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潜入

 事件が起きたのは次の日だった。また、昨日と同じ様に笛の音が聞こえ始めた時だ。音に交じって、一発の乾いた種子島の音が響き渡る。

 その直後、

「大将が撃たれた!」

と叫ぶ声が上がり、周囲は騒然する。

 笛の音色に耳を傾けていた私だったが、刀を片手にテントから飛び出した。騒ぎの方へと足を素早く動かし、騒ぎを聞いて駆け寄る人の合間を風のようにぬって、その中心へと向かう。人がはけた所で、近衛兵が槍を片手に私の前に立ち塞がる。

「ここから先は、行ってはなりませぬ」

「っ」

 信玄様、何があったのですか?まさか、まさか、そんな事はありませんよね?

 近衛兵に邪魔をされて先に進めなく、居ても立っても居られない私の肩を、誰かが後ろから叩いた。

「楓殿。こちらに」

 声の主は、真田昌幸様だった。

「はい」

 と私は小さく声を出し、人ごみに紛れて遠ざかっていく昌幸様の後を慌てて追った。騒ぎから外れ、とあるテントの裏まで来た。そこで、昌幸様足止めると、私の方を振り向く。

 昌幸様のお顔は、ひどく難しい顔をしていられた。昨日の優しい表情とは変わって、眉は逆立ち、目を細め、そして唇をキュッと結んでいる。

 少し聞きづらかったが、

「昌幸様、何があったのですか?」

 と私は勇気を振り絞って口を開く。

「殿が撃たれた」

 やはりさっきの声の事は、本当だったのか。

「っ。そ、それでご容体は?」

「幸い命に別状はない。それで、お主に任務だ」

 その言葉で、昌幸様が昨日おしゃっていられた非常時が、今であることに気が付く。焦っていた心を締め上げ、一つ深く息を吸い込む。すると、興奮を一気に冷えていった。

「…はい、何なりと」

「此度の発砲は、笛の音を聞きに外へと出た殿を狙った狙撃だった」

 昌幸様は、今までとは違う雰囲気をかもし出している。

「城にいる笛の名人を殺せ、ついでに、城主も殺せ。出来るな?」

 力強い昌幸様は、殺意が篭もっていた。同時に、私への強い思いを託している。本当は自ら殺しに行きたいのだろう。

「はい。仰せの通りに」

 今の私の心は二つに分かれていた。一つは、信玄様を撃つために笛を吹いた奴への恨み。もう一つは、ようやく出番だというやる気に満ちた心だ。

 昌幸様には頭を下げて、その場を素早く離れた。

 急いで自分のテントまで戻ると、素早く城に潜入するための道具を準備する。長くて丈夫紐やまきびし、腰には念のため種子島を背負う。後は普段の装備を身体しまい込む。私の服には、様々な所に隠しポケットや紐などが括り付けられている。布の面積が少ない真っ黒な着物に、いかにして多くの道具を仕込むことが出来るかが、腕の見せ所だ。

「よし」

 と意気込みをした後で、そびえ立つ城に向かって駆け出した。見つかる恐れがあるので、馬は使えない。けど、短い距離であれば馬よりも早く走れる自信がある。ものの数分で、城の真下である石垣までたどり着いた。目の前は広い堀が広がっていて、泳いでいくには少しだけ難がある。背中に種子島を背負っているから、火薬を濡らしたくない。

 とは建前で、濡れたくないというのが本音。

 クナイを取り出すと、長い縄に結び付ける。塀の上に明かりが灯っていないことを確認したら、遠心力の力でクナイをグルグルと振り回し、投げた。

 クナイを先頭にして縄は真っすぐと飛び、塀の上にある木へと綺麗に絡みつく。

手に持っていた側もクナイを結び付けて、地面に足の裏を使って固く押し込める。手で縄を引っ張り、自分の体力に耐えられるのかを確認する。そして縄を掴むと、蜘蛛のようなスピードで一気に上まで駆け上る。

石垣の上まで登りきると、直ぐに顔は出さずに耳を澄ます。

「…斜め右前に二人、百メートル前方に一人、あとは建物の中」

 音を立てないようにロープを回収すると、塀から顔を覗かせた。右から二人の兵が、私の前を横切る様に移動してくる。徐々に近づいてくるが、こちらに気付いている様子はない。

 通り過ぎたら、殺る。心の中で、秒数を数える。あの距離だと、およそ十五秒で前を通過するはずだ。

 紅玉正宗の柄に手を当て、左手の親指でつばをぐっと押す。

今。

声には出さないものの、心の中で叫びながら塀を一気に駆け上ると、つま先から音を立てずに地面へと着地する。

二人の兵が目の前を通り抜けた直後で、彼らは私に気付くことなく歩いていた。少しだけ刀を抜き、鞘を水平に倒す。左手で鞘を後ろに引いて、右手で一気に抜きだすと、刀の先は一直線に一人の兵士の心臓を後から貫いた。

 そいつが膝から崩れ落ちる前に、私は刀を引き抜く。もう一人の正面に地面を蹴って回り込むと、左の肩口から入って右脇腹に向けて斜めに斬りつけた。

 二人の兵は、ほぼ同時に崩れ落ちた。声を出される暇も与えなかったため、周囲に気付かれた様子はない。しかし、安心はしていられないのだ。あと一人が、前方から近づいてきているのだから。

「素晴らしい切れ味ね」

 刀を振って付いた血を吹き飛ばすと、私は月明りに刀を照らして刃こぼれを確認した。刀は薄く赤色に輝き、まだ血を吸わせろと言わんばかりに丈夫な様子を見せた。後百人は切り付けても、研ぐ必要は無いかもしれない。

 刀を中央の線に沿うように、身体の中心で刀を構え直す。前方から歩いてくる敵をしっかりと見据えた。足を一歩引き、月明りで相手の顔が見えた瞬間、一気に距離を詰める。

 相手の喉元に目掛けて刀を突き刺す。首の骨に金属が当たる嫌な感触が手の内に広がったけど、気にせず横に刀を振りかざした。返り血を浴びないようするため、つま先に力を入れて思いっ切り後ろにはねた。そのあとは、相手の生死を確認せずに、本丸に向かって足を進めた。

あれで生きている人間がいたら、それは完全にお化けそのものだ。


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