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任務

信玄様のご一行に加わった私は、特に何かを命令されることもなく、ただ軍に交じって歩いていた。そして、何やかんやあって三河野田城を包囲。武田の騎馬隊はすさまじく、あれよあれよという間に城まで敵を追いやったのだ。

 城を目の前にして陣を張り、その内の小さなテントが私に割り当てられた。

 かくいう私は物凄く暇であった。信玄様とは、最初にご挨拶をさせてもらったきりだ。当たり前だけれど、私のような者がそう易々と会話をさせてもらえない。それだけなら良いのだ。女である私が一行に加わっている事を、あまり良しとしない者も多いらしい。だから、少し居心地を悪く感じていた。

 そんな中、真田昌幸様だけは私に話しかけてくれた。

「楓殿」

「昌幸様、何でしょうか?」

 昌幸様は非常に頭が聡明なお方で、数々の戦いを奇策によって乗り越えたお方として有名だ。話によれば、私をここに呼んだのもこの御方だという噂を聞いた。けれど、何よりこの方は非常に優しい。

 昌幸様の声が外からしたので、私は慌ててテントから飛び出した。

「慌てなくてもよい。私用だ」

 月夜に照らされながら、真田昌幸様は立っておられた。私よりも二周りは大きいその体が、月の光から影を作り、私の身体を飲み込んだ。捨子の私には父親の事は良く分からないけど、きっと大きくて頼もしいこういう人の事を言うのだろうと勝手な解釈をする。

「楓殿は、此度の戦に呼ばれ理由を、まだ聞かされておらぬだろう」

「はい。ただ、一行に加われとだけ言われました」

「ま、そうだろうな。この戦にくノ一は全く必要がないからな」

 私は思わず、

「…は、はい?」

 と失礼にも聞き返してしまった。

「そう驚くではない。それにお主の得意分野は、色仕掛けや情報収集ではなく、暗殺や戦闘であろう」

「その通りです」

「この世の中、何が起こるか分からないのが面白い所だ。非常時にお主の存在は必要不可欠であるはず。いつでも出られるように精進しておけ」

「承ります」

 真田昌幸様の言った事は、お前は非常時の駒だから普段は大人しくしていろ、という事だろう。明確な役割を聞かされたことで、心にあったモヤモヤとした雲は消え去った。

 その時、包囲している城の方角から笛の音色が聞こえきた。戦時中の静かな夜に、高い音が風に乗って辺りに響き渡る。

 昌幸様はそっと目を閉じて、

「ほぉ、敵ながら見事だ」

 と呟いた。

 私もそれにつられて瞼を閉じて、耳に神経を集中させる。明日にでも自分達の城が焼け落ちることを暗示してなのか、勇ましく大きな音とは対照的に悲しいメロディーだった。

 しばらく続いた笛の音は、夜が更けるにつれて音は小さくなっていく。最後には、虫の音ほどにまでなると、風の様に消えていった。

 この日は、何事もなく昌幸様と別れた。


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