46 ばぁばの気持ち
「もうすぐ莉音の出番だね。放送があったわ」
「うん。次の次かな」
応援席へ入ると、朝子はリュックから三脚を取り出しているところだった。
今年は詩音も児童席で待機しているので応援席にはじぃじやばぁば、大人たちしかいない。
「おはよう」
「あら、七ちゃん……」
笑みを浮かべ、ばぁばが手を広げる。
しかし七緒はばぁばには目もくれず、すっと三脚へ近寄って行ってしまった。
わざとじゃない。
目に入っていないのだ。
「七緒、挨拶は? あ、ちょっと靴!」
「いいわよぉ、まだ小さいんだから」
靴を履いたままシートに上がるなんて真っ先に叱られると思ったのに、庇われてびっくりする。
遅れて来たことにも嫌味の一つくらいは出るだろうと覚悟していたけれど、今日のばぁばはひどく上機嫌だ。
それでもさすがに靴のままなんてまずい、と七緒を膝の上に座らせ靴を脱がせる。
「そうそう、七ちゃんはいつ運動会するの?」
ばぁばが七緒の顔を覗き込んだ。
「しない」
七緒がにべもなく即答し、思わず頬が引きつれる。
「……実は七緒、園を辞めたの」
「辞めた? 幼稚園を? ……じゃあ、今どうしてるのよ」
ばぁばは驚いてキンと尖った声を上げ、すぐにハッと口をつぐんだ。
それから周囲を気にするように見て、私の腕を掴む。
「一年前よね。保育園でごたごたあって、あんたが仕事を辞めたの。理解があるところがいいからって、わざわざ朝子んとことは違う園を選んだんだろ?」
顔を寄せて声を潜める。
「そうだったんだけど……」
「まぁ障害児枠だったもんねぇ。私もちゃんと教えてくれるところに変わったらいいとは思ってたけど。七ちゃん、何もわからない子ってわけじゃないからね。口も達者だし」
ばぁばは私の答えを待たず、七緒に対する自分の思いを吐露しはじめた。
いくら声を潜めても、目の前の七緒には聞こえてしまうのに。
どう返して良いかわからず、曖昧な笑みを浮かべる。
「ビデオで見せてもらった七夕の音楽会じゃ鈴なんて持たされて、つまらなそうだっただろ。教えればピアニカだってできたのに。障害児扱いなんかさせるから」
七夕会で起きたことをばぁばは何も知らない。
介護の仕事が抜けられず、後日誠司の撮ったビデオでステージを見ただけなのだ。
せっかくの晴れ舞台。
ばぁばにはステージの外で起きたことなどわざわざ知らせなくてもいいと、皆黙っていた。
「そんな話、今は……」
「見てごらん。今だって七ちゃん、朝子のビデオカメラに興味津々。研究者タイプねぇ。障害児枠なんてもったいないわ」
膝の上の七緒はカメラを乗せて三脚の調整している朝子の姿を食い入るように見つめていた。
私とばぁばのやり取りなんてまるで耳に入っていないようだ。
七緒は立ち上がり朝子の元へすり寄っていく。
「あの子は賢い子よ。詩音や莉音とは目の付け所が違うもの」
七緒は賢い。
賢いから子供染みたことに興味が持てない。
ばぁばのイメージは七緒の障害を告げた後も今も変わっていない。
そしてそれは半分真実だ。
七緒の興味は、仲間であるはずの子供らではなく、大人の仕事やものの仕組みに向いていた。
確かに七緒は賢いのだろう。
でも七緒が子供に溶け込まないのは賢いからだけではない。
曖昧で移ろいやすい子供たちの行動の意味がわからないから、興味が持てないからでもある。
わからない集団の中で、わからないものを楽しむようにと押しつけられて、長い時間を過ごしていくのは辛い。
「もったいない……かもしれないね。でも私、学校に入るまではゆっくり七緒のペースでいいんじゃないかなって思っているの。療育や少人数のクラスで……」
「親が子の可能性狭めてどうするんだい!」
ばぁばは突然激昂し、私の言葉にかぶせるようにピシャリと言い放った。
「あんた、まだあの子を障害児扱いする気かい? 療育って障害児しかいないんだろ。七ちゃんは賢いのにいったい何がいけないっていうんだ。私だっていろいろ調べたんだよ。今は何でも障害にするけれど、発達障害なんてタイプの違いみたいなもんだっていうじゃないか」
小声だけれどばぁばの口調ははっきりと興奮を伝えていた。
「そうかもしれないけど……」
「しっかりしなさい! 夕子は母親だろう。七ちゃんはできる子。親が認めてやらないでどうするんだい」
七緒が抱えているのはやらせればできるという問題じゃない。
喉の奥で言葉が詰まる。
「とにかく、ダメよ。障害児扱いなんて。七ちゃんには合わない。普通でいいのよ。タンポポでもいいし……朝子と一緒が嫌なんなら私がいい園を探してあげる」
そんなの困る。
言わなきゃ、七緒が翻弄されないように私が守らなきゃ。
そう思うのに声にならず俯いてしまう。
しっかりしなさい。
親なのに。
ばぁばの言葉がショックで、全身の力が抜けていく。
私だってこんなダメな親じゃない、しっかりした親になりたかった。




