5 受診
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中が血まみれの上履き。
血の色に染まった靴下。
これらが証拠となり、保育園は怪我が保育中のものであったことを認め、謝罪した。
痛がる様子は見られませんでした。
泣いて訴えてくることもなかったのです。
まさかそんなことになっているなんて、と担当保育士は心底驚いていた。
他の痣についても尋ねたが、それは園でできたものかはっきりしないという返事だった。
ただ、七緒ちゃんは運動があまり得意でなく、よく何かにぶつかったりはしています。
そういう時も泣いたりするようなことはなく、いつもそのまま走り回っているのです。
痣になるほどの怪我であればそんなことはできないと思うのですが……。
そう言って保育士は言葉を濁した。
その後園長から話があった。
七緒はおしゃべりで誰とでも話をしますが、友達の名前を実は一人も覚えていない。
集団活動に参加せず、カーテンや机の下に隠れてしまう。
指示自体あまり理解していないようだ。
本人のためにも一度専門機関に見ていただいてはどうですか。
お母さんだってきっとお困りのことがあるでしょう?
怪我のことだって、気になりますしね。
園長はまだどこか虐待を疑っているような鋭い目を私に向けた。
七緒に集団生活は合わないのかもしれない。
保育園だけでなく小学校、中学、高校だって他の子と同じように通うことができないかもしれない。
帰り道、園長から聞いた話が頭の中を占拠して、私の心はどこまでも沈んだ。
七緒は、もしかしたら……。
紹介された地域の保健センターで相談すると、そういったケースであれば……と療育センターを紹介された。
ただ診察を待っている人の数が多く、初診の予約は今とっても半年後になるそうだ。
医療センターや別の小児精神科をあたったほうが、予約が取りやすいかもしれませんと促された。
最短で予約が取れたのは、隣の市にある小児精神科。
診察は一ヶ月後となった。
小児精神科では、まず医師がおもちゃを介しながら会話によるやりとりを十分ほど行った。
それから医師は七緒を同室の看護師に任せ、私の話を聞いてくれた。
ここに至った理由と、これまでの困りごと、七緒の行動の疑問。
私はありったけの出来事を淡々と吐き出した。
それでも自身の自傷のことだけは打ち明けることができなかった。
それは七緒の話じゃない。
私の話だから。
そう心に言い聞かせつつ、嘘をついているような罪悪感にかられた。
まるで日々驚きもせず、静かに七緒に対応してきた立派な母親みたい。
そんな印象を与えたのなら、それは嘘だ。
私は日々発狂し、途方にくれ、孤独に打ちのめされていた。
話を聞いた後、医師は七緒さんには発達障害の疑いがあります。
追って幾つか検査の予約をとっては如何でしょうか、と提案した。
発達障害。
園から受診を促されて以来、そうではないかとうっすら考えて始めていた。
どうしてもっと早くに気がつかなかったんだろう。
仮にも教員なのだ。
これまで発達障害の生徒を受け持ったことだってあったはずだ。
何かピンとくるものがあっても良かったんじゃないか?
でも私の知っている彼らはすでに高校生だった。
幼い頃がどうだったのか私は知らない。
床に寝そべりながらおもちゃの指人形を並べている七緒に目をやる。
看護師に人懐こくしゃべりかける姿に、やっぱりそんなはずないこの子は普通の子だ、という思いも同時に沸き起こる。
七緒さんは独特ですがとてもまっすぐないい子です。
優しい子に育っていると思いますよ。
きっと上手に受け止めてこられたからですね。
看護師と話す七緒を眺めながら、医師は柔らかな微笑みを浮かべた。
私は精一杯やってきた。
それを認めてもらえた気がした。
天から注ぐ一筋の光のように温かい言葉だと思った。
それと同時に、いいえ、まったく上手になんか受け止めてなどこられなかった。
私はひどい、ダメな母親なのだ、という思いが募った。
医師に隠していることがあるだろう?
口にすることができなかったいくつものシーンが浮かんで、私を苛んだ。
私は九月に仕事を辞め、七緒を退園させた。
次は一章の登場人物紹介です。