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星に願う 〜娘は発達障害でした〜  作者: 遠宮 にけ ❤️ nilce
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23 実態は何もない

挿絵(By みてみん)

23


 会場を出たところで、ばったり友梨ちゃん夫妻と顔を合わせた。


「あら、七緒ちゃんママ。もうお帰り? ……都合が悪くなると逃げるのは友梨の時と変わらないのね」


「友梨ちゃんママ……こんにちは」


 逃げる? 友梨の時と変わらない? 

 嫌味な口調で言い放たれた言葉を反芻し、どういう意味なのか訝しく思いながら頭をさげる。


「誰」


 誠司が小声で尋ねた。


「友梨ちゃんのご両親。七緒がこの間押し倒してしまったっていう……」


 友梨ちゃんママが腕を組み、その後ろにラガーマンのような出で立ちの男性がなめられてはいけないとばかりに不快そうに頬を歪める。


「ああ。どうも」


 誠司はひとまず頭をさげた。

 それからすぐさま立ち去るのかと思いきや、立ち話を始める。


「さて、逃げる? とおっしゃいますのはどういうことでしょうか。御心痛のところ大変申し訳ありませんが、こちらは何も連絡を受けておらず、まさに青天の霹靂でして。昨日妻から聞いて、今日にでもお怪我の具合も合わせて園に状況を確認し、お話に上がろうと思っておりました。もしかして、その件のことを指していらっしゃいます? それとも何か他に失礼がありましたでしょうか」


 昨日話をした時、事実関係がわからないのに謝罪をするのは時期尚早だ、と誠司はきっぱり言っていた。

 相手は明らかな敵意を向けているのに、不遜にも見える誠司の態度にハラハラする。


「連絡を受けていない? そんなはずはないと思いますけど。園に先方から連絡が行くと思いますと言われて、もう一週間も待ったんですよ? 嫌な思いをさせられて一言もないなんてあまりに失礼じゃないですか。それでなくてもいつも迷惑かけられてばかりだっていうのに」


 友梨ちゃんママが私をギロリと睨みつける。


「そんな……」


 優里香先生は友梨ちゃんママにそんな風に話しているのか。

 なのにこちらには一切連絡が来ていない。

 これはいったいどういうことなのだろう。


「そうですか。それは不愉快な思いをされましたね。しかし実際に連絡は来ていないのですよ。その辺も含めてこれから担任と話をしたいと考えています。それにしても……いつも迷惑、ですか。具体的に友梨さんにどのようなご迷惑がありましたでしょうか。お教え頂けますか。人並みにはいかない娘ではありますが、できるだけ迷惑にならないよう配慮したいと思いますので」


 誠司は相手の気持ちを受け止めつつ、あくまで謝らないという姿勢を貫き通す。


 いつも迷惑。

 私ならそう言われただけで辛い気持ちでいっぱいになってしまうのに、誠司はさらにそこへ切り込んでいく。

 耳にしたくない様々なエピソードが飛び出してくるんじゃないかと思い、肩をすくめた。


「それは……みんな我慢して活動しているのに一人だけ教室を飛び出したりとか……普通に迷惑でしょう。みんな言ってますよ。ちゃんとわかってるはずなのにずるいよねって。あれじゃあ学校に入っても困るんじゃないですか?」


 友梨ちゃんママは一瞬言葉を失った。

 いつも。

 みんな。

 そんな曖昧な言葉に隠れて、既知のもの以外具体的なエピソードは何一つ出てこない。


「そうですか。それは、わざわざご心配いただきありがとうございます」


 誠司はそう言って爽やかに微笑んで見せる。

 それに対して友梨ちゃんママは憎々しげに唇をかんだ。

 友梨ちゃんパパは、もうよせとばかりに友梨ちゃんママの肩を掴む。


「今日だってあんなことして……」


「あんなことをしたのは、七緒だけではありませんよ? 子供達の話し合いもこれからでしょう?」


 誠司はおやっと言わんばかりに首を傾げてみせる。

 友梨ちゃんママはふいっと顔をそらしてしまった。 


 友梨ちゃんだって会場内に足を踏み入れた一人だった。

 あんなことして、と七緒を責める友梨ちゃんママにとって、あの事件は他人事。

 友梨ちゃんのしでかしたことはすでに七緒のせいで、友梨ちゃんはただ巻き込まれたのだという認識になってしまっているのだろう。

 おそらく多くのママ達にとってそうなのだ。

 そう思うとここに立っていることが恐ろしくなる。


「それでは、また後ほどお話しに伺います」


 誠司は会釈をし、私もそれに倣う。

 友梨ちゃんのママはむっつり黙りこくり、パパはこちらに小さく会釈をした。

 最初はこちらが悪いものと決めてかかっていた二人だが、少しの間に態度が随分と変わった。


 私の頭はすぐに怖いもの恐ろしいものに目が眩んでしまう。

 人の目。

 感情。

 それらを前に後ずさりし道を開けてしまうのだ。

 すると相手は、私がそうするのはそれが当然であると考えているからだと理解する。

 友梨ちゃんママが私や七緒が悪いと思い込んだのは、私の態度が招いたことなのかもしれない。

 周囲の目も……。


 人の目を、まるで月光に膨らむ影をお化けと思い込み恐れていたようなもので、実態は何もない。

 どうすれば誠司のようにお化けを散らすことができるのだろう。

 

 誠司を頼もしく思うと同時に、自分の頼りなさと無力さに打ちのめされる。

 七緒の母親が、もっと強くてしっかりした人間であれば。

 私じゃなければ……。

 その思いが頭をもたげた。

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