4 虐待
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三年間の育休の後、私は復職した。
私の知っている生徒達はまるっと卒業して新しい顔ぶれになり、異動で職員室内も様変わりしていた。
懸念していた七緒の保育園も勤務先の近くに確保することができた。
準備が整い、これから順調に新しい生活がスタートする。
そう思っていた。
入園して三カ月ほどだった頃だろうか。
迎えにいくと少しお話しよろしいですか、と園長に呼び止められた。
世間話から始まり、家での様子はどうか、など目的の見えないまどろっこしいやりとりが続いた。
時間ばかりが過ぎ、この話の行き着く先はどこだろうかと訝しく思い始めた時、七緒の痣の話が出た。
確かにこの頃七緒の体には無数の痣ができていて、私も気にはなっていたのだ。
どうしたのかご存知ないですか、と尋ねる園長の視線から、虐待が疑われているのだとわかった。
これまでのやりとりはすべて、家庭での虐待を探るための質問だったのだ。
痣だらけの体。
母子分離があまりにもスムーズなこと。
七緒が無表情なこと。
私の七緒への接し方に温かみが感じられないこと。
七緒の年齢にそぐわない知識やしゃべり方さえ、虐待とつなげて解釈されていた。
虐待を疑われていると気づいた瞬間、胸の中に言葉にならない怒りが煮えたぎった。
なぜ。
私なりに、一所懸命愛情を注いで育ててきたのに。
なぜ。
その一方で私の胸に否定的な気持ちが浮かぶ。
確かに私は七緒を傷つけたりはしなかった。
けれども私の養育態度は虐待ではないとはっきり言えただろうか。
泣いている七緒を放置し、部屋に引きこもり、いい加減にしてと恫喝し、目の前で自傷した。
これも立派な虐待だと、言えるのではないだろうか。
精一杯頑張ってきたつもりでも、至らなかった。
能力が足りないのだ。
私には、子育てなんて、できない。
私はダメな母親なのだ。
虐待。
その言葉に私はすっかり打ちのめされてしまった。
それでも事を荒立てられないのが私だった。
疑いの眼差しを浴びながら、毎朝淡々と七緒を園に運び続けた。
「保育園に行くようになってから、七緒、痣がひどくないか。風呂に入れる時見たんだけど、今日なんか足の小指の爪が半分無くなってたぞ」
七緒を寝かしつけてリビングに戻ると、誠司はわざわざ見ていたテレビのスイッチを切り、そう切り出した。
どうしたのかと尋ねても七緒はわからないの一点張りだったという。
けっこうな怪我をしているというのに連絡一つよこさないなんてどうかしている。
園は把握しているのか。
状況を確認すべきだ、と誠司は主張した。
翌朝、園で七緒の上履きを確認すると中は血で真っ赤だった。
保育士に七緒の足と上履きの中を見せ、何があったのか確認したが保育士にも覚えがないようだった。
七緒は一人で靴下を履き替えていたらしく、ロッカーの奥から血まみれの靴下が発見された。
以前園長から痣の事を尋ねられましたけれど、痣が増えて心配しているのは私たちの方なんですよ。
園に通うようになってから七緒は痣だらけで、でもどうしてできたのか一切わからない。
七緒は園でどんな風に過ごしているのですか?
話しているうちに涙が止まらなくなった。