第2話「登録の邪魔を排除しようとして」
「おい、ギルドってのは子供の遊びじゃねぇんだぞ、見習いでもしてろガキが!」
ギルド内がざわついた。
理由は野盗の様な荒くれ冒険者が、成人を名乗る子供に怒鳴りつけたからではない。
噛むこともなく、声が裏返るでも震えるでもなく、素行不良の冒険者さながらの行動をちゃんとやれたからである。
怒鳴った人物が何者か、神からすれば一瞬ですべてを知ることも簡単なのだが、そんな事をしても人生楽しくないし、話す前から何でも知っている者が人間として皆と過ごせるはずもない。だからこそ、調査などで時間がかかり、この町にたどり着くまで時間がかかったのだが、現状になって、その甲斐はあったと思わざるを得ない。
何故なら、見た目通りの言動をしている人物の情報を、既に複数の情報源から色々と得ていたからである。
注意点として一番初めに聞かされた言葉はかなり手厳しく、外見からしたら山賊の頭以外の職業はありえないであった。かなり力強い断言。実際ピッタリなだけに、それ以外の情報を鑑みると胸の痛くなるものがあった。
曰く、子供好き。面倒見がよく世話焼きであり生真面目。世話になった冒険者は多く、一般人でも世話になった人は多い感じ。
子供の近くを通っただけで泣かれた事もあり、しょぼくれる山賊頭らしき冒険者を慰める一般人の知人が幾度か目撃されている。そして情報をくれた子供の彼への呼び方が、山賊のおじちゃんである。
山賊呼ばわりは嫌ではあるらしいが、その呼び方でも懐かれるのなら嬉しいらしく、満面の笑顔で冒険者だと吠えながらちょっとしたお菓子をくれたりするらしい。密かにお菓子のおじちゃんと呼んでもらえるように頑張っているのだ。
そんな人のいい山賊のおじちゃんが、子供にしか見えない彼を怒鳴る事は普通はあり得ない。しかし、ギルドの登録をすることを他人に伝えたとき、事前にこういう事が起こる筈だと伝えられていた。
教えられずとも、予想は出来ていた。年齢や知識と実力が足りないとギルド職員が判断した場合、こんな事が行われる制度、正確に言えば、ギルドで推奨されている行為があると知っていたからだ。
例えば、住所不定で身分証明書が欲しいのであれば商業ギルドへ向かう方が良い。年齢が足りていなかったり、町の中だけでの安全な小遣い稼ぎ目的の依頼が目当てであれば最低ランクの一つ下であるFランクとも呼ばれている見習いランクになるべきである。年齢の足りていなければ規約違反で少々の罰則があるし、状況によっては一番低いランクでも拒否できない徴用が起こる事もあるからである。
推奨であり、規則として定められていないのは、実力不足と下す判断材料が職員任せになる部分が多く、当たり外れや見逃しにより査定に響くなどの金銭関係はもちろん、雑務が増える、評判に響く、大ごとになりかねない等の問題点が多い為である。つまりそうそう実施されない事であり許可すらしていない所も多い。
しかしこの町の場合、実力が足りず冒険者になっても命を落とすだけにしかならないと予想される時に、脅かして思い留まらせ、他のギルドを薦める事があるのだ。逆に、実力があると予想される者にもある種の試験的な事が行われ、ランクを上げて冒険者を始める事が出来る事もあるが、今のところ優遇される程度で実際にランクを上げられた者はいない。
そんな脅かし役に、可哀想であはあるがピッタリの外見として選ばれたのが彼であるが、如何せん人が良く、子供に怒鳴るときやらかすのである。吃る、声が裏返ったり、震えたり、語尾が小さくなったり、複合技をする等のやらかしをするのだが、外見で押し切れてしまい、場合によっては脅しに箔が付いてしまう為、人柄も相まって今居る複数の脅かし役をする冒険者の中で優先順位の一番なのである。
気の良い彼が、見事に初めて成功したのである。ただの一言怒鳴っただけではあるが快挙と言って過言ではない。それどころか初めて子供を脅すという行為に、罪悪感と緊張に震えているおっさんを知っている者からすれば、涙を流しかねない感動の瞬間なのだ。傍目には子供への恫喝のシーンでしかないが。
ギルドに居る全員、それこそ怒鳴る本人然り、言われている側の人物(神)でさえ、事前情報を得ている為に驚いているほどだ。
