31 私の選択
31
家に着いてすぐ朝子とじぃじにそれぞれお礼の電話を入れた。
朝子のうちでは莉音や詩音が電話口で騒ぎ、七緒の声を聞きたがった。
スピーカーにして七緒を出すと、子供達は今日の七夕会のことではなく、夏休みに何をして遊ぼうかという話で盛り上がっていた。
七夕会の話を避けたのは、彼らなりの気遣いだったのかもしれない。
それに対して七緒が何を思っているのかは、さっぱり見えてこなかった。
七緒の様子は普段とどこも変わりがなかったからだ。
じぃじにかけた時は、仕事で来られず何も知らないばぁばが出て、七夕会どうだった? 何をやったの? と七緒を質問攻めにした。
それに対しても七緒は興味なさそうに上手くできたと返していた。
「今日のこと、どう思っているんだろうね。七緒」
状況がちゃんと理解できていなくて、それほど傷ついてはいないのだろうか。
それともわかっているけど、誤解されることなど日常だと割り切っているのか。
昼間、教室で寝っ転がって本を読んで笑っていた七緒は、まるで宇宙人のように思えた。
感情の見えない謎の生き物。
香澄ちゃんや友梨ちゃんのように、泣いたりわめいたりしてくれればよかった。
悔しいなら悔しい、悲しいなら悲しい、そんな風に訴えて欲しかった。
心の動きが見えたなら、そこから紐解くことができる。
七緒の気持ちを知れば、寄り添えたかもしれないのに。
「わからない方がいいこともあるさ」
カーペットに寝っ転がって窓の外を見ている七緒を見下ろす。
誠司は七緒が事態を理解していないと思っているのか。
そうなのかもしれない。
いや、そう思いたい。
でなければあまりにも立つ瀬がないじゃないか。
これまでも園でいろんなことがあったはずなのに、私の目に映る七緒はずっと変わりなく穏やかだった。
今日の話を聞いても七緒は園で困っていないはずないのに、私や誠司には何のサインも感じられなかった。
状況がわかっていないのなら仕方がないと思える。
そうでなければ、私は一体七緒の何なのだろう。
苦しい思いや嫌な気持ちを抱えていても頼ってももらえず、よそからこうして聞かされる。
何も気付かずただ側にいるだけの存在。
私は七緒がわからない。
七緒を寝かしつけた後、誠司とこれからのことを話した。
私は昼間教室でも話した通り、今の園に通い続けたいと主張した。
別の園へ行きまた同じような経験を繰り返すよりも、先生の協力を得られる今の園で関係を修復していきたい。
悲しいことがあったけれど、現状を園と共有し同じ方を向いていけるようになったんだと前向きにとらえよう。
保育園の時のように園に誤解され、敵対しなくてはならないことだってありうるのだから。
そう誠司を説得した。
しかし私が強く残留を主張した動機には、根本的な恐れがあった。
別の園……たとえば莉音や詩音の通うタンポポ園でもし同じことを繰り返したなら、七緒は従姉弟達にも呆れられ、見捨てられてしまうかもしれない。
そうしたら七緒は本当に一人ぼっちになってしまう。
無邪気に七緒を慕ってくれる莉音や詩音との関係を壊したくなかった。
見捨てられるのが怖かったんだ。
「俺は夕子が苦しまなければ、それでいい」
教室では転園を強く勧めていたはずの誠司は、あっさり私の意見を尊重した。
その時は安堵のあまり気がつかなかったが、ベッドに入り思い起こしてみると誠司の言葉は不思議なものだった。
私が苦しむ? 七緒じゃなくて私が?
背を向けて眠っている誠司に、今更尋ねることも出来なかった。
七夕会の振り替え休日の後、一週間もすれば夏休みだった。
クラス全体に非難されたともいえるような辛い事件の後なのに、七緒は平然とバスに乗り、園へ通った。
あの後、友梨ちゃんママから改めて謝罪の電話があった。
結局、友梨ちゃんがママにどうして自分を押し倒したのは七緒だと嘘をついたのかについては、聞くことができなかった。
事実ではないにしろ、すでに友梨ちゃんママの耳にも届いているであろう七緒に関する幾つもの噂が影響しているからだろうか。
入園前から毎週のように顔を合わせていた関係とは思えないくらい、電話口での友梨ちゃんママの声はよそよそしかった。
礼儀は果たす。
けどそれだけ。
誰も私たちなんかに深く関わりたくなどないのだ。
千秋からは何の連絡もなかった。
友梨ちゃんとの事件の時、相手の気持ちを収めるために早く謝ったほうがいいと千秋は私の手を引いてくれた。
七夕会の時は気が動転してきついことを言ってきたけれど、もともと教員志望できっちりした性格だ。
事実がはっきりした今、家で香澄ちゃんとしっかり話し合ってもう一度私や七緒にきちんと向き合ってくれる。
そう信じていた。
連絡がないのは行事の後、振り替え休日を含め親戚と計画していたことがあったからかもしれない。
修二くんや香澄ちゃんの体調でも悪くなったからかもしれない。
そう思ってみたものの、なんの音沙汰もないことが気にかかった。
千秋のようなきっちりした人はきっと何よりも優先して連絡をくれる。
そんな気がしていたからだ。
それから数日後。
七緒を園へ送り出した後向かったショッピングモールで、千秋達とすれ違った。
千秋は眠る修二くんを背負い、なぜか香澄ちゃんの乗った子供乗せカートを押していた。




