異世界勇者のバグってハニー ~ 俺、無限増殖してます ~
眩しい光に包まれて、気がつくと俺は見知らぬ場所に立っていた。
車に撥ねられて死んだと思ったが、いつの間にやら装飾過多な広間の真ん中で天井のシャンデリアを見上げている。状況を把握できていない俺に、声が掛けられた。
「勇者よ!異世界からよくぞ参った!」
ゆっくりと視線を下げると玉座に腰掛けた偉そうな中年男性と目が合う。
威厳ある服装に立派な口髭、頭上に王冠スタイルとくれば、これはもう間違いなく『王様』だろう。
そして王様のセリフを聞いて、俺は自分が異世界転移を果たした事を知った。
ここから憧れの異世界ライフが始まるのだ、とワクワクした俺だったが、よく見ると王様の様子がどうもおかしい。落ち着きなく目がきょろきょろと泳ぎ、周囲の重臣たちに小声で何かを相談したりしている。
いざ召喚してみたものの、平凡な容貌の日本人が出てきたので戸惑っているのかもしれない。
「あのう、どうかしましたか」
王様に呼びかけた俺は、腰が抜けそうなくらい驚いた。俺と同じ声がすぐ両脇からステレオで聞こえてきたからだ。
あわてて左右を振り仰ぐと『俺』がそこにいた。
しかもふたり。
世界には自分に似た人間が三人はいる、と言われている。あるいは同じ姿を持つ『ドッペルゲンガー』という怪異の都市伝説。タイムマシンで過去に遡行して自分自身と顔を合わせると互いに消滅してしまう、なんていう物騒な話もある。
だが、顔を見た瞬間に直感で理解した。こいつらはそういった存在とは違う、まぎれもない俺自身だ、と。ふたりも全く同じことを感じた様子で、俺たちはしばらく見つめあった後に固く手を握りあった。
突然、異世界に放り出された身の上でこれほど信頼できる人間が身近にいるというのは奇跡に近い。
まあ、それはそれとして、なぜこんな事になったのか。
俺たちが首をかしげていると、タイミングよく天井からヒラヒラと一枚の紙片が降ってきた。
手に取ってみるとそこにはキレイな筆跡で、ただひとこと。
『ごめん。失敗した』
なんと簡潔な。どうやら神様的な存在が召喚する際に起こしたミスが原因で、俺が三人に増えてしまったらしい。いわゆるゲームのバグみたいなものか。
いや、もしかするとこの世界自体がゲームの中にあったりするのでは。
「きゃあっ!」
「うわっ、どこから湧いたんだっ」
ぼんやりと考え事をしていた俺の背後で、侍女や衛兵の叫び声が響き渡った。
嫌な予感を覚えて振り返ると広間の柱の影から頭をぼりぼり掻きつつ、新たに『俺』がぞろぞろと出てくるところだった。数えてみると、8人になった。
「ゆゆゆ勇者よ。これはあれか、ぶ、分身の魔法かなにかか?」
明らかに狼狽えながらも威厳を保とうと、王様が質問してくる。
神様の手違いです、と正直に言ったところで事態の解決には繋がらないだろうし、信じてもらえるかも怪しい。ならば、さっさとこの世界での役割を果たして神様になんとかしてもらう方が早そうだ。
俺は王様の目を正面から見つめてこう言った。
「そんなところです。それより王様、なぜ俺がこの世界に呼ばれたのか早急に説明と指示をください。さもないと」
「さ、さもないと?」
「―――もっと増えます。たぶん」
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おおむね、予想通りだったと言っていいだろう。
この世界は魔王と呼ばれる存在によって破壊されつつあり、人間はあらゆる対抗措置を試みたが敵わなかった。最終手段として異世界から勇者を召喚して魔王を倒させよう、という計画だったようだ。
肝心の魔王はというと、王国の遥か東、砂漠に建つ『逢魔の塔』から配下のモンスターたちに指令を与えているらしい。
「なるほど、了解しました。では俺はその魔王を倒せばいいんですね」
「そ、そ、その通りれす、ですからその、はやく、はやく出発して頂けると」
いまや王様は玉座のうえに体育座りで縮こまってしまい、頭を抱えながら俺に出発を懇願していた。気絶した重臣や侍女が部屋の隅に並べられており、青い顔をした衛兵たちが看病をしている。
それもそのはずで、事情の説明を受けている間に『俺』はひとり増え、ふたり増え、いつの間にか十数人にまで膨れ上がっていたからだ。話の途中でカーテンの裏側や窓の外、飾り棚の後ろなどから出てくる『俺』の姿を見て、人々は完全にパニックになってしまったようだ。
