51 いいお母さん
完璧夕子ーー
知らず私が目指していたもの。
朝子や、千秋に見えていた”いい子”の私。
「私が完璧だなんてそんなこと、全然ないのに。うまくいかないことばっかだよ? 私なんか……」
「あは。全然自覚ないんだからムカつくよね。姉ちゃんは人とは違う、難しい子育てしてんだろ。うまくいかないのなんか当たり前じゃん」
「でも……」
私じゃなければもっと??
いや違う。
うまくいかないのなんか当たり前。
当たり前なんだ。
「絵描きとしても半人前。大騒ぎしてデキ婚したのに、いい母ちゃんどころか毎日怒鳴り散らしてばっか。こんなダメダメな私は、姉ちゃんから見たらなんなのって感じ」
「どこがダメなの。いいお母さんだよ、朝子は」
「ははっ。いいお母さんね。そんなもん、どーだっていい。クソくらえだわ」
朝子は皮肉に口の端を上げ、ため息まじりに吐き捨てた。
「そんな立派な枠に入れてくれなくても私は親だよ。私も姉ちゃんも、誠司さんや吏樹みたいな脳筋だってみーんなただの親。大したもんでもねーくせに、オトナなふりして偉そうに親だの社会人だのやってみせてるだけ。いい大人。いい親。大人になったからってそんなにきばんなきゃだめなもんか? もっと普通でいさせてもらえないかな」
「ごめん。朝子は全然ダメじゃないっていいたかっただけなの」
「気にしないで。自分のこと本気でダメだなんて思ってないから。姉ちゃんから見たらそんなふうに見えるのかなって思ってみただけ」
いい子。いい大人。いいお母さん。
私はどうしてそうありたいと思ってしまうんだろう。
「もう、誰か詩音を叱って! 全然自転車やめてくんない。飽きたって言ってんのに!」
「そんくらい自分でいいなよ、ばかたれ」
「言ったもん! でも誰も聞いてくんないからっ!」
文句を垂れながら駆けてくる莉音を怒鳴りつけ、朝子は莉音に歩み寄った。
莉音の頭を胸に抱き寄せる朝子は優しい。
顔を真っ赤にして飛び跳ねる莉音は、泣いていたのかもしれない。
吏樹さんを振り切り、猛スピードで自転車を乗り回す詩音。
莉音の気持ちにも詩音の思いにも関心を寄せず、よそでやってるフリスビーを見ている七緒。
昔はこんな風にむき出しな子供だった私達が、今は誰かの世話をしてる。
不思議。
いつの間に私達は大人になったんだろう。
「ほんと、なんだろうな。いい親、いい大人って。朝子さんの言う通りだ。俺も七緒のこと夕子に言われるまで何も気が付かなくて、夕子に沢山負担をかけてきた。とてもいい父親とは言えなかったよな。でも夕子や七緒が俺をなんとか父親にしてくれた」
誠司が手にした虫かごを私の首にかける。
昔、誠司がほとんど子育てに無関心だったのを思い出す。
七緒が泣いているのに音量を上げて平気でテレビを見つづけたり、ふらっとひとり外へ出ていってしまったりして、追いつめられたような気持ちになったこともあった。
いつの間にか、誠司は変わった。
七緒の父親に。
「いい父親なんかじゃなくてもいいよ。そのままの誠司で。じゃないと、ふふ、なんか窮屈」
「夕子?」
言いながら、矛盾していることに気がついて笑ってしまった。
誠司が不思議そうにこちらを見る。
「小さい頃ね、私なかなか友だちと仲良くなれなくて、相手は何を望んでるんだろうってことばっかり考えてたの。受け入れてもらうために頑張って、叱られないようにいい子になろうとした。でもどんなに望みを叶えても家族も友達もみんな私より朝子みたいな子が好き。誰も私を選んでくれない。それは私が窮屈で、自分がなくて何を考えているかよくわからないからだったんだね。そう気がついたら笑えてきちゃった」
「俺は夕子が好きだよ。いつも真剣で手が抜けないとことかさ、不器用なとこも」
「変わってる」
「おい。人の趣味にケチつけるなよ。夕子や七緒みたいな虫好きだって相当だぞ?」
私はひとりじゃない。
七緒もひとりじゃない。
弱くても、変わり者でも、きっと誰かの宝物だから。
なんて幸せなんだろう。
もう少し続きます




