24 莉音
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退場口を出てすぐのところにある職員室前の廊下で朝子が待っていた。
すぐそばには莉音の姿しか見えない。
朝子は私たちの姿を確認すると、誠司に向かって頭をさげた。
「朝子、ごめんね……みんなは?」
「ちょっと、話したいことがあってさ。長くなりそうだから、詩音はじぃじに連れて帰ってもらった。」
朝子は前に立つ莉音の両肩に手を置く。
莉音はギュッと唇を噛み締め、上目遣いでこちらを見た。
「話って……莉音が?」
「大事な話だよ。七ちゃんのこと。幼稚園の先生にも聞いてもらいたい」
小さな頬をリスのように膨らませ、眉を寄せる。
「どういうこと?」
朝子と莉音を交互に見た。
そういうことだ、とでも言うように朝子が頷く。
私は莉音の目線に合うように正面にしゃがみ込んだ。
「七ちゃんが言ってることは全部本当だよ。あたし、トイレからの帰り道、間近で全部見てたんだもん。先生は見てないよ。トイレで吐いている子がいたからそこについてて、何にも知らないんだから」
客席で七緒が香澄ちゃんに席へ戻れと押し出された、と言い切る姿が浮かんだ。
「あいつらはわざとだよ。マジで入った、なんつって盛り上がって楽しんでた。何やってんのって聞いても、悪いとも思ってないみたいに知らんぷりだった。あたし、ああいうの許せない」
莉音は鼻に皺を寄せ、ますます険しい顔になる。
朝子が大きく頷く。
「私らも子供達が飛び込んできたところは間近で見たんだ。みんな興奮して、悪ふざけを楽しんでいるようにしか見えなかった」
「……ん? 救急車……近いな。もしかして、ここか?」
誠司が首をかしげる。
と同時にインターホンが鳴り、職員室のガラス戸に映る人影が騒がしくなった。
立ち上がり周囲を伺う。
優里香先生について職員室から出てきたのは愛羅ちゃんのママと、愛羅ちゃんを横抱きにしたパパだ。
救急隊員が入ってくるのと、ちょうど年中の七夕会が終わり遊戯室から人が出始めた時間とが重なり、にわかに騒がしくなる。
「愛羅ちゃんママ、どうしたの?」
オレンジの札をかけたママが駆け寄る。
パパは救急隊員に導かれて愛羅ちゃんを担架に載せている。
「やだ、もしかして、さっきの騒動に巻き込まれて?」
「大丈夫。そんな、大したことはないと思うの」
急いでいるところを引きとめられて焦っているのか、愛羅ちゃんママは後退りながら答える。
そして顔を上げ、私をちらりと見た。
「七緒ちゃんママ……」
愛羅ちゃんママは苦しげに瞬きを繰り返し俯いた。
「あのっ……」
思わず謝罪の言葉が口から飛び出しそうになる。
まだ七緒が悪いと決まったわけでもなんでもないのに。
「あなたのせいじゃないのはわかっているけれど、今は……ごめんなさい。あなたとは何も話をしたくない」
そのままハンカチで口元を押さえ顔を伏せ、横たわる愛羅ちゃんの向かった玄関口へと走った。
その言葉は暗に七緒のせいで愛羅ちゃんがこうなってしまったと言っているかのようだった。
どうしようもなさに全身の力が抜けてしまいそうになる。
「なんだかすごいことになったね」
朝子がやれやれと溜息をつく。
「かわいそう。愛羅ちゃん、手術の準備で明日から入院だって、体調には気を使ってたのに……」
「ほんとだよ。怪我したのかな、だって救急車だもんね……」
「パパさんに抱きかかえられてたから、もしかしたら歩けないのかも」
噂話の飛び交う中、救急車のサイレンが再び鳴り始める。
「もう一人呼び出されていた子もさっき帰ったところだよ。トイレで莉音が見た、吐いてた子だと思うけど」
朝子の言葉が終わるかどうかというタイミングで、救急車を見送った優里香先生が園内に戻ってきた。
先生はそのまま私たちの前を通り過ぎる。
「優里香先生!」
それどころじゃなく忙しいことはわかっていた。
けれど私は必死で袖を引いた。
今伝えなければ、事実はもう浮かび上がってこないんじゃないか。
私が遠慮してしまったら、犠牲になるのは七緒なんだ。
「……深町さん」
「どうしても、お伝えしておかないといけないことがあって、すみません、少しだけ話を聞いて欲しいんです」
優里香先生は困ったように眉を寄せた。
「ごめんなさい、これから子どもたちとお話をしなくてはならないので、皆さんが帰った後でも構いませんか? 今教室は子どもだけなものですから……」
「ダメだよ! 今じゃなきゃ、意味がないの」
莉音がエリカ先生のスカートを掴む。
「先生、あの時トイレで吐いてる子見てたでしょ。なにがあったか、大人は誰も本当のこと見てなかった。でもあたしは見たよ。全部見た。あの時トイレから帰ろうとしていたから」
莉音の言葉に優里香先生は足を止め、私たちに向き直った。