なんだか気の毒になってきた俺は長居しないことに決め、王様に会釈をして広間を飛び出した。
そこに十数人の『俺』が続き、せわしなく魔王討伐の旅に出ることになったのである。
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俺たちは街中を駆け抜ける。
体の調子はいまだかつて無いくらいに良好で、息切れもなく、おまけに汗すらかく様子もない。やはり勇者となっただけあって、元の世界にいた頃よりも身体能力がはるかに強化されているようだ。
風が心地よく頬をなで、調子に乗った俺はさらに走るスピードを上げた。
街に住む人々は走る俺たちの姿を見て、叫び声をあげたり腰を抜かしたり家の中に引っ込んだりしている。同じ服装、同じ髪型、同じ顔をした集団がそこそこの速度で走ってくるのだから、まあ怖かろうとは思うけれども。
そして、その間にも街のあちこちから湧き出てきた『俺』が合流してきて、勇者の集団はどんどん膨れ上がっていく。戦力は多いに越したことはないからね。
そんなこんなで、街の東門を通り抜ける頃には俺たちの数は127人を超えていた。
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街を飛び出した俺たちは速度をキープしたまま、王国の東側にひろがる森林地帯へと突入した。
無数の人間たちが突然踏み込んできたことに怯えて小動物が逃げ回り、鳥たちが一斉に飛び立っていく。
さらに森の奥へ踏み入っていくと、木々の暗がりや頭上からモンスターたちが襲いかかって来た。緑色の肌をした身軽なゴブリンやら巨大なオーガやらが、簡素な武器を振り回しながら俺の行く手を阻もうとしてくる。
こちらは素手だが心配はいらない。何故なら全員もれなく勇者だから。
おまけに敵ひとりに対してこちらは10人近い『俺』が相手をするような状態である。
「邪魔じゃあー!」
「うおおおおおおおおおおお!」
「ぶっころせええ!」
俺たちの雄叫びが森の静寂を完全に破壊し、モンスターの悲痛な叫びがあたりに満ちて、それもやがて消えた。ふと来た足跡を振り返れば、木々は俺たちが通った形になぎ倒され、あちこちに点々とモンスターや『俺』の死体が残されている。
またモンスターたちが森の中に敷いていたキャンプは跡形もなくなっていた。環境破壊も甚だしいがこれも世界平和のためだ、許して欲しい。
俺たちは一度足を止めて、どれだけ味方に犠牲が出たかを確認した。
結果は、むしろ増えており900人弱になっていた。
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森を抜けると今度は広い草原に出る。
なだらかな丘陵地帯が遠くまで広がり、ところどころに禍々しい作りの見張り台らしきものが見えた。
向こうでも俺たちの姿を見つけたようでたちまち狼煙が上がり、角笛が吹き鳴らされていく。遠くで小さく動いているのは獣の背中にまたがった騎兵だろう。
勇者の集団とはいえ、周囲に遮るものが何もない平地で騎兵を相手にするのはさすがに分が悪すぎる。
武器といえば森の中の戦闘で拾った棍棒や銅の剣くらいだ。俺たちはしばらく立ち止まり、どうするか相談した。
そして。
「それいけー!」
俺たちは再び走り始めた。ただし今度は、100人程度の各部隊に別れての全力疾走だ。
目標はそう、あちこちに建てられた見張り台である。
見張り台に取り付くと、全員ではげしく支柱を揺すって見張りのモンスターを振り落とした。それでは飽き足らず更に激しく衝撃を与えて見張り台を引き倒して破壊すると、その素材を複数人で抱え上げることに成功した。
「次の見張り台へ急げ!」
えっほ。えっほ。えっほ。えっほ。
同じように違う場所の見張り台へ取り付き、破壊して、素材を回収する。それをくり返している間にも、騎兵を先頭にしたモンスターの群れがこちらへ突っ込んできているのが確認できた。
俺たちは見張り台の素材を持ち寄って合流すると、部隊毎に縦一列に並んでその素材、すなわち丸太ん棒を抱えあげた。そして全員が密集した陣形を組む。
「みんな丸太は持ったな!行くぞ!」
こちらへと突進してくるモンスターの軍勢に向かって丸太の尖った先端を向けながら、俺たちはひた走った。