美人受付の人達でさえ驚いた様子を見せたが、それが恐怖に、一応僅かにと付けられる程度だが引きつったのは直ぐ後である。
筋肉に包まれた二メートルに達する毛深い巨漢が、血の滴る生肉でも喰らいそうな厳つい眼光を放ち、多くの傷痕を持つ髭面を携えて、脅すような表情から一転、にやぁ……である。
初対面の女性なら悲鳴を上げても許されるどころか同情される。むしろ気絶したとて納得である。
ただ、見た目が怖い優しいおじさんを擁護するのなら、初めて成功したことで、つい笑みが浮かんできただけで、これでも抑えているのだ。抑えているからこそ余計怖くなっているのだけなのだ。
そして、今がどういう状況なのかしっかりと理解している |脅されている者(神) からすれば、目の前には努力が実り、演技を初めて成功させた年下の男性が喜びを我慢しながらも仕事を全うしようと頑張る姿、とも言える状況である。
つい穏やかに言ってしまった事は、誉め言葉を出さなかったことで相殺して欲しい所だ。
「これでも16歳で大人と認められる年だよ」
まるで馬鹿にする様に笑顔で言っているのだが、言い寄る方も、言い寄られる方も浮かれている為、僅かな違和感など全スルーである。
何よりもせっかく上手い事行ったのだ。この流れを止めるなどという愚を犯す訳にはいかない故、台本通りに進める判断した。
「本当か? なら俺がギルドでやっていけるか試してやるよ。俺が認めりゃ誰も文句は言わねぇからな」
本来ならばもっと威圧感を与える口調だったり、煽る行為もする筈なのだが、何よりも相手が委縮して罪悪感を盛りに盛り立てる事が無いせいで、苦手な仕事の雰囲気が普段通りに戻っていた。確かに怖い顔であるのは変わりないが、優しさも感じられる強張らず、違和感のない力強い笑みだった。
「ちょっくら訓練場借りるぜ! チビ助、付いてこい!」
つい嬉しそうな様子に、一緒になって喜んでしまい流れに身を任せそうになったが、そこでハッと我に返った神。彼は登録して冒険者業を満喫しに来たのである。
腕試しなどして態々(わざわざ)人の目を集め、それこそギルドの地位ある人物に目を付けられたら堪ったものではなのだ。今回は面倒事に首を突っ込むことはあっても、巻き込まれる気は無い。だから、どうにかして人が集まる前にと、強硬手段をとることにした。
「わざわざ移動しなくても、いいでしょ?」
言葉と同時に、両手でも余りそうな腕を力を込めて掴んだ。警戒してもらうためである。
他人の力を試そうとするだけの事はあり、予想通りに不審なものを感じた彼は、浮かれた表情から瞬時に臨戦態勢に入った。
切り替わりの速さにこのご時世からすると中々の実力者だと察せるのだが、チビ助側の攻撃の予定に変化を起こさせるには足りなかった。
一般的に特殊な技能と呼ばれるレベルの体捌きと足運びであった。
移動と共に身体全体を使う力の掛け方を含む幾つかの特別な体術である。小さな力で大きな効力を発揮するもので、自国でしっかり身に付けていた。
更には相手の重心や、力の動きまでもをコントロールしていて、それに自分の動きを合わせた理想的な、稽古の型さながらな動きである。そして最後の一手。二メートルの相手に対して余りにも弱い、一般の成人女性程度の力をグッと力を流した。
投げられる側からすると、自分で飛んだ様に感じる程に自然に、視界の天地が逆さまになったのだ。浮遊感を感じた瞬間に、成すがままではなく宙に浮かされた事に思い至り、僅かに体制を変えて来るべき衝撃に備えた。
巨体が床へと激突する前に、魔力の感知が出来る者達は理解するよりも早く感じた。その中でも優れたものはそれが風の属性を持つ事にも気付いた事だろう。
音も衝撃もなく、スン。と、人の良いおっさんは勢いが消えて床に横たえられた。
魔法である。
違和感は果てしなくもあり、クッションらしいものを感じただけでもあり、混乱による僅かな空白。
ギルドに居るほぼ全員が驚く中、当然の事、仕掛けた本人は当然の結果であり、衝撃が無い事に衝撃を受ける相手に対して、比較的ゆっくりと行動に移れた。とは言っても、しっかりと鍛えた彼にとっての比較的であるわけで、一瞬の隙も無くと言って、過言ではないのだが。
右手に気を溜ながら、横たわる体格差から巨人と言って良い相手の目の前へと移動して、顔面がある場所へと一撃。