8 お利口さん
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プレクラスは順調だった。
七緒は指示が理解できず、集団活動に参加していないと以前通っていた保育園からは聞いていた。
ここではどうかと心配していたが、七緒は幼稚園の先生の指示をよく理解し課題を忠実にこなしているように見えた。
事前に発達障害があることを伝えていたからだろうか。
先生は全体に投げかけた後、必ず七緒のそばに回ってなにやら話しかけてくれていた。
「七緒ちゃんは言葉がちゃんと分かるから、助かります。やっぱり一つお姉ちゃんだからですかね〜」
先生はそう褒めてくれた。
プレクラスに通っているのは数名を除きほとんどが一学年下の子供達だ。
七緒は三月末生まれだから、彼らとそれほど変わりはしない。
けれども七緒は一人だけ、どこか大人びて見えた。
タヌキの群れの中にいる一匹のアライグマ。
同じに見えて全く違う基準で生きている。
子供の中に混ざっている大人。
そんな印象が拭えなかった。
七緒が、なぜ保育園で問題があると言われることになったのだろう。
私は集団の中の七緒を見ながら、他児と七緒の違いにばかり目を向けていた。
運動面では明らかに劣っているなと感じる点が多かったが、活動に参加しないなんてことはなかった。
紙芝居にも聞き入り、制作活動にも不器用ながらも一心不乱に取り組んでいた。
この子がなぜ、保育園でそれほどまでに適応できなかったのか、どんな風に過ごしていたのか想像できなかった。
「年明けからはみなさん母子分離をスタートするのですが、七緒ちゃん順調だし、このままチャレンジしてみませんか」
クリスマス会の後、先生にそう投げかけられた。
やれるならぜひお願いします、と返事をした。
聞くと障害を持つ子供は年明けからもしばらく同伴を続けるケースが多かった。
「七緒ちゃんはもう母子分離かぁ。同じ発達障害でも、七緒ちゃんはお利口で……晴翔とは全然違うもんね」
ここで知り合った一学年下の男の子を持つママがため息をついた。
「晴翔はすぐ飽きて脱走しちゃうし。全然座ってらんないし。ほんとに春までに分離できるようになんのかなあ……不安になってきたよ」
そう言って顔を歪める。
明るい調子で口にしてはいるが、本当は泣きたいほど焦っている。
少し赤く潤んだ目にかける言葉を失う。
大丈夫だよなんて言うのも上から気休めを言っているようにしか響かないだろうし、そうだね、と肯定するのも憚られた。
その不安、すごくわかるよ。
それは保育園での様子を聞いた時の、私の不安と同じだもの。
今の私には言われたくないだろうけれど、本当はそう言ってやりたかった。
七緒には正式に発達障害の診断が降りている。
晴翔くんも同じだと聞いた。
発語が遅く指示がほとんど入らないで教室を飛び出す晴翔くんと、周囲がどんなに戸惑っていようと一人でも言葉通りに指示に従う七緒。
ふたりはまるでベクトルが違って見えるのに、同じ診断なのが不思議だった。
七緒には本当に障害があるのだろうか。
ここでの七緒はたとえタヌキの中のアライグマに見えても、誰を困らせることもない優等生だった。