間近に迫った騎兵のひとりが、俺たちの戦い方を悟ったのか方向転換しようとして騎獣に反抗され、払い落とされる。止まれない後続の騎兵たちは剣や槍を掲げたまま俺たちが向けた丸太に体当たりし、次々と串刺しになっていった。ちょっと粗いかもしれないが、ファランクス陣だ。
残る機動力を失った騎兵や徒歩で迫るモンスターなど敵ではない。
人海戦術でスクラップ&スクラップ。ふたたび虐殺が起こり、そして終わった頃には俺たちはとうとう4000人を突破していた。
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勇者は進むよどこまでも。野を越え山を越え、俺たちはぐんぐんと進んだ。
まだまだ逢魔の塔とやらは見えなかったが、行く先々にモンスターたちの拠点があり、それを逆に辿っていけば到着できるという寸法だ。勇者になってからは腹も減らず、また眠気も覚えなかった。
あいかわらず『俺』の数は増え続けており、多くの魔物を倒し続ける効果もあってか遂に10000人の大台を突破した。
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一体どこまで増えるのか。加速度的に増加した俺たちは25000人を超え、もはや敵となるモンスターはいなかった。通ったあとにはぺんぺん草も生えず、すべてが不毛の大地と化した。
ようやく危機感を覚えた魔王がドラゴンや死神といった大物モンスターを送り込んできていたが相手にもならない。みんなで囲んで、物理で殴るだけだ
参加する前に戦闘が終わってしまうことも増え、暇を持て余した『俺』の中には集団から離脱するやつも現れた。
ケモ耳娘と結婚するんだと明後日の方向へ走り去っていったり、妙な新興宗教を開いて周囲を巻き込んだり。あれも『俺』が持っている一面には違いないだろう、ということで特に誰も止めたりはしない。
フリーダムかつ混沌とした旅路は、しかしいよいよ終わりが見えてきていた。
砂漠にたどり着いたのである。
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逢魔の塔に入るまでが、また大変だった。
塔は見えているのだが砂漠に張られた幻術で方向を見失い、散々に迷わされることになった。しかしこの時点で俺たちの総数は50000人近くまで増えており、ここでも人海戦術が役に立った。というかそれ以外の攻略法をしてこなかったけれど。
全員が手をつなぎ、巨大な円形を作って砂漠の中心に見える逢魔の塔に向けて行進したのだ。
いくら迷わされようが幻覚が見えようが、必然的に探索範囲は狭まる。ひとりが塔の外壁に到着すれば、あとはもう芋づる式に全員が突入できるというわけだ。
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「馬鹿ものどもめが!こんな、こんな無茶苦茶な勇者がおるか!」
魔王が半泣きで罵りながら雷撃を放ち『俺』がばたばたと倒れていく。
風の刃で首を飛ばされる俺、炎で焼かれる俺、氷漬けになって砕かれる俺。それでも俺たちは止まらない。なんせ50000人だからね。狭い塔の中をひしめきあいながら、最上階に陣取る魔王へ殺到する。
自室の壁を背にして狭い入口に向けて魔法を連発する魔王。確かに有効な戦術だが忘れちゃいけない、俺たちは増えるのだ。
魔王の部屋の洋服ダンスの中から飛び出す俺、ベッドの下から転がり出てくる俺、隠し通路から覗く俺。ありえない場所から湧いてくる『俺』への対処に魔力と集中力を割かれた魔王は。
「やっ、やめっ、ひっ、こんな、ぎゃああああああああ!」
とうとう魔力が切れた魔王の上に次々と俺たちがのしかかり、その姿が見えなくなって。
ぼんっ、と内側からくぐもった音がした。どうやら爆発したらしい。
つまり、魔王討伐は成功、世界は救われたというわけだ。
俺たちはぞろぞろと塔の外へ出ると青く澄んだ空を見上げた。
さて、これで残る問題はあとひとつ。増えるにだけ増えた、俺たちの身の処し方だ。
これからどうしようか。
俺たちが顔を見合わせていると、またいつぞやのようにタイミングよく空から一枚の紙片が。
広げて読むと中にはキレイな文字で、
「おつかれさまでした。そろそろ終わりです」なんのこっちゃ、と思った次の瞬間。
俺たちは65535人になり、オーバーフローを起こして一気に0人になったのだった。