手を出せば評価は上がるが厄介事の押し付けも増えるし、他者が評価を上げる機会を奪う事でもある。自身が手を出して引き下がらない程にランクの高い者は、今居る町にはほとんどいないのだ。と、言い訳を考えてはいたが、細かな面倒事を押し付けられるのが嫌であり、大きく実力に差がある者への興味が薄い事も間違いではない。
そんな高ランク冒険者に後を任せて、彼が再度受付に来て最初にすること、言わずもがなである。
「すみません!! ちょっとやりすぎちゃって!!」
手をパタパタと所在なさげに動かしながらである。動き的に「落ち着いて落ち着て」としている様子にも見えはするが、ワタワタし過ぎでそうであるのか、はたまたそうでないのか、本人含めての謎である。
正反対に落ち着いた様子を見せたのが受付嬢である。
見た目に合わない異様な実力を見せられたが、そこはプロ。自分の仕事に誇りを持っている彼女は努めて冷静に対応しようと決意していた。
種族差別さながらの発言をしてしまったことを、意外に気にしているのである。優しい笑顔で言うのであった。
「ギルド員同士での戦闘行為は禁止されています。以後気を付けてくれれば今回は目をつぶりますよ」
「ありがとうございます! 次からはもっと周りに気を付けてやります!!」
「あ、違います。周囲への配慮ではなく戦闘行為を禁止してるんで、やらないで下さい。」
「わかったよ。戦闘になる前に、ちゃんと一方的に……」
「攻撃しないでください」
「? じゃあ、バレない様に――」
「バレない様にとかじゃなくて、戦闘自体すんなって言ってんでしょ!」
「…………。はい、(うまい事やるように)気を付けます」
言葉の裏に、何かしら有る事は明らかで、それどころか伝えようと思っている節すら見えるため、受付台を叩きながらつい怒鳴りつつ頭を抱える羽目になった受付嬢。
周りに被害を出さなければ問題ないスタイルで生きようと決めている今回の人生、注意を受け入れないと受付嬢も困るだろうと了解しつつも、無駄な迷惑は掛けないが、問題は起こる事を伝えたつもりである。
なぜこんな会話をしたか。神だから嘘を吐かないとか、吐けないとかそんな事は全くない。自分で面倒事を起こしはしないが、他所から来る問題にはさながら油を大樽ごと投入するような事はする。それの対処の準備というか、心構えと言うか、そういったものをして貰えたらいいなぁと思ったのだ。一言で言えば厄介な奴アピールだ。
許してね? との意味を込めて満面の、無邪気な、明るい笑顔。
それを見て、受付嬢は諦めた。
受付嬢に対する今後
1 怪我したり災害に巻き込まれたりするような事態を起こす気は無さそうです。
2 当然の事ながら不幸にする気なんて微塵もありません。
3 仕事は増えるかもしれませんが、忙しくなるだけの予定です。きっと給料も増える事でしょう。
受付嬢が堂々と登場する予定何てなかったわけですが、何故かはっちゃけて。。。会話すら何も考えていなかったせいですかね???
書き終わった後にタイトルも付けようと考えた始めたら、受付嬢は入れずにいられなくて、色々考えた結果シンプルに行くことになりました。
「~~して」とタイトルに付ける事を決めていたのに、このタイトル。
ええ、決めた後の後悔は微塵もありません。満足感しかありませんとも。!( ̄▽ ̄)!