日の本ではない場所
目が覚めると、知らない天井が見えた。
「ここ…は?」
私は目を袖で擦りながら、上半身にゆっくりと力を入れて起き上がった。少しだけ頭が痛むが、それ以外は身体に違和感は無かった。頭を掻きながら、周囲を見渡す。
「あれは湯呑み?それと、これは、それにあれは何?」
部屋の中は、私が見たことがない物で溢れていた。机の上には、白いガラス細工の湯呑みが置かれ、その横には丸くて大きな宝石が置かれていた。視線をもう少し先に移動させると、石で組み立てられた囲炉裏からは、オレンジ色の炎が部屋を暖めている。
毛布をどかして気が付いた。この布団は地面ではなく、高い位置に敷かれている。布団よりもふかふかとした弾力がある。
私は段差を下りて、地面に立った。足元には刀と種子島が置いてある。それを見てから、ようやく気を失う前の出来事を思い出した。
そうだ、私は笛吹に怪し気な妖術をかけられて、水の中に落ちたんだった。そのまま川に流されていたとしたら、豊川に流されたはずだ。そこから先は、海だ。まさか生身で生きたまま異国の地に流されたとは考えにくい。
自分のいる場所を考えていると、誰かが入ってくる気配を感じ取った。念のため、私は地面に置いてあった紅玉正宗に手を添えた。
扉を開けて入ってきた人物は、
「あら、起きたのね」
と言いながら中へと入ってきた。
日本語を聞いた私は安心したが、その人の顔を見て驚いた。
その人は女だったのだが、金髪で白い装いをしていて、耳が長く尖っていたのだ。人間にかなり近い顔つきと体格をしているが、明かに人ならざる者だった。
「…妖術使いの次は、もののけと来たか」
不思議なものだ。二度も連続で異様な出来事に会うと、何が起きても頭では理解できないが、身体は慣れたようだ。慌てる様子もなく、布団に腰を掛けた。
「あら人間さん。助けてあげたのにもののけ扱いは酷いんじゃないの?私達には、ちゃんとエルフっていう種族の名前があるのよ」
確かに、それもそうだ。どんな人物であれ、私を助けてくれたのは事実である。敬意をもって、感謝の意を伝えなくてはならない。
ゆっくりとお尻を下ろして正座をすると、
「感謝します」
と言いながら私は深々と頭を下げる。
私は顔を上げると、続けて質問した。
「ところでエルフ殿。ここは何処ですか?」
私の言葉に、エルフ殿は眉間をしかめて腕を組んだ。
「あら、本当に知らないのね。私の名前エルフじゃなくて、ソフィーっていう名前よ。それと変な語尾をつけないで、ソフィーでいいわ」
「すみません。私は楓といいます」
「カエデ?KAEDE?面白い名前ね。ここは、エルフの国で、ディヴィア半島よ」
今度は私が腕を組んで顔をしかめる。
そんな名前の半島など、聞いたことがなかったからだ。ここら辺では、三河、渥美半島が有名だが、それ以外の半島がここら辺にあっただろうか。
「出井武威亜半島?そんな場所、聞いたことも無いが」
「あら?人間の国でも、そうとう有名な国だけれど。エルフも知らないみたいだし、あなたって相当な田舎の人?」
ここに来て、私はようやく違和感の根本的な塊に気が付いた。
「すまない。周辺の国名を教えてくれ」
「そうねー。大きな国と言えば、ディヴィア半島に勢力を置く私達の国。島国のブリテン国は人間の国でここら辺じゃ最大国家。同じく人間の国でランス国。後はピクト人の国家とドワーフがメインの種族国家といったところかしら?他は本当に小さな小国の集まり」
どの国も、全く聞いたことがない。
その瞬間、私の脳内に笛吹きの言葉が突然フラッシュバックしてきた。不気味に微笑みながら、「別の世界に飛ばしてしまうのが両方解決することが出来る方法ですね」とあいつは言っていたような気がする。となると、ここは本当に別世界なのだろうか。
「に、日本。日の本。和国、という国は知らないか?」
「さぁ?聞いたことも無いわ」
「そうか…」
私は確信した。ここは日本ではない。そして、異国でもない。
ばなな