6 千秋
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「あれ? 夕子じゃない? 七緒ちゃんも。ひっさしぶり!」
七緒を児童館で遊ばせていると、背後から大きな声で呼びかけられた。
振り返ると駆け寄ってくる千秋の姿があった。
胸にはふくふくとした白い肌の赤ちゃんを抱いている。
「ほんと、久しぶり。そっか……生まれたんだね」
絵本に夢中の七緒を置いて立ち上がる。
「そうそう、修二っていうのよ。やっと六ヶ月。まだ下ろせないから暑くって。もう、なんか色々とてんやわんやよ」
千秋は高校の同級生だ
七緒と同い年の香澄ちゃんという女の子がいる。
香澄ちゃんは同じ制服を着たお友達と一緒に、少し離れた場所からこちらの様子をうかがっている。
「だれ?」
「……わかんない」
寄り集まってこそこそ話す姿が、小さくとも立派な女の子って感じだ。
何度か一緒に遊んだけれど、それもごくたまにだったし、まだ幼かったから七緒のことなど覚えていないのだろう。
七緒はといえば顔も上げず、絵本に夢中だ。
子供達の後ろで千秋のママ友たちが、こちらに向かって会釈をする。
どれも知らない顔ぶれだった。
園から帰る途中、もうひと遊びさせようと児童館に流れてきたらしい。
「えーそういえば、夕子、先生復帰したんじゃなかったっけ? 今日は開校記念日とか?」
「そう言うわけじゃ、ないんだけど……」
”先生”なんて大きな声で言われて、思わず目が泳いだ。
自分が高校の先生であるということをあまり人には知られたくない。
それだけで”保護者”の輪の中から一人浮いてしまうような気がするからだ。
寄り集まっていた香澄ちゃんたちは、ママたちに何事か訴えかけ、それから階段に向かって一斉に駆け出した。
「千秋、私たち二階にいるね」
この状況に手持ち無沙汰だった子供たちは、二階に遊びに行ってもいいかとママに許可を取っていたらしい。
この歳の女の子はこんなに周囲の状況を読み取ることができるのか、と感心してしまう。
「香澄ちゃんなら見とくから、ゆっくり話しておいで」
「ごめーん。ありがとう」
千秋の返事に手を振ると、ママ達は私に向かって一礼し、きゃあきゃあおしゃべりしながら階段を上がっていった。
「えっ? うそ。本当に先生辞めちゃったの?」
同じ地元に住んでいるもの同士、ごまかしてもいずれはわかることだ。
覚悟を決めて千秋に仕事を辞めた経緯を話した。
香澄ちゃんとは校区も同じ。
いずれ学校で一緒になるのなら、きちんと話して味方になってもらえた方が心強い。
そう考えた。
「でもさ、休職するとか、そういうわけにはいかなかったの? 公務員ってそういうところ手厚いでしょ? せっかく先生になれたのに、もったいない」
話を聞き終えると千秋はそう口を尖らせた。
もともと教師は千秋にとって憧れの職業だった。
私たちは同じ志望校を目指すライバルだったのだ。
千秋は大学受験に失敗し、潔く夢を諦め建築事務所に就職した。
それも産前の不調で辞めざるを得なくなってしまったらしい。
先生って三年も育休が取れるの? なんてずいぶん羨ましがられたことを思い出す。
「集団生活に入れられないんじゃね。それに入学前に訓練とか、療育とかできるだけのことはしておきたかったの。でもそれもなかなかすぐに入れてもらえなくってさ。こうして児童館に来ているってわけなのよ」
「へぇ。七緒ちゃんなんて、全然普通の子にしか見えないけどねー」
私の言葉に千秋は首をかしげた。
「じゃあさ、うちの園なんか合うかもよ。障害児の受け入れをしている園で、脳性麻痺の子とかダウン症の子とかクラスに何人かずついるのよ。受け入れ枠とかあるだろうから、すぐに入れるかわからないけれど、候補にしてみてもいいんじゃない?」
千秋はそう言って、通っている園の名前を教えてくれた。