25 普通にすればいい
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「先生、七ちゃんは嘘をつかないよ。全部本当のことを言っているんだ。あの子に押し出されたのも、席へ戻るように言われたのも本当だよ。あたしちゃんと見てたんだもん。周りのみんなだってわかってて誰も止めないで、からかってたんだ」
莉音は優里香先生の胸にすがりつくようにして訴えた。
「この子は……?」
「この子は七緒のいとこです。私は母親の藤田朝子と言います。私たちは今日、退場口のすぐ横に席を取っていました。先生にそこで見たことをお伝えしたいんです。誤解してほしくないんですが、決して親戚だからかばおうとかそういう意図があってのことじゃありません」
困惑した顔を向ける優里香先生に朝子が答える。
「信じて、七ちゃんの先生」
莉音が必死な表情で見つめる。
「そうね。今あなたが教えてくれた話を忘れずに、子供達と話をします。教えてくれてありがとう」
優里香先生はすがりつく莉音の頭を撫でた。
莉音はスカートを掴んでいた手を離し、目を丸くして優里香先生を見上げた。
「深町さん、……今回はこのような事態を引き起こしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。話し合った結果をお伝えしたいと思いますので、一度失礼しますね」
黙って頷くと、優里香先生は慌てた様子でアプリコット組のある二階へと階段を駆け上っていった。
「……何よそれ」
背後で震える声がして振り返ると、千秋がいた。
すでに帰宅したのか修二くんやパパたちの姿はなく、千秋は一人だった。
「酷いじゃない夕子。こんな小さな子に告げ口させるだなんて。この子幾つよ。まだ状況判断できる年齢じゃないでしょ? 曖昧な証言で人の子に罪をなすりつけて、どういうつもりなの」
「千秋……」
七緒が嘘をついていないということはつまり、香澄が嘘をついているということになるのだ。
あんな大勢の前で起こした事件だ。
ましてや両家の祖父母まで一緒だったのだ。
親としては許しがたく、信じたくない出来事だろう。
「なんでも人のせいにするのもいい加減にしてよ。夕子はいつもそう。か弱ぶって自分は被害者のような顔をする。それで誰彼味方につけて結局いいところは全部持って行っちゃう。おかしいのは香澄じゃないわ。あなたの娘でしょ?」
被害者のような顔をしていいところは全部持っていく……一体なんのことを言っているのだろう。
「あなたは香澄を知らないから疑うかもしれないけど、あの子はすごくいい子なのよ。修二にだって優しいし、七緒ちゃんのことだって、いつもすごく心配してるの。一番つきあいが長いのは私だからって、お世話がかりだって引き受けてるんだから。それなのに、どうして香澄なの? なんの恨みがあるの? 私だってずっと夕子のこと守ってあげたじゃない。あんな告げ口で、恩を仇で返すようなことして、恥ずかしくないの?」
同じ親として、自分の知らない娘の側面を知らされるのが辛いことはよくわかってる。
私も千秋から七緒のしでかしたいくつもの出来事を聞いた時、頭が空っぽになってしまうほどショックだったから。
だから千秋を追い詰めたくはなかった。
これまで千秋に守られてなんとかやってきたのに、どうして今、平気な顔して千秋を追い詰められるだろう。
「本当のことだから! 曖昧なんかじゃないから! バカにしてんじゃねーぞ」
莉音が口を尖らせ千秋に食ってかかる。
「だって、この子は香澄のことなんか知らないじゃない。なのにどうして香澄だってわかるのよ? 適当なこと振りまかせないでよ」
千秋は莉音を無視し、私を見つめる。
「だって七ちゃんに言われて泣いた子だろ? あの子はずっとそこでみんなを見てたんだもん。押し出したのはあの子だよ」
莉音は目を尖らせて敵意をむき出し、大声をあげた。
「そんなわけない。優里香先生にだって、七緒ちゃんのお手伝いいつも頑張ってくれてますよって、ちゃんと見てもらってるのに……それなのに、夕子……酷いわ」
千秋は涙を流して顔を覆った。
私には、耐えられなかった。
あんなによくしてくれた千秋が泣いている。
千秋にそっぽを向かれてしまったら私も、七緒も、この四面楚歌な園のなかで一人ぼっちだ。
「ごめん……ごめんね千秋。私がいけなかった。私が、高望みをしたから、七緒がみんなと同じようにできるなんて勘違いして、幼稚園に入れるだなんて……それがバカだったんだ。香澄ちゃんにもみんなにも負担や迷惑ばっかりかけて、だからもう、犯人捜しなんてしないから」
世界がくらくら揺らぐようだった。
私がもっと頑張ればいいの。
歯を食いしばって、腕を噛んででも耐えて、誰にも任せず、私が七緒を普通にすればいい。
七緒が普通でいてくれればいいの。
あの子が普通と違うのがいけないの。
このままではいけない。
ありのままではどこへ行っても受け入れられない。
世界はそんな風にはできていないんだもの。
だから私がしっかり矯正して……。
「ちょっと待て、逃げるな夕子。今ここでお前が逃げたら、七緒の味方はどこにもいなくなるんだぞ」
誠司が私の腕を強く引いた。




