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星に願う 〜娘は発達障害でした〜  作者: 遠宮 にけ ❤️ nilce
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47 叫び

挿絵(By みてみん)

 47


「ほれ、莉音が走るぞ」

「ええっ、もう?」


 じぃじの声にばぁばは慌てて尻を浮かせた。

 膝を立てシートの手前側でカメラを構えている朝子の元へ擦り寄る。


 声をかけた当のじぃじは運動場を見ようとせず、私のそばに膝を寄せた。


「ああは言うけどな、ばぁばは孫が心配でしょうがないんだ。お前が七ちゃんをあんまり連れてきてくれんから寂しがっとる」


 やはりじぃじは私に助け船を出すつもりで、ばぁばに声をかけてくれたのだ。

 賑やかな放送の中小声でやりとりしていたので平気だと思っていたが、同じシートにいるじぃじには内容までしっかり聞こえていたようだ。


「ごめんなさい」

「いやいや。たまにふらっと顔を見せてくれればいいんだよ。同じ市内なんだ。園に行ってないんだったらいつでも来られるだろ。七ちゃんのことも一人で頑張らずもっと頼りにしてくれたら、その方がばぁばも喜ぶ。な」


 じぃじに肩を叩かれ、薄ら笑いを浮かべる。


 ばぁばに七緒を会わせるのは緊張した。

 一昨年の運動会のときのように、パニックを起こす七緒を見られたらどう思われるか。


 七緒を賢い子と評価してくれているばぁばに、失望されるのが怖かった。

 うまく対応できず、つられてパニックになる情けない私の姿を見せるのも惨めだ。

 それに私は、どうしてもばぁばに心乱されてしまうから……。


 実家を頼るなんて、考えられない。


「わしは仕事ばっかりで家のことは何もしてやれんかったが、ばぁばが二人を立派な母親にしてくれて感謝しとる。ばぁばはお前らを育てた大先輩なんだから、遠慮せんとどんどんもっと頼ったらええんよ」

「うん……そうだね。そうする。ありがとう」 


 遠慮じゃない。

 ばぁばが怖いの。


 そんな子供みたいなこと、言えない。

 言葉を飲み込み笑ってみせると、自分が少し浮かんでいるような感じがした。

 蛇が脱皮するように、私が私の表面から剥がれて空気に滲んでいくような。


 自分の声が綿に包んだようにくぐもって響く。

 本体を手放して溶けて、私はもうどこにもいない。

 幻のような。




「もう! 莉音まだ入場門に並んでるじゃない」


 空気を突き破るような尖ったばぁばの声に、はっと顔を上げた。

 幻の感覚は消え、くっきりとした輪郭を感じた。

 体に急にGがかかったみたいな倦怠感を覚える。


「そうだったか?」

「朝子に邪魔するなって怒られたわよ」


 じぃじはあっけらかんとそ知らぬふりを決め込む。

 朝子にきつく言われたのか、ばぁばはキンキンした声を出し恨みがましそうにじぃじを睨みつけた。


「席じゃどうしてもぶれるから、もっと前行って撮るわ」


 ショルダーバッグを引っ掛けた朝子が三脚とカメラを持って靴を履き、シートを降りた。


「朝ちゃん、莉音もう出るの?」

「だからぁ、いちいち人に聞かないで自分で見てればいいだろ。門に並んでるって言ってんだから」


 朝子はしつこく確認しようとするばぁばを一蹴した。


「姉ちゃん、七ちゃん一緒に連れて行ってもいいか?」


 背中をついてくる七緒を見て朝子が声をかける。


「あ、うん」


 私の返事を聞いて朝子の旦那の吏樹(りき)さんが七緒に靴を履くよう促す。


「あ、大丈夫です。七緒は私が連れて……」


 声がかすれて届かない。


 しっかりしなきゃ。

 朝子はばぁばの言葉など歯牙にも掛けず、素直に自分の気持ちをぶつけている。

 じぃじはばぁばの態度にいちいち傷つけられたりしないで、笑って受け止めている。

 圧倒されてぼんやりしている場合じゃない。


 強くならなきゃ。

 私は七緒の……。


「夕子はじぃじとぐちゃぐちゃ喋ってないで自分で七ちゃん見なさいよ。親でしょ! 朝子たちに任せっぱなしだなんて、ねぇ。カメラの邪魔になるのに」


 ばぁばの牙に、まるで力のない子供になってしまったような情けなさがこみ上げる。


「いやっ……うちは全然構わないよ。なぁ」


 ばぁばに同意を求められて、七緒に靴を履かせていた吏樹さんが朝子を見上げた。


「いえ、そんな……悪いですよ。七緒、やっぱり私と一緒にここにいよう」

「ええっ? どうして?! カメラ見に行くよ?」


 私の言葉に七緒が大声を出す。

 行ってもいいと言われ期待していたのだから、納得できなくて当然だ。


 でも応援席の前の方はカメラがいっぱいだ。

 朝子のカメラだけではない。

 七緒の動きでは誰に迷惑をかけるかわからない。

 そう気付いたらとても連れて行くことはできなかった。


「ダメ。邪魔になるって今ばぁばも言ってたでしょ」

「どうして!! さっきは行ってもいいって言ったよ?」

「ごめん。でも本当に危ないから……」


 運動場の土を削るように七緒は靴をバタバタさせ、隣のブルーシートに土をかけた。


「あっ……」

「こらっ、なにしてんの。迷惑じゃない! ……んもう、早くやめさせなさい!」


 ばぁばが後ろから七緒の背中に手を伸ばす。

 強引に脇に手を入れ、シートに引き込もうとする。


「いやぁっ!」


 無理やり止められるのだと思ったのだろう。

 七緒は激しく足をバタつかせる。


「今更無理ですよ、お義母さん。七緒ちゃん。おじさんとカメラ見に行けるから、大丈夫だから」

「すみません、いいんです。カメラも大変だろうし、こんな状態じゃ迷惑だから」


 足を抑え吏樹さんがなだめるも、七緒は低いうなり声をあげて不満げに睨みつける。


「全然。大丈夫。これだけ大人がいるんですからなんとかなりますよ。それに僕らが七ちゃんに期待させてしまったんで」


 行けるか行けないか。

 くるくるかわる展開に七緒の気持ちがざわざわ揺れる。


「あたしらがいいって言ってんだから、行かせてやりゃいいじゃねーか。困るなら姉ちゃんにそう言うし」

「連れて行くなんて、あんたたち非常識ねえ。あんな三脚のいっぱいあるところ、子供が倒したらどうなるか。どうせ考えてもいやしないんだろう。無責任に誘うもんじゃないよ! いいからここにいさせなさい」

「そんなこと言ったって、七ちゃんはもう期待してるんだもんなぁ。じゃあ、じぃじとお散歩行こうか」


 あちこちから降り注ぐたくさんの提案に、七緒は両手で耳を塞いだ。



 いけない、七緒が叫ぶ。


 私は七緒を抱き上げて席を立った。

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