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星に願う 〜娘は発達障害でした〜  作者: 遠宮 にけ ❤️ nilce
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42 七緒は素敵

挿絵(By みてみん)

42

「……ここから園庭がよく見えるんですね」


 教室の窓に顔を向けると、白いポリ袋を手に園庭を横切る七緒が見えた。

 前に立つのはバケツを運ぶ用務員さんの姿。

 七緒を振り返り笑いかける。


「ええ。子供達から園庭に出た七緒ちゃんがどう見えていたのか、もっとよく考えればよかった」


 子供達から。

 送迎や役員会で出入りする保護者達から。

 優里香先生は眉を寄せて息をついた。


 退園の書類に印鑑をついて差し出すと、優里香先生は不織布でできた大きな手提げ鞄を机に置いた。


「注文されていた写真です。新学期に渡そうと思っていたのですが。それから工作はこちらに」


 中に大判の紙袋にピンクのリボンでまとめられた色画用紙の束が入っているのが見える。

 たった数ヶ月の間だというのに手提げはずっしりと重い。


「それから、これは七夕会の写真です。注文はされてなかったと思いますが取っておいてください。せっかくの、舞台ですから」


 オレンジ色の封筒を差し出し先生は目を伏せた。

 七夕会の写真だけ別の封筒に入れて渡すのは、知らずに見て気持ちが乱れることがないように配慮してのことだろう。


「……ありがとうございます」


 受け取る手が震える。

 この写真を見る勇気が、今の私にはまだ、ない。


「短い間でしたが、本当にお世話になりました」


 手提げ袋を手に席を立った瞬間、七緒が教室の扉を勢いよく開いた。

 ばんと音を立て、ガラスが震える。


「こら、七緒。びっくりするじゃない」


「もらったの!」


 いさめる言葉も押しのけて、七緒は机の上に白いポリ袋を置いた。


「森さんがくれたんだ。もう使わないから持って帰っていいって。すいそうに入ってたかざり!」


 スマイリーのように口角を上げてニカっと笑う。

 遅れて用務員さんが息を切らしながら教室に入ってきた。


「七緒ちゃん、早いよ。森さんはおじいさんだから、急に走って行っちゃたら、おいつけないんだよ?」


「だって早く見せたかったから、ほらこれっ」


 得意げな顔で七緒が袋から取り出して見せたのは、七夕のオブジェだった。


「これは、七夕会の……」


 星空の下、色とりどりの短冊が揺れる笹飾りを男の子と女の子が見上げている。

 用務員さんの手作りで、七緒がママ達の間で乱暴な子だと噂されるきっかけになった水槽のオブジェ……。


「あ、すみません。お母さんは七夕会のことなんて、思い出したくもないよなぁ。……七緒ちゃん、これじゃないのにしよう。森さんもっといろんなの倉庫に置いてあるから。そうだぁ、雪うさぎとか可愛いのがあるぞ。七緒ちゃんうさぎさん好きだろう」


「ダメ!」


 森さんの手がオブジェに伸びると七緒はオブジェを胸に抱え込んだ。

 プラ板でかたどった星空が歪み、笹の葉と短冊が七緒の胸でぐしゃりと潰れた。

 森さんがいくら七緒の興味を引こうとしても、一度決めたら七緒の主張は変わらない。


「これがいい。森さん七緒にこれをくれるって言った!」


「ああっ、乱暴にしたら折れちまう……よわったなあ」


 伸ばしかけた手を引っ込めて用務員さんは頭をかいた。


「……綺麗な星空だね」


 口をついて出たのはそんな言葉だった。

 オブジェを固く握りしめる七緒の手に指をかけると、七緒は力を緩めた。


「これはね、天の川だよ!」


 星に願いをかけた子供達が空を見上げている。

 水槽に入れてしまうと後ろ姿しか見えないのに細かく表情が付けてある。


「ね、かわいいでしょう。水に入れたら揺れてもっとかわいいよ」


 七緒は首をかしげうっとりした顔をした。


「七緒、お礼は言った?」


「ありがとう。だいじにするから」


 七緒は私の投げかけに、はっと顔を上げあわてて礼の言葉を口にする。

 これでもうこのオブジェは自分のものだ、というように抱えながら。


「すんません。気が利かないもので。なんか、思い出になるもの渡してやりたかったのですが、こんなもんになってしまいまして」


 用務員さんは困ったように眉を寄せて頭を下げる。


「わし、毎日楽しかったんですわ。七緒ちゃんが後をついてきてくれて、いろいろおしゃべりしてくれるんが面白くてね。この子はホントに賢い子ですな。なんでもよく知ってる。森さん、七緒ちゃんにいろんなこと教えてもらったんだよ、なぁ?」


 用務員さんは私に話しかけながら気まずそうに目を落とし、七緒に呼びかけた。


「うん。でも森さんも幼虫のこととか、葉っぱの栄養のこととかいっぱいおしえてくれたよ!」


「宇宙のことは七緒ちゃんが詳しかった」


「星のことは優里香先生が教えてくれたんだよ。七夕のお話」


 七緒が優里香先生を振り返る。


「あら、七緒ちゃん一番詳しいのはママだって言ってなかった? 理科の先生だからって」


「そうだよ! だって専門家だもん!」


 大人達の間でさも自分も対等な仲間であるかのように顎を上げて話す七緒は、優里香先生の言葉に得意げに笑った。


「あはは。七緒ちゃんもしっかり勉強して、いつか立派な専門家になってくださいね。森さん楽しみにしてるからね」


 こうして頭を撫でてくれる人達と七緒は今日別れる。 


 七緒は素敵。

 人に大事にされていいんだ。

 歓迎される場所で生きていい。


 ふと脳裏に、ななちゃんななちゃんと慕う従姉弟の莉音や詩音の姿が浮かんだ。

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