38 優しくされていい人間じゃない<FA:天界音楽さんから>
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……私はおかしい。
こんな痣作って。
私なんかがお母さんになどなっていいはずがない。
「もうしないって……自分の意志で止められるようなもんなら、最初からこんなひどいことするはずないだろ。いつから? いつからこんなことするようになった」
「…………子供の……頃」
自傷の癖は今に始まったことじゃなかった。
でも初めてしたのはいつなのか思い出せない。
小さい頃いつも自分の足を踏みつけていたから、私の靴はどれも真っ黒だった。
苦しい言葉を飲み込むときは脇腹をぎゅっと握りしめていた。
その癖のせいで私の脇腹はみっともなく浅黒い跡が残っている。
それが自傷?
いいや、その程度のことは誰にでもある。
退屈しのぎに爪を噛んでしまうのと変わらない、ちょっとした癖。
大したことじゃない。
最初はそんなものだった。
なのに。
青く盛り上がった醜い腕の痣が悪魔の影みたいに浮き上がって映る。
私の行動はいつの間にこんなに肥大してしまったんだろう。
どうして、こんなことになってしまったんだろう。
「子供の頃から、そう。だから、誠司のせいなんかじゃない。その反対。今が一番……誠司とすごすようになって、そんなことしなくて済むようになった。だけど、私がダメだから……おかしいから……」
おかしな私でも、一所懸命頑張るから、失望しないで。
私を見捨てないで。
「俺って最低な。お前がそこまで思いつめているなんて全然気付かなかった」
「ちがう、そうじゃない」
誠司は最低なんかじゃない。
手のひらに嫌な汗がにじむ。
傷つけた。
いるだけで私は人を傷つける。
私の存在は悪だ。
一緒にいて大切な人にそんな風に感じさせてしまう私なんか、いなくなって仕舞えばいい。
「誠司のせいじゃない、私が……」
透明になりたい。
私がいなければ。
朝子を傷つけずに済んだ。
千秋を苦しめることもなかった。
七緒だってもっとちゃんと……
私がダメだから。
「なんで夕子が苦しんでんのに気付かないのが、夕子のせいになんだよ。お前、言ってることがおかしいぞ」
誠司の呆れたようなため息。
私に失望しないで。
ああ、でも仕方がない。
失望するしかないような、どうしようもない人間、母親じゃないか。
「難しい子供を育ててるのに、夕子は弱音も吐かず一所懸命やってくれてる。俺じゃ気づかなかった七緒の障害のこともいち早く気がついて、療育も、園だって積極的に求めて頑張ってくれてた。だから安心してたんだ。夕子がいるから七緒は大丈夫だって。七緒のことを全部夕子に押し付けて……俺のせいじゃないわけないだろ」
誠司の温かい手のひらが私の手を包む。
「違う、私が壊れてるから、普通のお母さんなら当たり前にできることができないだけ。こんなことするなんて私が異常なの。私なんかがお母さんじゃなかったら七緒はもっと……」
誠司が手で私の口を塞いだ。
口にすると、音になると、実にその通りだと思えた。
惨めな気持ちが一層募り、涙があふれる。
「夕子が自分を否定したら、俺は傷つく。だからって取り繕って平気なフリなんかされたらもっと傷つく。いつも笑顔で明るくいて欲しいだなんて思ってない。理想の母親になれなんて言ってない。お前がいいんだ。どんなお前でも嫌いになったりしないから、頼むから」
口から手を離し抱きしめる誠司の言葉に心が揺れた。
どうして優しいんだろう。
頷きながら途方にくれる。
ふわりと胸が浮くように暖かく心地よいのにそれが不安だった。
それは私には似つかわしくない恐ろしいほどの幸せで、怖くて逃げ出したくてたまらなかった。
私には誠司の期待に応えられない。
期待に応えるだけの力なんてもう残っていない。
そんな優しくされていい人間じゃない。




