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星に願う 〜娘は発達障害でした〜  作者: 遠宮 にけ ❤️ nilce
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29 七緒の評判

挿絵(By みてみん)

29


 教室にひとり残された七緒は、友梨ちゃんと私たちのやりとりの間も平安な状態でいるように見えた。

 床にうつ伏せに寝そべり本を広げて、まるで青空のもと草原の風を浴びているかのように、ご機嫌に足を上下に振っている。

 周囲の喧騒など自分には何の関わりのないこと、といわんばかりだ。

 遠目に見る七緒の振る舞いにきゅっと胸が軋む。


「せっかく出てきてくれたので、友梨ちゃんから先にお話ししましょうか。深町さんちょっと教室にいていただいて良いですか」


 優里香先生は人払いをするように誠司たちに目配せをした。

 朝子はそこで莉音を連れて階段を降りて行った。

 誠司は私と共に教室に向かった。


 友梨ちゃんには救急車で運ばれた愛羅ちゃんとのことがある。

 そのまますんなりお返しというわけにはいかないし、事情を他人に聞かれるわけにもいかないのだろう。

 優里香先生は私たちが教室に入ると、ぴしゃりと扉を閉め、廊下の窓際の方へ離れていったようだった。


「あはは」


 静かな教室に七緒の笑い声が響く。

 

 どうして今、笑えるの?

 整然と並べられた机ではなく、床に寝っ転がってくつろいで、どうして本なんか読んでいられるの?

 どうして?

 私には七緒がわからない。


 ため息をつき、手近にあった椅子を引いて腰掛ける。


「もう、ここへ通うのはやめないか」


 誠司は私の向かいに立ち、私と同じように椅子を引いた。

 子供椅子に腰掛ける誠司の膝の位置は、不自然に高い。


「……まだ、通い始めたばっかりじゃない。やっと、集団に馴染み始めたところよ。半年もプレクラスに通って、ようやく入園できたんだから。優里香先生だってすごく七緒のことを理解してくれてる。七緒だってもう二年もしたら小学生になるんだし、しっかりしてもらわなきゃ」


 ようやく。

 平穏だけど焦ってばかりの、七緒と二人きりの日々を終えることができた。

 私のせいで出遅れてしまったとやきもきした時間を、取り戻す機会を得ることができたのだ。

 きっと乗り越えることができる。

 ここでうまくやれなきゃ、きっと他でも通用しない。


「それでも、ここにこだわる理由はないだろ」


「ここでやれなきゃ、どこでだって同じよ」


 ここなら優里香先生がいる。

 プレクラスに通い、個別に見てもらってやっとここまで来たのだ。

 今更新しい場所でもう一度理解を求めていくなんて、考えるだけで途方にくれた。

 私にはもうそんなエネルギーなんか残ってはいない。

 

「でも、現に七緒は周囲から厄介者としか見てもらえていないじゃないか。親の考えがあれじゃ、どうしようもないだろ。七緒しか見てない俺たちには想像できないことかもしれないけれど、このくらいの子供は普通親の態度を見て振る舞い方を考える。善悪の判断も、誰を軽く見ていいのかも、親を見本にして動くんだ。親の受け取りがあれじゃ、先生がいくら優秀でも家で考えが覆ってしまう」


 誠司は七緒の名前を口にするたびちらりと七緒に視線を送った。

 七緒は自分の名前が出ようが、誠司がいくら視線を送ろうが気がつきもせず本の世界に没頭している。


「夕子は本当にこのままで七緒が守れると思うのか」


 誠司の言葉に返す言葉が見つからず、沈黙が広がる。

 



「お待たせしてすみません。ずいぶん遅くなってしまいましたね」


 優里香先生は扉を閉めると私たちの前で深々と頭を下げた。

 

「今回は、申し訳ありませんでした。まさにあのお嬢さんの教えてくれた通りでした。彼女がいなければ真実にたどり着けなかったかもしれないと思うと……本当にすみませんでした」


 私たちは慌てて立ち上がり首を振る。

 七緒は先生が入ってきたことにも、私たちの動きにもほとんど関心を払うことなく、寝っ転がったまま御構い無しに本を読み続けている。


「先生、七緒は大丈夫でしょうか。正直不安になりました。それは今回の件があったからというのではありません。保護者の方とお会いした印象からです。保護者の方の様子から、七緒に対する評判がどういうものかが見えたというか……厳しい見方をされているなと感じました。先生は皆さんの反応をどうお受け取りになりましたか?」


 誠司は先生が頭を上げるや否や、まっすぐ疑問をぶつけた。


「そうですね。どうしてでしょう、私も皆さんの七緒ちゃんに対する視線が大変厳しいように感じました。でも、七緒ちゃんはこれまで大きなトラブルを起こしたことはありません。こう言っては失礼かもしれませんが予想していたよりもずっとうまくやれていて、本当によく頑張ってくれているなと思っていたくらいなんです。確かに集団に馴染んでいるとは言い難かったかもしれませんが……」


 優里香先生は困惑したように腕を組み、首をかしげた。


「それは、本当ですか?」


 思わず身を乗り出して尋ねた。

 千秋から聞いた七緒についての話や、園の送迎で集まっていた時のママたちの視線が浮かんだ。

 ママたちの間では友梨ちゃんとの一件を始め、様々なよくない噂が行き交っている。

 千秋からはそう聞いていたからだ。


「どういうことでしょう」


 優里香先生はますます首をかしげる。


「実はある人から、七緒とクラスの子供達の間で色々とトラブルがあるようだけど、先生から情報が入っているかと尋ねられたんです。かなり噂になっていて心配だからって……」


「どういったものか教えていただけますか」


 優里香先生は険しく眉を寄せ、私たちに席を勧めた。


「そうですね。……初めて聞いたのは、七緒が登園時廊下をものすごい勢いで走りまわってるという話でした。一度など男の子に殴りかかっているのを保護者の方に止められたとか……。その話を聞いたのは七夕会の衣装作りの時です。その時保護者の間で教室を出て園庭をうろついている七緒のことが噂になっているのも目にしました。その件については優里香先生にもお電話しましたよね」


「七緒ちゃんが友達に乱暴しているのではと心配されていた件ですね。これまで事実がつかめずにいたのですが……実はその件について、今朝確認できたことがあります」

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