夕暮れと彼女と僕
まったり書いて行きます。どうぞお付き合い下さい。
「ねえ、あと3日だけど何する?」
彼女はそう言って、ややうつ向きがちに此方を見ていた。
「どうせ死ぬんだし……」
僕はそこまで口にして、それ以上は言葉に表すことが出来なかった。
夕暮れの暖かな日差しが教室をやさしく包み込んでいる。
僕達はきっと明日も中学校に登校して、この教室で意味も無いような会話をする。それできっとその次の日も同じような繰り返しで、そして死ぬのだ。
僕達が、僕達の地球に隕石が落下し世界が終わることは、僕達の生まれる2、3年前に発覚した。アメリカとロシアと中国が色んな議論を話し合った結果、今日から三日後に隕石が地球に衝突して今まで築き上げてきた文明も、生命も、地球の大陸も海も根こそぎ壊してしまう事が全世界に発表されたらしい。
まだ僕は産まれてなかったから当時の事はよく知らないけど、世界は未曾有の大恐慌と言われるほど荒れに荒れたらしい。殺人や強盗など様々な事件が発生するし、訳のわからない新興宗教が乱立して集団自殺みたいなのもあったそうだ。
社会は機能を停止し、そこら中で怒号と悲鳴が飛び交い正に阿鼻叫喚。何故こうなるのが予想できたのに3か国はこんな発表をしたのだろうと思ったことがあったけど、ああ、どうせみんな死ぬからかと直ぐに納得した。
でも案外人類はしぶといらしくて、何とか隕石を回避する方法を模索して、世界を統括する政府の発足と共に世界共同宣言を発表。地域紛争も国家間の対立も無くなって、隕石飛来の発表前より世界は平和になったらしい。
僕はしわくちゃな手をした曾祖母に「可哀想にねえ」と言われながら頭を撫でらながらそう教えてもらった事を覚えている。憂いを帯びた曾祖母の表情はひどく痛々しかった。
「私達は産まれたときから、死ぬ日にちが決まっているんだ。何か……やるせないよね」
彼女は黒板に向かいながら呟いた。
「もう、私達しか登校してないね」
「うん、半年前に先生も来なくなったから」
空っぽの学校に僕達だけだ。
世界はもう諦めていた。隕石はどうやっても衝突するし世界は滅びる。水道や電気等は辛うじて通っているけど、無人運転だからどこかで壊れたらもう使えなくなる。テレビは世界が終わる残り時間を垂れ流しているだけで、ニュースキャスターもいない。車は全く走っていないし、そもそも人が歩いていない。
皆家で残りの時間を名残惜しそうに過ごしているのだ。
「もう帰ろう」
「そうだね」
教室を出て、下駄箱で靴に履き替えて外にでる。この作業もあと2日か、そう思うと少し名残惜しい。
「ねえ、私ね……」
「……どうしたの?」
少し言葉を詰まらせながら彼女は「なんでもない」と答えた。
「私達、本当に死ぬんだよね?いやだなあ」
「僕だって死にたくないよ、もっとやりたいこと色々あるし」
「例えば?」
僕は彼女の質問に答えられなかった。正直な話、どうせ死ぬんだから考えたって無駄だと思っていたし。もし僕が産まれた後で、物心ついた後で「○○に死にます」と言われたら、きっと僕の両親の様にもっと悩んでいただろうと思うけど。
僕達は産まれたときから絶対に死ぬ日が決まっているんだ。それが普通だから、大人達のように日に日にやつれていかないし、涙も流れない。
「死にたくないなあ」
彼女は、自分自身にそう言い聞かせるように呟く。
「やっぱり、死にたくない!」
えいっ、と勢いよく足下にある石ころを蹴った彼女は、不意に僕を見た。ガラス玉のみたいな瞳と視線交差する。
夕焼けに染まる彼女の微笑みはとても綺麗で、髪が風に揺れてキラキラと輝いていた。
「それじゃあ、また明日」
「うん、バイバイ」
何時もの挨拶を交わし彼女の背中を見つめて僕は帰路に着いた。