21 中断<FA:九藤朋さんから>
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ステージ上の七緒はその後、合唱の時もセリフ劇でもずっと眉をしかめ口を一文字に結んだままフリーズしていた。
七緒ちゃん、本当によく頑張っているんですよ、と話した優里香先生の言葉が浮かぶ。
そう、七緒は本当によく我慢して、そこへ立っていた。
それが今の七緒の精一杯……。
最悪舞台に立つことすらできないんじゃないかとまで、想像していた。
何事もなく無事に済んだという安堵とともに、他の子と七緒は確実に違うという現実を噛みしめる。
客席で見ないで良かった。
一人で良かった。
七緒は頑張った。
すごくよくできていた。
だけど、親しい誰かに……例えば千秋なんかに、七緒ちゃん頑張ってたね、なんて言われたくなかった。
今、七緒を知る誰とも顔を合わせたくない。
笑みを浮かべて手を振る子供達と一緒に、無表情の七緒が緞帳の向こう側に消える。
途端に客席が賑やかしい蝉たちが鳴くようにざわざわと騒がしくなる。
誰ちゃん、ピアニカすごい上手だったね。
誰ちゃんこそ、セリフの時照れてる感じがすっごい可愛かった〜!
やだ、うちの子ニヤニヤこっち見てばっかで全然集中してないじゃない、恥ずかしい。
そんな言葉が耳に飛び込んでくる。
何も、聞きたくないのに。
「それじゃあ」
さっき少し話したパパさんが会釈をし、三組目の列がビデオ席に向かった。
最後のクラスが入ってしまうと列が消え、会場の一番奥側に私一人がぽつりと取り残される。
今頃反対側にあるビデオ席出口を出た誠司は、そのすぐ後ろにあるステージ横退場口付近にとった朝子達の待つ座席に戻っているところだろう。
もし私がそこに合流したら、誠司は涙で目を赤くした顔を見てきっと心配してしまう。
もう少し一人でいよう。
このクラスで最後だ。
大丈夫。
誠司の言う通り、誰も私のことなど見ていやしないんだ。
全てのプログラムが終わってからみんなと合流すればいい。
それまでにはきっと私も、落ち着いて人と向かい合う準備ができるだろう。
先生のアナウンスを聞きながら、改めて緞帳が下りた誰もいないステージを見上げた。
明かりが落ち、再び緞帳が上がった。
最後の合奏の始まりだ。
初めてステージを見た時は圧倒されていた私も、次第にステージの上にいるのが皆出来る子ばかりではないことに気がついた。
音を出さずでたらめに指を走らせている子。
いたたまれない顔をして俯いたまま動かない子。
いろんな子がいるのだ。
七緒だけが特別じゃない。
みんな同じだ。
この七夕会が終わったら私はもう少しおおらかになれるだろうか。
優里香先生や誠司の言うように七緒のことを大丈夫、と思えるようになるだろうか。
七緒の個性を障害の特性と照らし合わせ、あれもこれもと当てはめて落ち込んでしまう、そんな日々から抜け出すことができるだろうか。
演奏中に突然退場口の暗幕が捲れ、一筋の白い光が客席に飛び込んできた。
眩しさに目を細める。
長時間の観劇だ。
まだ言葉のわからぬ幼子が席を抜け出して暗幕を捲ってしまったのかもしれない。
一人でトイレに向かった子供がまだ気遣いが出来ず、上演中に戻ってきてしまったってこともありうる。
案外詩音なんかかもしれない。
幼稚園の行事だもの。
そんなこともある。
白い光はなかなか消えない。
そのうち誰かがやめさせるだろうとステージへ目を戻した瞬間、会場内が騒然となった。
「ちょっと! いけないんだよ!」
子供の叫び声がして暗幕が大きく引き開けられる。
観客席からいくつも小さな悲鳴があがり、あちこちで椅子を引きずる大きな音が鳴った。
その間をバタバタと複数の遠慮ない足音が行き交う。
「あっちだ」
「はやくつかまえろ」
誰かがコードに足を引っ掛けたのかスポットライトがぐらりと揺らぎ、悲鳴が上がる。
「危ない!」
叫び声とともに、先生たちがスポットライトを押さえる。
あまりの騒ぎに合奏中の子供たちが手を止め、演奏が止んだ。
指揮が止まり、先生たちが会場のライトつける。
「いったい何事ですか!」
客席の間にはオレンジ色の衣装に身を包んだアプリコット組の子供達の姿があった。
「園長先生、だってあの子が……」
男の子が指差し、皆の視線が一斉にそちらに集まる。
「七緒……」
私たちの視線の先には、七緒がいた。




