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星に願う 〜娘は発達障害でした〜  作者: 遠宮 にけ ❤️ nilce
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49 私の気持ち

挿絵(By みてみん)

「あ、ちょっとまって? 今帰ってきたかも」


 玄関を開けるとネクタイ姿の誠司が子機を耳に当てリビングから顔をのぞかせた。

 出張から帰ってきたんだ。


「え? 代わらなくてもいい? ……そう、わかった。はい。じゃあ後で」


 誠司は通話を終えると子機を戻して玄関に戻ってきた。


「おかえり。七緒、このまま寝かせる?」

「うん」


 ネクタイを緩め、誠司は七緒の靴を脱がせる。

 一度眠ってしまうと七緒はなかなか目を覚まさない。

 誠司は私の胸で眠る七緒を静かに抱き上げると寝室へ向かった。



「出張、思ったより帰り早かったね」

「今戻ったばっかだよ。詩音くんたちの運動会、見に行けると思ってたんだけど、間に合わなかったな」


 ケトルの湯が沸く前に、誠司は私服に着替えて早々に寝室から戻ってきた。

 七緒はあのまま眠ったらしい。


「運動会のこと知ってたんだ」

「出張に出る前の日、七緒が風呂で話してた。運動会なんて出たことないのに、旗が飾られるとかヨーイドンとかって、子供なりにイメージがあるんだよな」

「そうなんだ。前見に行ったときなんか蟻に夢中で、七緒は運動会になんか興味ないんだって思ってたけど」

「俺も。……あ、持ってくよ」


 ケトル湯を注ぐとそれぞれハーブティーの入った自分のカップを持ってダイニングテーブルにつく。

 思いもよらずできた二人の時間になんだか手持ち無沙汰になる。


「電話、誰からだったの?」

「ああ、朝子さん。運動会抜けてきたんだろ? 夕子のスマホが通じないから、心配して家に電話かけてきたみたいだ。そうそう、夕方七緒が落ち着いてたら飯でもどうかって、お義母さんがさ。まだ返事はしてないけど、どうする?」

「そっか、でも私……」


 ばぁばなりの気遣い。

 七緒にパニックを起こさせるつもりじゃなかったと取り繕いたいんだろう。

 でも私はそっとしておいてほしいと思いかけて、ばぁばの気持ちを汲み取ってあげなきゃと塗り替える。

 途端に私の気持ちがわからなくなる。


 子供の頃から周囲がどう思うかが私の一番の関心事だった。

 親が、先生が、友達が。 

 周囲の気持ちがなだれ込んできて揺れてしまうから、関心が大きくなりすぎて、私の感覚を感じる余裕がなかった。

 感じる前に反射的に塗りつぶしてきた。

 これが私の悪い癖。

 私は、私を感じないといけない。


「どうしたい? 七緒はそのうち起きるだろうけど」

「そうだね」


 ふと頭に、しょーがねーなぁとつぶやくさっきの母親の姿が浮かんだ。


 自分が娘に責任をなすりつけるようなことを言って反発させておいて、しょうがないなんて言う。

 親なんてそんなもんだ。

 結構めちゃくちゃで、気分屋で、悪い癖を繰り返して、クソババアなんて反発されて後から追いかけたりして。

 反省してしかたないなあって子供に許されて甘やかされたりしている、誰も彼も完璧から程遠い生身の人間だ。

 現にばぁばだってそうじゃないか。


 なら私も私の気持ちを見せればいい。

 しかたないなんていつも親を許してやるいい子じゃなくていい。

 私は何が好きでどう感じて何を思っているか、言葉にしていい。

 私でいいんだ。


「せっかくだから今日は家族で過ごしたい。ゆっくりしたいの」

「いい案だと思うけど、珍しいね。夕子がお義母さんの誘いを断るなんて。朝子さんから聞いたけど、お義母さんと運動会トラブったんだって? その埋め合わせで誘われたんだろ?」

「でも私、今は会いたくない。疲れるし、そっとしておいてほしいから」


 口にすると実感する。

 私は今、そっとしておいてほしい。

 強い気持ち。

 それが私の気持ちなんだって。


「いいね。じゃあそうしよ。や~ホッとしたぁ。俺も今日は家でゆっくりしたかったんだよ。結構きっつかったんだわ今月。ようやく昨日山を越えてさ〜」


 斜向いで誠司がテーブルにくったり頭を付けてくつろぐのを見て、そういう姿を見るのはいつぶりだろうと思う。

 こんな姿だけじゃない。

 誠司がどんな気持ちでいたかずっとちゃんと見ていなかった気がする。

 いつもそばにいたのに。


「おつかれさま」

「夕子も」


 さらりと流れる誠司の髪に指を入れ頭をなでてやると、誠司は黙って手を伸ばし私の肘をさすった。


 社会は気持ちのやり取りでできている。

 だから私も眼の前の相手に私の気持ちを伝えていなくちゃいけないんだ。




 夕方ばぁばに断りの電話を入れると、そっけないくらいあっさりと受け入れてくれた。

 誠司さんも出張帰りで疲れているだろうし仕方がないわねなんて、私の気持ちをどこまで理解しているかわからない納得の仕方をしていたけれど、自分を主張できたことで十分すっきりした。

 すっきりどころか、ばぁばが思いたいように好きに思えばいいやという開き直りが生まれてきて、不思議な気持ちになった。

 ばぁばの目にしっかりした完璧な大人に映るよう気を張ってばかりいたのが嘘みたいだった。


 私は私で私のまま、誠司の妻で、七緒の母親だ。

 それでいいんだ。

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