屋敷
私は若葉に渡された縄を腰に戻す。そして、彼女の一歩後に付きながら後を追った。
林を抜けた先は、開けた場所になっている。いくつかの田んぼが規則正しく並び、元気よく稲が育っている。風に揺られる稲とは対照的に、かかしが固い表情で田んぼの平和を見守っていた。
田んぼには、私が水浴びをしていた川から水が引かれている。一応ここの存在はあまり公にはされていないので、林の中を木の管が通っているのだ。
中央に見えるのが望月千代女様のお屋敷だ。今日も立派に見える。その左右にあるのが(修正)私達が住んでいる家。一部屋につき、大体五人が一緒に過ごす。さらにその奥に見える細長い簡素な建物が、物置小屋と料理を作る場所。
若葉は真っすぐと、千代女様のお屋敷の方へと足を進めた。
この建物に入ることができるのは、任務がある時だけだ。基本的は近づくことは、あまりよしとはされない。私には良く分からないが、お偉いさんが来ている事があるのだとか。
前回の任務は非常に簡単だった。近くの村を襲っている輩を潰すというものだった。何処から入手したのか、種子島数丁を所持した二十名ほどの集団だったの。しかし、味方三人で根絶やしにすることに成功したのだ。
今回はどんな内容なのかと、少しわくわくしながら歩いていると、いつの間にか屋敷の中に上がり込み、とある部屋の前までたどり着いていた。
歩き出してから初めて若葉は振り返り、
「こちらの部屋です。楓さん」
と頭を軽く下げて廊下の奥へと消えていった。
若葉の後姿を見届けた後、私は目の前の扉に目をやった。立派な睡蓮の絵が描かれた襖で、所々に金箔がまぶされている。この隠里からほとんど出たことがない私でも、高価なものであることが分かる。
この部屋は、いつも任務の内容を聞かされる大広間ではない。ましては、千代女様の私室でもない。初めて入る部屋だ。一見すると客間のように見えるが、若葉のやつ、からかっている訳じゃないだろうな。
少し緊張しつつも、
「楓、参りました」
と膝をついて部屋の中へと声をかける。
「入れ」
千代女様のお許しが出たので、音をたてぬようにゆっくりと襖を開く。顔を少しだけ上げて部屋の中を見渡すと、立派な掛け軸や壺などを背景に、千代女様がすこしばかり高い位置に座っておられた。
「楓。ちこうよれ」
「はい」
千代女様の方へと、背中を向けないように注意して扉を閉めた。出来るだけはやく、音をたてぬようにかかとを畳に沿わして、前へ前へと足を進める。戦闘前に感じる死への恐怖以上に、今この状況の方が緊張で口から心臓が飛び出しそう。それだけ、千代女様が素晴らしい御方だということなのだろう。
ふと私の視線は、千代女様から少し下へと向いた。気になった、というよりは真ん中にあるので視界に入らない方がおかしい。そこには、立派な長物の刀と鞘が鎮座していた。
赤い色をした柄に、立派な深い茶色をした鞘。どうやってねじ込んだのか、ほんの少しだけ刃が赤く反射する刀。赤を基調とした、非常に珍しい種類の刀だった。
刀を見入りながらも足を前へと進め、千代女様の目の前までたどり着く。入る前と同じように膝をつくと、少し顎を下に向けた。
「お呼びでしょうか?」
「あぁ、呼んだ。これについてだ」
千代女様は刀に手を添えると、赤子の様にそりの部分を撫でる。
「…それは、長物の刀ですか?」
「そうだ。これをお前にやる」
その言葉に、私は驚いた。引きつっていた顔が崩れ、口を少しだけ開けると半開きに筋肉が緩む。けれど、直ぐに自我を取り戻すと、顔を上げた。
「た、大変ありがたい事でございます。し、しかし、くノ一たる、いえそれ以前に女である私が刀などというものを持つことが恐れ多く…」
慌てた。
慌てない方がおかしい。
刀とは権力の象徴であり、さらには富であり、財力である。私のようなくノ一。さらに言えば、捨て子のような小娘が持っていいような刀ではない。腰に下げている、簡素な短剣で十分だ。